惰眠を貪った昼
(ん…12時か、結構寝たな。これだけ眠れば文句ないだろ)
もそもそとベッドから這い出すと、無意識に脱ぎ捨てたであろう枕元の仮面を手に取る。
眠ったおかげか頭はだいぶスッキリしていて、また今朝までのような無茶も出来そうだった。
30分後に向かうから現在地を教えるよう、フリージアにメッセージを入れてから軽くシャワーを浴びる。
携帯食料を咥えながら、濡れた髪を乾かす。
身支度を済ませ、ポケットに新しい携帯食料を突っ込む。
最後に仮面を被ると、自室を後にしフリージアから指定された医療室に急いだ。
「おはよう、思ったよりちゃんと眠ってくれたみたいで良かったわ。食事は?」
「食べた」
嘘はついていない。
だがフリージアは怪訝な目を向け、諦めたような溜息をついた。そこにハンナの声がかかる。
「フリージア少佐、珈琲です。ラキエル博士も飲まれますか?」
「はい、貰います」
ハンナは声をかけるタイミングも絶妙だが、彼女の淹れてくれる珈琲もまた絶品だ。
ここは素直に頂くことにする。
珈琲を口にしたフリージアは先程まで寄せていた眉間の皺を解き放ち、一瞬にして幸せそうな表情を見せた。
その表情を見たハンナも満足そうに微笑み、ラキエルにも淹れたての珈琲を渡してくれた。
それと、例の生命体のものと思わしき情報端末も一緒に。
「…これの解析は、この後すぐ着手する。あのヒトは目覚めた? 何かわかった事は?」
「まだ眠ったままよ。バイタルは、この星の人間と同様の物差しで測れば正常と言える。だから、今は目覚めるのを待つしかないわね、手荒な方法で起こしたくはないし。当面はハンナにモニタリングしてもらうつもりよ。」
ラキエルは頷くと、珍しく少し悩むような素振りを見せてから、生命体を見たいが構わないかと確認してきた。
「ええ、それは構わないけど…あの部屋は私かハンナでないとセキュリティを解除できないようにしているから、一緒に行きましょう。そろそろ定時確認の頃合いだしね。」
フリージアとハンナが陣取っていた部屋の隣にある医療室へと移動する。
セキュリティを解除し入室すると、部屋の奥にある簡易ベットの上に、あのヒトが横たわっていた。
耳を澄ませると、一定のリズムで静かな寝息が聞こえる。
「少し脳波をスキャンしたい」
「いいわよ。ここに連れてきた時にハンナがスキャンしたデータも転送しておくわね。」
「助かる」
フリージアがハンナに目配せすると、ハンナは頷いてデータ転送の為に退出した。
ラキエルは自身のデバイスで生命体の脳波をスキャンする。
その様子を見ていたフリージアは、ラキエルがスキャンの間中、生命体を熱心に観察しているように感じていた。
実際は仮面で目線が隠れているためわからないのだが、なんとなくそんな気がした。
数分間のスキャンを終えると、ハンナのところへ寄りデータと珈琲の礼を告げ、ラキエルは部屋を後にした。
「あの子がヒトに似た生命体にも、あんなに興味を示すなんて思わなかったわ。てっきり素材や技術にしか興味がないと思っていたもの。普段、人間には全く興味を示さないし…」
「ふふ、単純に一目惚れでもされたのではないですか?」
「確かに、すごく綺麗だったけど…どうかしら。そうであったなら、喜ぶべきなのか止めるべきなのか、立場的にとても複雑だわ。」
>>>>>
ラキエルが向かっていたのは、ポッドのある第2テストルームだった。
セキュリティを解除して入室すると、ブランケットに包まったジェレミーが気持ちよさそうに椅子の上で眠っていた。だが、すぐに人の気配に気付くと驚いた顔で飛び起きた。
「あっ…ラキエル博士!お、おはようございます、その…すみません、居眠りを…失礼いたしました。」
「いや、こっちこそ邪魔してごめん。日も昇らないうちに召集、俺のせいだし。あの後、ポッドの調査で何かわかった事があれば教えて欲しくて来たんだけど」
2人でエレベーターに乗りポッドの近くまで行く。
「このポッドは設備的に、やはり脱出用ポッドのような役割だったと推察されます。内部には栄養価の高い携帯食料のような備蓄や貯水槽があり、1ヶ月程度の生命維持が可能なようです。飲食料以外だと、そちらに並べてある物が中から見つかりました。今、この場に無いものは酸素生成の原料と思われる物質、エネルギー生成の原料と思われる物質で、フリージア少佐の許可を頂きラボに回して解析中です。」
ポッドの横に広げられたシートの上には、何に使うのかわからない部品のようなものから手持ちの武器のようなものなど大小様々な物が並べられていた。
その中でラキエルの目を引いたのは1冊の手帳だった。
他はどちらかと言えば設備や装備に近い品だが、これはあのヒトの私物のような気がした。
適当なページを開くと、未知の言語がびっしりと書かれており、当然読めるものではない。
「この手帳、預かりたい」
「はい、ラキエル博士がいらしたら、必要な物も情報も、すべて優先してお渡しするように、と少佐から指示を受けています。ラボに回しているものも、博士がご覧になるのであれば手配いたしますが。」
「や、一旦これだけで平気。ラボに回した原料の件含めて、酸素生成とエネルギー生成の件はそのまま任せる」
「承知しました。また何かわかればご報告します。」
自分の研究室に戻ってきたラキエルは早速、今しがた手に入れてきた材料をデスクに並べた。
あのヒトが持っていた情報端末、脳波のデータ、文字がびっしりと書かれた手帳。
それと今朝方まで、自分が解析していたポッドのスクリプト。
普段のラキエルなら情報端末のみに興味を示し、技術解析のベクトルに進んだであろうが、今の彼の目指すところは全く別の方向であった。
今、目指すべき目標はひとつ。
その唯一の目標に向かい、全ての材料を余すことなく解析し、留まる事なく進む。
目標を達成するまでに、そう長い時間はかからないだろう。
何しろ彼は、広く普及する携帯食料をはじめ、この国の軍が運用する新エネルギーや主力兵器の現行品をほぼ1人で開発してしまった天才なのだから。