俺の全てを、彼女に捧げる
後に人は語る。
突然、見た事が無いぐらい超ご機嫌な空気を纏い現れたラキエル博士が、誰かと電話で話していたかと思うとその後、瞬く間にエネルギー不足を解決してしまった、と。
彼曰く、どこかから買ったそうだ。
どこから?どうやって?謎は深まるばかりだった。
十分な電力を確保した惑星防衛システムは、最後までこの星を守りきったのだった。
惑星への直接攻撃も一向に効かず、メラーニは勝機が無いと悟ると撤退して行った。
敵戦艦の半数ほどは迎撃し、またすぐに同じ規模の侵攻は無いだろうと判断され、軍本部内の厳戒態勢は解除された。
今回ラキエルが提案、運用と改修を行った惑星防衛システムの功績は極めて大きかった。
実践で絶大な効果を発揮した件のシステムは、常時運用を行う事が軍内で正式に決定された。
現在、運用できる技術者は4名と少なく、元々が試作機であった為に荒削りな部分があるが、新たな技術者育成と並行で設備改修も予定され、すべてが整い次第、常時運用がスタートする。
「研修、俺がやっても良いけど、ミランダが適任じゃない?」
「私…ですか?」
「うん、一番筋が良かったし、アウトプットも上手だから。嫌じゃなければ、次の研修はミランダ中心でやって欲しい」
「こ、光栄です!精一杯務めます!」
「ありがと、お願い。何かあれば、俺もサポートするから。マルクは一番イマイチだったから、どうしたらもっと誰もが使いやすいシステムになるか、課題抽出して」
「はい、承知しました!って、博士から降りてくるタスク、完了するよりも新タスクの方が多くて、積み上がってるんですけど!?」
「じゃあ、完了するタスクを増やそう。完了しない理由は?」
「…詰めが甘くて、差し戻し食らいまくるからです。」
「じゃあ、詰めきって確認してから提出して。引っかかることあったら、提出前に聞いて」
「わかりました…」
「俺もう今日は上がるから。お疲れさま」
「はい、承知しました。お疲れさまです、ラキエル博士。」
厳戒態勢が解かれ、通常勤務に少しずつ戻っていく。
期間中に時間外勤務を強いられた者は、当面は時短での勤務か振替休暇が与えられる。
惑星防衛システムの運用を行うものは、担当できる者が少ないためすぐの調整が難しいが、ラキエルはさすがに働き詰めだった為、フリージアから優先して調整するようお達しが出たのだ。
昨夜も寝ていないが気分は晴れやかで、スキップしたいぐらいだ。
まっすぐリリシアの部屋に向かい、ノックをする。
「リリシア、来たよ」
扉はすぐに開いた。
「ラキエル!おかえりなさい。早かったね!」
「ただいま。勉強してたの? 俺教えるから、部屋に来ない?」
「うん、わかった。準備するね。少しだけ待ってて。」
「荷物持つ。いこ」
通路を歩きながら、隣にいるリリシアの事を考える。
昨日はだいぶ取り乱していたが、今は落ち着いているようだ。
(俺…リリシアと、本当に恋人になったんだよな?)
未だに、夢だったのではないかと不安になる。
リリシアがラキエルの視線に気付き、こちらに笑いかけてくる。
その表情がどうしようもないぐらい魅力的に見えるのは、それが恋する人間の表情だから。
恋する相手だけに、見せる表情だから。
リリシアは、俺に恋をしている。
そう確信できる程に、彼女は甘い表情を向けてくれた。
部屋に彼女を招き入れる。
扉が閉まった瞬間、仮面を脱いで彼女を後ろから抱き締める。
彼女は驚いた様子を見せるが、抵抗する素振りは全くない。
「昨日の…嘘じゃないよね? 夢じゃないよね?」
「うん、違うよ。噓じゃなくて夢じゃない、って…私は思ってるけど。」
「よかった…」
そう言ってまたラキエルは、リリシアの頬に、後ろから頬ずりをした。
「やわらかい…どうなってんだ」
「ふはっ、どうもなってないよ。」
「…そういえば俺…シャワー浴びたい。適当に座って、先に勉強してて」
「うん、わかった。いってらっしゃい。」
シャワーを浴びながら、リリシアの頬の柔らかさを思い出す。
抱きしめた時の良い香りや、華奢な肩を思い出す。
それだけでラキエルの身体は反応してしまった。
(…恋人が自分の部屋に居るって、ヤバくないか?)
いつもはサクッとシャワーを済ませるラキエルだが、この日はなかなか…出るに出られなかった。
なんとか上がり、頭をタオルでガシガシと雑に拭きながらリリシアの様子を伺う。
ラキエルが出てきた事に気付いたリリシアが、振り返る。
「ラキエル、おかえ…ちょっと…ら、ラキエル…!服!着て!」
「え? ああ。ごめん」
顔を真っ赤にして慌てるリリシアが、すごく可愛い。
謝ったものの、わざとゆっくりクローゼットの前まで歩き、それからまたゆっくりと新しいシャツに袖を通した。
(ラキエル、細いって思ってたけど。私の身体と全然違う、男の人のカラダなんだ…男の…ひとなんだ。)
頭を拭いていたタオルを肩にかけ、ボトルから水をごくごくと飲む彼の、その喉の動きが妙に男らしく感じ、目が離せずじっと見つめる。
ボトルから口を離したラキエル。
整った顔立ちは、あどけなさと大人っぽさが絶妙に入り交じり、少し眠そうに伏せられた瞼からは紫色が覗いている。
視線に気づいた彼が優しく微笑みながら、こちらに少しずつ近づく。
「どうしたの? リリシア。服、着たよ?」
「う、うん。ありがとう…?」
「あとは? 何かして欲しい事、ある?」
「じゃあ…少しの間だけ…くっついてみたい、な。」
(まじかよ…死ぬかも。殺す気か?)
「…わかった。どうなっても知らないよ」
そう言って空いている方の椅子を引き、めいっぱいまで深く座ったラキエルはリリシアの手をとった。
「立って。こっち、来て」
「え、どうやって? わわっ!」
リリシアが言われるがままに立つと、ラキエルが意外な程に強い力で彼女を引き寄せる。
リリシアを自分が座る椅子の上、ラキエルの太腿の間に座らせた。
狭い座面に無理矢理座るので、リリシアの脚はラキエルの太腿の上に乗り上げてしまう。
「ラキエル!重いよ!恥ずかしいし!」
「重くない。恥ずかしいの? 俺も」
そう言って、また悪巧みを始めたらしい彼は、その顔に笑みを浮かべる。
悪戯好きの美しい悪魔が、彼女に意地悪をする為に再降臨したようだ。
リリシアが椅子から落ちないように、逃げないように、ラキエルは両腕を彼女に回し、抱え込む。
羞恥に染まる桃色の瞳を覗き込み、悪戯っ子のような眼差しで見つめてから、彼女の耳元に口を近付け囁く。
「くっついたよ」
「…っ!」
「リリシアが言ったんだよ、くっつきたいって」
「こんなに…恥ずかしいなんて思わなかったから…!」
「恥ずかしいのは慣れるしかないよ、これから先もずっとするんだから」
達観した様子のラキエルは、リリシアのおでこに自分のおでこをくっつける。
次に視線の合った彼は、先ほどの妖艶な悪魔のような笑みではなく、いっぱいいっぱいな少年の表情だった。
「リリシア…好き…大好きだよ」
「私も…ラキエルの事が、好き。」
「俺の…恋人。俺のリリシア?」
「うん。そうだよ。」
「俺もリリシアのだから。全部リリシアにあげる。俺の持ってるものも全部」
「そしたら私も、私の元に返ってきちゃうよ?」
「…それはダメ。それだけは、もう絶対に返せないから」




