何かが降って、何かが固まる
ラキエルと任務で離れた夜から3日目。
あれから、彼はまだ帰ってきていない。
連絡もほとんど無く、忙しくしているのだろう。
リリシアも、うじうじ悩みながら待ってはいない。
フリージアから与えられた課題をこなすのに必死だった。
朝のトレーニングは欠かさないが、その後は試験用の勉強をして、ポッドのエネルギーシステムを調べ、レポートにまとめて行く。
総務課にある試験用の個室から、まずは初等科の試験を片っ端から受けていく。
さすがにまだわからない単語があるため難航するが、初等科の学習内容は基礎的な事が多く、試験内容自体はリリシアも故郷で学習したものが多かった。
この星独自の内容は、新しく学習するしか無い。
生物や植物に関する事、気候や地形の特徴、この星独自の技術に関する事、学習内容は多岐に渡った。
日中忙しく過ごし、夜は部屋に戻る。部屋に1人になると、どうしてもラキエルの事を考えてしまう。
(会いたい…せめて声が聞きたいけど…お仕事の邪魔できないしな。早く帰ってこないかな)
メラーニが接近してくるまでは、あんなに楽しくて幸せだったのに。
彼の一番近くに居て、手を繋いで歩いた。初めて同士のデート…
ラキエルが仕事に連れて行った3人のうち、ジェレミーとマルクは話した事があるが、ミランダはリリシアの知らない人だった。
あの場でラキエルに名指しされるぐらいだから、優秀なのだろう。
そして、自分が会いたくても会えないラキエルと、一緒に仕事が出来ている。毎日会えている。
彼女の事が、羨ましくてしょうがなかった。
自分も早く勉強して、卒業して、入隊して、有事の際はラキエルと共に並び立てるように、彼に頼ってもらえるように、早くそうなりたいと願う。
(もう少し勉強してから寝ようかな。)
机に向かい、勉強していたリリシアは、日中の疲れもありそのまま机で眠ってしまうが、大きな音に目を覚ます。
『敵襲!?』
とっさにロアの言葉が出てしまう。慌てて部屋の外に出ると、他の部屋の主たちも廊下に出ている。
「空から何か!降ってくるぞ!!」
誰かが叫ぶ。寮の外に出ると、空には大量の炎と瓦礫が広がっていた。
空に張られたバリアのような膜が、それが侵入するのを防いでいる。
(あれが…ラキエルの…防衛システム? すごい…)
「節電だ!節電の通達があった、余計な電力は使うな!間もなく停電するぞ!!」
デバイス確認すると、節電命令。停電予告。避難命令。
それから、2時間程前に受信したラキエルからの短いメッセージ。「明日たぶん一度帰る」
(ラキエル!ラキエル、どこにいるの!?)
怖い。
ロアが滅ぼされた時の事がフラッシュバックする。
たぶんリリシアは多少なりとも記憶に蓋をしていた。
それが、あの時の光景と重なる景色に。一気に溢れ出す。
(ラキエル…怖い。助けて…)
涙が溢れ、視界が滲む。
「リリシアさん!」
「あ…ジェレミーさんっ…!ら、ラキエルは…ラキエルはどこですか…?」
「私達も向かうところです、一緒に行きましょう!」
向かうのは軍本部の敷地内、外れに位置する場所。
誰も近づかないであろう他より古い建物、この一室を制御室にしている。
「ラキエル博士!入ります。」
「おはよ、あんまり休めなくて災難だったね」
「ラキエル!」
「リリシア!? なんで、こんなとこに」
「先程、寮の前でお会いしたんです。少し取り乱しているようだったのでお連れしたのですが…ダメでしたか?」
「…ダメじゃない。ジェレミー、ミランダ。代わって。見てて。マルクは電力足りないって、少佐に直談判してきて。連絡しても一向に足りないままだから」
「承知しました!」
「リリシア、こっち。一度出よう」
確かに、彼女はいつもより取り乱しているように見えた。
大きな瞳に涙を浮かべて…震えている。
制御室から連れ出し、近くの空き部屋に入り、内側から施錠する。
リリシアはその場にしゃがみ込む。
仮面を脱ぎ捨てて、リリシアの顔を上げ、彼女の目線と自分の目線を合わせた。
「リリシア? どうしたの? 大丈夫??」
「ラキエル…ごめっ、なさい…わたしっ…こわ、くて…空が燃えていて、瓦礫が、ロアがダメになった時と…同じだからっ、う…」
(フラッシュバックしたのか? 気丈に振る舞ってると思ってたけど…無意識に思い出さないようにしてたのか)
ラキエルはリリシアをそっと抱き締める。優しく、潰さないように。
「リリシア、独りにしてごめん。ずっと側に居るって言ったのに…ごめん」
リリシアは暫く、酷く泣いていた。
「床、直接座ってたら身体冷える…こっちきて」
ラキエルは床の上に胡座をかくと、少し強引にリリシアを自分の膝の上に座らせた。
驚くほど軽い彼女が倒れないように背中に手を添える。
彼女のさらさらの髪を撫で、落ち着くように声をかけ続ける。
「リリシア、大丈夫だよ。もう離れないから、一緒に居よ?」
「で、も…ラキエルのお仕事の…邪魔したく、なくて…」
「ありがとう。今回は仕事が長引いたけど、仕事以外の時間は、ずっと側に居たい。いい?」
「それは…と、友達だから…?」
「…違う。友達よりも、もっとリリシアの近くに行きたい。俺、リリシアの事が好き。だからリリシアの一番近くで、リリシアを独り占めしたい。誰にも渡したくない」
「ら、ラキエルっ。わた、しも…好き、なのっ。離れたく、ない…」
「幻聴? 本当?」
「本当は、もっと…もっと早く…言いたかった、のに…うっ」
「友達って意味じゃないよね? 俺の気持ちと同じ、好き?」
「うん…」
「いいの? もう、後で嫌だって言っても、離せないよ」
「いいよ…」
「じゃあ結婚する、って言って。約束…して。大人になったら。俺の奥さんに、家族になるって」
「約束する。するからっ、ラキエルの…恋人、にしてくれる…?」
「夢? 俺、生きてる? 死んだ?」
リリシアのキラキラした瞳が、涙が溢れた瞳が、不安に揺れながらもラキエルを見つめていた。
ラキエルはその瞳に吸い込まれるようにリリシアの顔に自分の顔を近づける。
彼女の頬に、自分の頬を押し付け、すりすりと頬の柔らかさを堪能した。
「現実なのか。夢みたいだ」




