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搬入日の残業

「もし開けられそうなら、コントロールエリアから開けられるようにね。さすがに何が飛び出してくるかかわらないのに、目の前で開いて欲しくないわ。」

「わかった」

「本当に残るの?」

「ああ、早く開けたい。集中したいから1人でいい」


 調査開始から既に6時間が経過しており、すっかり夜になってしまった。

最初は全く隙のない形状だった調査対象の物体は、ちょうどラキエルの膝ぐらいの高さに隙間が現れており、そこに粘土状の端子を貼り付ける事でデータの入出力に成功していた。


 表面に触れることで起こる発光現象の法則を調査したラキエルは、ハンナとジェレミーにも協力してもらい何パターンも試した結果、まるで入出力端子を開放するかのように先程の隙間が現れたのだ。


「何か食堂で食べるものを貰ってきますね。」


 ハンナが声をかけるが、ラキエルはすぐに断った。


「食べるものは持参してるから、平気です」

「ちょっと…また、あの携帯食料じゃないでしょうね?」


 すかさずフリージアが目を細める。


「今面白いところだから集中したい、作業しながら食べれるんだから丁度良いでしょ」

「はぁ…こういう時のあなたには何を言っても無駄ね。わかった、あとは任せるけど程々にね? ハンナとジェレミーは上がりましょ、また次の出勤日に頑張ってもらう事になるから。ラキエルの進捗次第では最悪、休日返上かもね…」


 明日は一応、非番の者が多いが、調査の進捗によっては招集される事になるだろう。

上司の不穏な予測を聞き、あながち無くはないなと思ったハンナとジェレミーは、明日はたいした予定を入れていなくて正解だった、と思った。

3人が退勤し独り残ったラキエルは、物体から得たデータを解析するのに夢中になっていた。

空腹や疲れなんて感じない、本当に久々に楽しくてしょうがない。


 もっと知りたい、早く中が見たい。


(やっぱり、このパターンと構造は…中に生命維持装置のような機構が組み込まれている気がする。形状、サイズからも予想はしていたけど…生命体がこの中に?居るのか…?)


 予想を確信にする為に、更に解析を進める。

脳が栄養を求める気がして、ポケットに忍ばせておいた携帯食料の飲み口を咥える。


(人間のバイタルに似たデータが絶えず更新され続けてる…?やっぱり中に生命体がいるんだ、生きてる…!!)


 未知の言語で記述されたスクリプトを解析し、想像を巡らせ根拠をまとめ上げ、頭の中でこの世界の人間にも理解できる形に再構築していく。

この、おそらく生命体が入っているであろうポッドのような物体、その仕様書をある程度カタチにした後、上司であるフリージアに報告書として送信した。


 実際にやってみないと確信は持てないが、おそらくラキエルが書いた仕様書の通りに、このポッドを開けることが出来るだろう。

あとは朝になってからだ、きっとみんなこれが開くところを見たいだろうし、開けるときは安全の為にコントロールエリアからと言われたし。


 コントロールエリアから操作できるよう配線も済ませておくか、と考えた後に、ふと。


 魔が差した。


 仕様書にも書いたが、ポッド本体の展開ではなく、上部の透過が出来そうなコマンドがあった。

あれなら開けずに中身を見れるのではないだろうか。


(さすがにマズいか…?いや、でも…見るだけなら。コントロールエリアから開ける時は、すぐに近くでは見られないし)


 少し悩んだ末に、柄にもなく自分への言い訳まで考えた上で、ラキエルは素直に自身の欲望に従う事にした。

自分が楽しかったからとはいえ、こんな深夜まで残業したのだから、残業代は貰っても良いだろう、と。

好奇心を抑えきれず、先程まで情報出力ばかりしていたポッドに対し、入力を行う。


−−上部の透過 実行−−


 ポッドの側面が淡く発光した後、上部のダークグレーが少しずつ色を失い、まるでフロントガラスのように透明になり、ポッドの中を見せる。

想定通りの動作をした事に安心しながら覗きこむ。


「ぅあ、え…っ!」


 動揺しながら大きく後ろに飛び退く。


(こ、声出た。え、だって。え?人間…に酷似してる…すごい)


 確かにポッドから取得していたバイタルデータはこの星の人間のものと見分けがつかないものだった。

先程から人間にしては異常なほど速い心拍を刻んでいる自分を必死で落ち着かせながら、改めてポッドに近寄り、中で眠っている生命体をまじまじと観察する。


 しばらく、ぼーっと見ていた。


 どれぐらい時間が経っただろうか、ふと我に返る。

これは朝まで開けるのを待てない、そう判断したラキエルはすぐにフリージアに緊急連絡を入れ簡単に報告を済ませると、コントロールエリアから操作が出来るよう配線を繋いだ。



>>>>>


 早朝4時にコントロールエリアに集められた研究員達は先程までは若干眠そうな様子が見て取れたが、あの一部が透過した状態のポッドを見たら途端に目が冴えてしまったようだ。

集まったのは昨日、共にポッドの調査を担当したハンナとジェレミー、召集命令を出したフリージア少佐だけだった。

情報統制が必要なケースだ、係る研究員の人数を最低限に絞るのだろう。


「まさか、あれから8時間足らずで解析してしまうなんてね。さすがのあなたでも、あと2日はかかると踏んでいたのに。やっぱり休めなかったわね、2人共ごめんなさいね。」


 フリージアは興奮した様子を必死に隠しながら、ラキエルが送った仕様書に目を通し、それからコントロールエリアの窓から下のフロアのポッドに目をやる。


「もう開けていい?」


 待ちきれない、早く指示を。と言わんばかりにラキエルが操作端末の前で待つ。

仮面で表情は見えなくても、こんなに興奮しているラキエルを見るのは初めてかもしれない、とフリージアは嬉しそうに口端を上げる。


「いいわ、開けましょう。やってみて。」


−−展開 実行−−


 フリージアの指示を聞くや否や、ポッドが開くよう操作端末から指示を入力する。

ポッド側面がところどころ淡く発光し、透過部分を含めた上部が静かに展開した。

展開を確認したジェレミーが、改めてポッドとテストルーム内のスキャンを行う。


「展開後の対象から有害物質の発生はありません。近付いても危険は無さそうです。」

「では早速降りてみましょう。」


 エレベーターで下に降りた4人はポッドから視線を外せずに呆然と立ち尽くす。

中で眠っているのは明らかに自分たちと同じようにヒトの形をした生命体で、相違点を挙げるとすれば、肌も髪も色素が薄く見える、そのぐらいだった。


「す、ごい…」

「綺麗ね…色素が薄くて、輝いているみたいに見える。」

「ポッドの中の構造や、この方の服装から、文明レベルも我々と近そうですね。」

「…早く中身、出そう」


 ラキエルは既にカプセル状の担架を準備し、自身でポッドから生命体を運び出すつもりなのか、筋力を補うためのパワーアーマーを装着している最中だった。


「…ずいぶん用意周到な事で。でも許可出来ないわ。」

「っ!! なんで!」


 これまでラキエル主導で自由に調査する事を許可していたフリージアは、この時ばかりは要求を突っぱねた。


「あなた昨日の朝から寝ていないじゃない。そんな人間にパワーアーマーは操作させられないわ。万が一にも、このヒトを傷付けたらどうするつもり?」


 フリージアの言う事は全く持って正しい。ラキエルもそう思う。

昨日の昼過ぎから長時間、久々に頭をフル回転させ続けており、さすがに疲労は溜まっている。

自分ではまだ大丈夫、自分なら失敗せずに上手くやれる、そう思ってはいても客観視して判断を下すならば、自分も上司と同様の意見になるだろう事は、ラキエルもわかっていた。

事実、仮面で隠れてはいるが目の下は酷い隈になっていた。


「…少佐の言う通りですね、ではこの後はどうしますか?」


 珍しくしおらしい態度を見せたラキエルに少し驚きつつも、フリージアは安堵してこの後の指示を出した。


「まずパワーアーマーは私が着るわね、この中だとラキエルの次ぐらいには上手く操作できるだろうし。担架に乗せた後は、ハンナが医療室まで搬送して待機。わたしもすぐに向かうから。ジェレミーはポッドの中の調査を任せたいけど、適当に仮眠を挟んで構わないから。ラキエルは一旦、自分の部屋で十分に睡眠を摂る事。起きたあとは、これの解析をやってもらうから私のところに取りに来て。今渡すと寝ないで解析するだろうから、くれぐれも十分に睡眠を摂った後に来る事。」


 そう言ってラキエルに見せたのは、みんなが1人1台持っているデバイスに酷似した情報端末のようなものだった。

それには見覚えがある、ポッドの中の生命体が握っていた物だ。


「くっ… わかりました…」


 本当は今すぐにでも奪い取って解析に着手したい。が、睡眠を摂ってから進めた方が効率的であるのは明らかだ。

うなだれながらテストルームを後にしたラキエルは、寮の自室に帰りベッドに倒れこむと死んだように眠った。

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