事前準備で8割キマる
22時過ぎ、ラキエルは寮の自室に戻ってきたところだった。
狭い部屋だが、1人で居るとなんだか物足りなく、寂しく感じる。
つい数分前まで、この部屋に彼女が居た。
先ほど、彼女の部屋の前まで送り届け「おやすみ」とお互いに夜の挨拶を交わし別れた。
夕食を済ませた後は一緒に映画を1本見てから、少し眠そうな素振りを見せた彼女に、部屋まで送ると提案した。
映画は大昔に作られた長編アニメで、今でも絶大な人気を誇っているものだ。
楽しそうに見てくれていたから、また別な作品を一緒に楽しむのも良いだろう。
もっと大きい画面で見れるようにしても喜んでくれるかもしれない。
明日も一緒に過ごす事が決まっているし、手を…繋ぐ約束もした。
ラキエルの希望は、片っ端からどんどん叶っていく。
こんな簡単で大丈夫だろうか、順調過ぎる。
後で大きな罠に落とされるのでは?そんな不安が過るが、もう決めた。
前に進むのみ、と。
ラキエルは食事の為にデスクから片付けてしまったPCを引っ張り出すと、明日に向けてリサーチを開始した。
明日のリリシアとの外出…ラキエルの心の中では、もはや完全にデートである。
彼女にとってはミルズアースで初となる外出。
リリシアにめいっぱい楽しんでもらうべく、行き先の候補を片っ端から調べていった。
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「おはよ、起きた?」
「おはよう、起きてるよ!ジム行くよね? もう出れる?」
「うん。部屋で待ってて、迎えに行く」
ラキエルは、少しの距離でもわざわざ部屋まで送迎してくれる。
なぜだかわからないし過保護すぎる気がするけど、嬉しい。
鏡の中の自分がだらしなく笑っている事に気付き、急いで表情を整えた少し後、部屋がノックされる。
「行こ」
それぞれブースに入り、朝のトレーニングメニューを一通りこなす。
短い休憩と水分補給を済ませた後、更にもう一度。
ラキエルの表情は見えないが、結構いっぱいいっぱいの様子で、彼には申し訳ないが少し面白い。
(研究が専門だから、身体動かすのはそんなに得意じゃないのかな…?)
確かにまだ若いというのもあるが、それにしても彼は小柄で細身である。
とても筋肉が豊富なタイプには見えない。
(手は大きいから…これから大きくなるのかも。)
「…リリシア、なんで笑ってるの」
「え? あ、えーっと…ラキエルは細身だよね、って思ってただけ!」
「どうせ、もやしだよ…リリシアは、どんな男が格好良いと思う? 好みの体格は? 筋肉がどれぐらいあれば良いと思う?」
「もやし…?? 好みの体格は考えた事なかったけど、バランス良く筋肉があるのは格好良いと思うな。」
「わかった」
そう言ってラキエルは、若干フラつきながらも再度ブースに入って行った。
出てきた頃には、心なしか全身がぷるぷると震え、そしてそのまま近くのベンチにどさりと座った。
彼は、しばらく動かなかった。
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シャワーで汗を流した後は、食堂に行き日替り朝食をお願いする。2人分、持ち帰りで。
それからラキエルの部屋を訪ねると、迎えてくれたラキエルは仮面ではなくキャップを目深に被っていた。
「これ、どう?」
ふわふわのくせ毛を寄せ集め、右眼のあたりを隠すようにしてからキャップで抑えつけているようだ。
痣が全て隠れているわけではないが、とても良く似合っている。
「すごく似合ってると思う!いつもそれでも良いんじゃない?」
「さすがに勤務中にキャップは…痣も全部隠れないし」
「そっか、残念。せっかく、格好いいのにね。」
「…っ!」
耳を赤くするラキエルを見て、自分が思った事をそのまま口に出してしまった事に気付く。
でも…それぐらいが良いのかもしれない。
露骨に気持ちを出して行った方が。
どうせ自分の気持ちを伝えるつもりで居るのだから。
ラキエルが、いちいち反応してくれるのが、とてつもなく嬉しい。
彼が反応してくれる度に、気持ちが伝わっているような気になってしまう。
「ラキエル、早く食べて、行こう!」
「急がなくても、朝早くはあんまり店開いてないよ」
「そうなの?」
「うん、10時とか11時とかからが多い」
キャップを脱ぎ、席につく。
お互いに顔が近くなり過ぎないよう、ちらりと視線を合わせてから「「いただきます。」」と朝食をとりはじめる。
「ロアでは、リリシアも軍に所属していたの?」
「うん、そうなの。正確には…軍に所属するための学校があって、そこの学生だった。メラーニが攻めてきた時に、軍の正規兵が少なくなってしまったから、学生も戦線に投入されていたの。強制じゃなかったから希望者だけ。」
「…逃げなかったんだね」
「逃げても、勝たないと終わらないと思って。だったら終わらせるために自分も立ち向かうべきだって思ったから。」
「…その通りだ。でも、なかなか出来る選択じゃない。尊敬するよ。学校では、どんな勉強を?」
「艦の設計と運用を主に、かな。戦術や操舵も含めて習ってたよ。」
「すごいね。てっきり言語が専門かと思ってた」
「言語は趣味みたいなものかな、他の星の人と文通したりしていたし。」
「じゃあ無事を知らせてあげないと、きっと心配してる」
「ラキエルは、学校は? ここの人たちはラキエル以外みんな大人だし、ここで働くためには高等科を卒業しなきゃダメだって…チャド元帥が言ってた。高等科は17歳まで勉強するって。」
「小さい頃、初等科だけ…少し。あとは行ってない。勉強は独学でして、試験とレポート提出で全部卒業扱いにはなってる。10歳の時に卒業して、すぐ入隊したから俺だけ若い」
「10歳で全部? 高等科まで? すごいっ…!」
「…高等科の次…更に専門的な勉強をするスペシャリストって言うのが最後にある。そこまで全部…卒業した。行く人少ないけど、研究課と医療課にはそれなりに居ると思う。ジェレミーとかエミリさんとか、そうだよ」
「そうなんだ、私の周りに居てくれた人たちは、みんなすごく優秀だったんだね。」
「リリシアも、十分すごいと思うけど。そろそろ出よう」
気付けば9時をまわっていた。
ラキエルはなぜか、先ほど脱いだキャップではなく、いつもの仮面を被るのだった。




