そろそろ自覚しておきますか?
朝食後は第2テストルームに出勤する。
ちょうど通路の向こうから、ジェレミーが出勤してくるのが視界に入り、声をかける。
「ジェレミー。おはよう」
「おはようございます、ラキエル博士とリリシアさん。昨夜は…なんだかご迷惑を掛けてしまったような…気がします。申し訳ありません。」
「うん、少し絡まれた」
「おはようございます、ジェレミーさん。もう普通に戻りましたか?」
「ふ、普通って…うぅ、すみません。もう普通です!」
「よかったです、今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそ!解析は少しずつ進んではいますが、リリシアさんとラキエル博士にお力を貸して頂けたら心強いですから。」
自分の乗ってきたポッドに採用されていた技術について、リリシアも全ては把握していないと言ったが、それでも技術解析はこれまでとは比べ物にならない程の進捗を見せた。
「すごいです、リリシアさん!ロアの方は、皆さん若いうちから高等教育を受けているんですか? 正直…こんなに豊富な知識をお持ちとは思っていませんでした。その、まだお若いので…」
「いいえ、皆ではないです。私は…たくさん勉強した方だと思います。勉強、好きなんです。」
「確かに。ここに来てから、言葉を覚えるのも早くてびっくりしました。まだ1週間も経っていないのに、とても努力家なのですね。」
「言葉は…ラキエルが、ずっと教えてくれましたから、早く覚えられました。私だけだったら、こんなに早くは話せなかったですよ。」
「確かに。ラキエル博士もリリシアさんの言葉を解析されていたんですよね?もしかして、話せるんですか?」
『少しだけね。リリシアの様に、スムーズな会話は出来ない』
ラキエルの口から出たのは、ロアの言葉だった。
ジェレミーは、あんぐりと口を開け、リリシアも驚き目を見開く。
「今ならテキストの意味は概ね理解出来るけど、どうしても発音がね。リリシアに教えてもらわないと読めなかった」
やはりこの男は天才なのだと、ジェレミーは改めて、悔しさと尊敬の入り混じった感情を抱く。
生きている年数も、勉強に費やした時間も、彼より圧倒的に長いはずなのに勝てない、そんな相手だ。
「そういえばお二人とも、ランチはどうされるんですか? 私は今日、食堂でエミリさんやラボのメンバーと約束しているのですが、良ければご一緒しませんか?」
それを聞いたリリシアが、ぴくりと反応した。
明らかに、参加してみたそうな雰囲気を醸し出し、ちらりとラキエルの様子を伺った。
「リリシア行ってきたら。俺はランチはいいや。報告書も溜まってるし。誘ってくれてありがとう、ジェレミー。リリシアだけ連れて行ってあげて」
「そうですか…残念です。リリシアさんは、どうでしょう?」
「はい、行きたいです。本当に良いですか?」
「もちろんですよ!では、混んでしまう前に向かいましょう。」
「はい。ラキエル行ってくるね、食堂で何か貰ってくる?」
「いや、大丈夫。ありがとう。楽しんできて」
2人を見送り、作業に戻る。
しばらく作業を続けた後、いつものように携帯食料を口にするが、初めて物足りないと感じた。
栄養は十分なはずなのに、なんだか味気ない。
楽しそうに談笑しながら出て行く2人を思い出し、嫌な気分になる。
これが嫉妬か、と自分の感情を客観的に分析する。
誰にもバレないようにしないと。
自分勝手なこの感情のせいで、あの優しい2人にいらぬ心労を掛けたくない。
でも…リリシアを独り占めしたい。
今まで散々彼女の時間を独占したのに、まだ足りない。
これまで幸運にもラキエルが一番近くに居る事が出来たが、自由になった彼女が色んな人と交流を持ったら…その中で自分が一番に選ばれるかなんて、わからない。
嫌だ。リリシアを誰にも奪われたくない。彼女の一番近くに居たい。
嫉妬して、独占したくて、ずっと側に居たいと想う。
分析するのは得意だ、自分が彼女に向けている感情が何なのか、ある仮説を立てたとき、ここ数日の自分の行動の全てに理由付けが出来た。
(何が…友達になろう、だ。全然友達じゃないじゃん…)
おそらく、最初からだ。
ひと目見た時から、きっとそうだった。
内面を知って、更に。
もう元いた場所まで戻れない程に、落とされてしまった。
(俺、リリシアの事が…好きなんだ)
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食堂は今日も混雑していたが、少し早めに行ったおかげで幸運にも席を確保することが出来た。
「それでっ、お二人は結局いつの間にお付き合いする事になったんですか?」
「つ、付き合って!? あのラキエル博士とですか? あんな、恋愛とか異性になんて全く興味を示さなくて、寝ても覚めても1日中、食事も取らずに仕事ばかりしてるラキエル博士とですかっ?? 鬼のように、報告書に赤入れてくる、あの鬼!もとい博士と…!?」
「それでは、昨日手を繋いでいたと言うのは本当だったんですね…!そういえば朝も一緒にテストルームに出勤して来ましたよね。」
「朝!? ちょっと!え、もしかして昨夜、解散した後はラキエル博士の部屋に…??」
「付き合って…? 何に付き合うのですか? 昨夜はラキエルの部屋に行きましたけど。」
エミリは今にも鼻血を出しそうな勢いで興奮し、普段の上品な雰囲気はどこかへ行ってしまったようだ。
ラボの研究員であるマルクも、衝撃的な話の内容に顔を真っ赤にして、彼のトレードマークである丸眼鏡はすっかり蒸気で曇ってしまった。
ジェレミーも、身近な人間の恋愛話に興味津々だ。
エミリが更に真相を確かめようと、丁寧に説明する。
「リリシアさん。付き合うと言うのは、恋人になるという事です。好き同士の2人が、お互いに気持ちを通わせて、恋人になって、そしていずれ結婚して夫婦になる、と言えば、なんとなく伝わりますか? そして普通、夜に異性の部屋には行きません。何をされても文句は言えませんから。」
「こ、恋人!? 違います、ラキエルとは友達です!あの、エミリさん、何をされても、は何をされるんですか?」
「そうですね、例えば…触られたり、キスをされたり、それ以上の…その、男女のあれこれと言いますか…子供が出来てしまうような、そんな行為です。」
途端にリリシアの顔が、それはもう真っ赤に染まる。
「そ、そんな事…!あ、私がラキエルに少し、触ってしまいました。それは…ダメな事ですか? もう恋人ですか? じゃなくて、その…部屋に行ったのも、私が強引にしたんです、ラキエルはあまり乗り気じゃなくて。部屋でも私から触っただけで、ラキエルは何も悪いことしてません。信じて下さい。」
混乱したリリシアは、色々と際どい事まで洗いざらいに吐いた。
エミリは興奮して今にも倒れそうになりながらも、どうすれば更に色々聞き出せるか、頭をフル回転させて言葉を吟味する。
「リリシアさんから、ラキエル博士の部屋に強引に押し掛け、ラキエル博士に触った…? 見かけによらず、積極的っ、イイッ!はぁ…でも友達という事は、まだお付き合いはしていない、という事ですか?」
「ぅ、はい。友達…です。お付き合いは…していない、と思います。そんな話はしていないです。」
「なるほど…では、リリシアさんはどうしてラキエル博士の部屋に行って、触ったんですか?」
「へ? あっ、あの…触りたかった、から…です。」
顔の痣の事は、もしかしたら秘密かもしれないから、ここはお茶を濁す。
それに、ラキエルに触りたかったのは本当の事だ。
「ラキエル博士が…青春してる? あの鬼が…? 仕事でも敵わないのに、プライベートでも先を越されるなんて…ぐやじぃ。」
マルクが丸眼鏡を外し、涙と鼻水を拭う。
意外な事にジェレミーが激しく同意せんとばかりにマルクの背中を叩き、そのまま肩を組んだ。
「安心して下さい、2人とも。まだ先を越されたわけじゃないでしょう? これからが良いところなんですから、ちゃんと援護して下さいよ、まったく…それでリリシアさん。ラキエル博士と恋人になる予定はないのですか? 私はてっきり、お二人は両想いでお付き合いしているものだと思っていたんですよ。」
エミリは、自分の推し活の未来が掛かってるんです!と意味不明な事を呟きながら、鬼気迫る勢いでぐいぐい来る。
だがこの状況、リリシアにとっては助け舟だった。
リリシアは正直、この星の貞操観念や恋愛に関する諸々が理解できていなかったのだが、今のエミリとの話の中で、自分の中にある常識とほぼ一致しているという事がわかった。
これは大きな収穫だった。
普通は夜に異性の部屋になんて行かない。
そんなの、わかってる。
手を握られるのも、握り返したのも、ラキエルに触れたのも、全部。
そんなの、好きじゃなきゃ、絶対しない。
思い返せば結構、大胆な事をしてしまっていた。
恋をするのなんて初めてだから、加減なんてわからないけど、これからどうすれば良いかもわからない。
少し冷静になったリリシアは、この状況を更に利用させてもらおうと思い付く。
おそらく、そうした方がエミリも楽しんでくれるはずだ。
「エミリさん。お付き合い、するには、どうすれば良いか教えてくれますか?」




