朝の筋トレ2日目は、彼女が俺のプライドを圧し折ってくる
新しい部屋は、これまで滞在していた部屋に比べると少し手狭だが、全体的に内装が小洒落ている。
ベッドは少し大きめで間接照明も配置され、リラックス出来るよう設計されているようだ。
なにより、この部屋は自分だけの意思で自由に出入りする事が出来る。自由を認められたのだ。
シャワーを浴びてから、ベッドに入り1日を振り返る。
今日は本当に色々な事があって、自分を取り巻く環境の全てが変わった日だった。
当然の事だろうが、自分は保護されてから今まで審査されていた。
今日の会議で、敵ではないと判断され、情報提供の貢献を認められ、この星の住人として受け入れてもらえた。
日頃の素行や身体面でこの星に馴染むかどうかは、フリージア、ハンナ、エミリが根回しに尽力してくれたのだろう。
情報提供はラキエルとの言語学習が無ければ、こんなに早く成しえなかった。
ポッドが辿り着いた先がこの星で良かった。
自分を保護し、調査にあたってくれたのがあの人たちで、本当に良かった。
みんなが自分の為に尽力してくれた事は重々わかっており、感謝してもし足りない。
だけど、やはり一番身近で支えてくれたラキエルの事ばかりを考えてしまうのだ。
ずっと仮面に隠れていた素顔を、今日見せてくれた。
深い紫色の瞳はとても綺麗で、少し長めの前髪に隠れてしまっていたが想像よりも整った顔立ちをしていてびっくりした。
右目の周辺に広がる痣は痛々しく、本人はその見た目をとても気にしているようだった。
少しずつ…治してあげたい。
ふわふわとした癖のある髪は、ダークグレーのような紫のような絶妙な色で、とっても素敵だった。
あのふわふわに触れてみたら、どんな感触がするんだろう。
食堂で貰ったアイスは残念ながら溶けてしまい、結局食べられなかった。
「飲んでも甘くて美味しいよ」
そう薦めてくれたラキエルに従い、飲んでみたら本当に美味しくて。
3種類の味を飲み比べて、全部美味しいけどバニラが好きかも、と伝えれば「俺も」と顔をくしゃりとさせて笑った。
その表情にどきどきしてしまい、その後のフルーツの味はあまり覚えていない。
持ち帰ったBBQをパンに挟んで頬張り、もぐもぐと食べるラキエルがとっても可愛くて。
私と同じぐらい小柄なのに、あっという間に食べきると、その後結局、例の携帯食料も飲み始めたのを見て、思わず笑い声を上げてしまった。
「結局、それも飲むんだね。」
「さっきので栄養が十分なのかわからないから、念の為」
「明日も一緒に食事してくれる? ここで食べるなら、良いでしょ?」
「…わかった」
「朝ごはんは何時?」
「…8時から食べよう、10分前に迎えに行く」
「はい、待ってるね。」
「そういえば、これ…本当は昨日渡そうと思ってたんだけど」
「これは…私が使って良いの?」
「軍からの支給品だから、ログは取られるけど。便利でしょ」
「はい!ありがとう、ラキエル。」
そうして渡されたデバイスに、ラキエルからのメッセージが表示される。
「おやすみ、また明日」
「おやすみなさい、朝楽しみにしてるね。」
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(ハァッ…まだ2日目だから…こんなもんか…もう少し回数増やしたいけど…キツ…)
まだ慣れていない身体には、少々キツイ朝のトレーニングメニューを一通り終わらせ、汗を拭いながらブースを出ると、意外な事にリリシアが居た。
「あ!ラキエル!おはようございます。」
ラキエルの姿を見つけ、嬉しそうに駆け寄る。
「ラキエルも朝の運動? 私も、朝食の前に身体動かしたいと思って。昨日、タイラーさんが教えてくれたから。」
「そうなんだ、確かにずっとあの部屋から出られなかったもんね」
「はい、久しぶりに運動、気持ち良い。」
薄手のトレーニングウェアに身を包むリリシアから目が離せない。
華奢なイメージしか無かったが、こんな格好をしていると活発に見えるのが不思議だ。
「終わったところ? 戻るなら部屋まで送る」
「少し休憩。もう1度したら戻るよ。」
「そ、っか…じゃあ俺ももう1度入ろうかな」
もう無理キツイと思っていたのに、なんだか無駄なプライドが、ラキエルをもう一度ブースへと戻した。
そして地獄のようなもう1回に激しく後悔するのだった。
ぐったりして再度ブースを出ると、満足気な顔をしたリリシアも上がったところで、勇ましく水分補給をする姿が眩しかった。
「運動好きなんだね」
「はい、トレーニングは良くしていたから。お父さんと。」
「そっか。お父さんは軍人だったの?」
「はい。お父さんは戦艦の司令官で、わたしも所属していた。」
「…その話、今度詳しく聞かせて欲しい」
「わかった。ラキエル、送ってくれてありがとう。」
リリシアの部屋の前まで送り「また後で」と一旦別れた。
自分の部屋でシャワーを浴び、再びリリシアの部屋に向かう。
それから2人で食堂に行き、朝食を選んだ。
周囲から時折感じる好奇の視線も、今日はあまり気にならないが、自分と一緒に居るリリシアまで同じように見られるのは気に入らなかった。
よく知りもしらない人間の口から心無い声が聞こえる事も、ぽつぽつ。
ラキエルは声の主を睨みつける。
その場から早く立ち去りたくて、朝食が出来上がるとさっさと受け取り、自分の部屋に急ぐ。
足早にどんどん進んでいくラキエルを、リリシアは後から必死でついていき、心配そうに見つめた。
「食べよう」
昨日に引き続き、自分の部屋にリリシアが居る。
自分が唯一、仮面を脱ぎ捨てて素顔で過ごすこの空間に彼女が。
夢みたいな現実に一瞬躊躇するも、ラキエルは今日は自ら仮面を脱いだ。
仮面で醜い痣を隠しているときも、この醜い痣に覆われた素顔を晒しているときも、彼女はなんら変わらない視線と表情をくれる。
「ごめん…歩くの早かったよね…そっち、座って」
リリシアに椅子を勧め、自分はその隣に適当な箱を置くと、その上に更に適当な雑誌を積み上げ、腰を下ろした。
ラキエルの部屋にテーブルは無く、作業デスクしか無かった。
それをカウンターのように使い、2人分の朝食を並べる。
今日頼んだのは日替わりの朝食セットで、野菜が多く栄養バランスの良さそうな内容だった。
「美味しそうだね!いただきます。」
「うん…そうだね。いただきます。」
すっと背筋を伸ばし、目の前で両手を合わせて行儀よく食事前の挨拶をしたリリシアに圧倒される。
ラキエルも慌てて彼女を見習い、模倣する。
これでは、どちらがこの星の出身か怪しいものだ。
(楽しそうに食べるな…グリンピース食べたら微妙な表情になったな、グリンピース嫌いなのか)
「ラキエル、どうしたの? 食べないの?」
「食べるよ」
見られている事に気付いたリリシアが手を止め、今度は食事をするラキエルを観察する。
「なに」
「ちゃんと食べてる、と思って。ラキエルと一緒に食事が出来て嬉しい。」
そう言うと本当に嬉しそうに、楽しそうに自分の食事を再開したリリシアを見て、ラキエルは全身から力が抜けるのを感じた。
あんなに頑なに顔の痣を隠して生活してきたのに、こんなに呆気なく受け入れられて、誰かとの食事を幸せだと思える日が来るなんて。
自分には手に入らない、無縁なものだと思っていた。
いや、想像すらしていなかった。
「おいしい…」
「おいしいね!ここの食堂の人たちは、とっても料理が上手。」
今まで片手間に栄養がとれれば良くて、味なんてどうでも良いと思っていたのに。
美味しい、と素直に感じる。
フリージアを初め、他の人間がなぜあんなに食事を勧めてきたのか、今なら理解できる。
そして何より、リリシアが幸せそうにしている。
ラキエルは心の中で、食堂職員たちに最大限の感謝の念を送った。




