宴(BBQ)の後はデザートを頂くことにする
どうして、こんな事になってしまったのだろうか。
彼女が…リリシアが、ラキエルの部屋に居た。
なんの面白みもない殺風景な室内を、熱心に観察している。
それからこちらを向き、真剣な顔でオーダーを述べる。
「はやく、脱いで」
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少し前、酔い潰れたジェレミーとエミリを、屈強な軍人2人が担ぎ上げ、寮まで送ってくれた。
「プロジェクト参画してから、やっと来ましたよ。力仕事!」
「俺らは明日からエイマット大尉の元に戻りますけど、何かあれば力になりますから。」
「ありがとう、頼もしいです」
フリージアとハンナは酒に酔わない性質なのか、普段と変わらない様子のしっかりした足取りで帰っていった。
「夜更かしは駄目よ、子供は早く寝なさいね。」
そう言ったフリージアの表情は、やたらニマニマしていた気がする。
夕食にしようと思い、最後に焼いて避けておいた肉と野菜、パンを包む。
片付けは驚くほどの手際で軍人2人が済ませてしまい、あとはカートを食堂に返すだけだった。
カート返却はリリシアが任された。
施設内の配置を覚えるのに、良い機会だから、と言うことで丸め込まれたのだ。
食堂までの道のりを2人並んで歩く。
カートに添えられる、彼女の小さくて綺麗な手に視線が吸い込まれる。
どうして、あんな事が出来たのだろうか。
会議室でリリシアの手を握った自分を問い詰めたい。
小さくて、柔らかくて、あたたかかった。
嫌がる素振りもなく握り返されたら、受け入れてもらえたと、また触れても構わないと、勘違いしてしまいそうになる。
ここ数日の、自分の衝動的な行動の数々に驚き、経験した事のない恐怖を感じていた。
衝動で動いて、この人を傷つけたくない。
優しく、したい。
大切にしたい。
「重くない? 俺持つよ」
「大丈夫、重くないよ。」
ただ雑用を押し付けられただけなのに、彼女は楽しそうにカートを押す。
食堂でカートを返すと、カウンターの中から職員が声を掛けてきた。
「あら、ずいぶん可愛らしい…小柄ね。ちゃんと食べてるの? 簡単なものだけど、デザートもあるから。どう?」
そう言ってメニューを見せられると、リリシアの綺麗な瞳が、更にきらきらと輝いたように見えた。
小声で聞いてくるが、興奮が抑えきれない様子が伝わってくる。
「ら、ラキエル!ど、どれが…どんなっ…味!?」
「じゃあ、バニラと抹茶とチョコのアイス。あとフルーツ適当にお願いします」
2人にしては欲張ったが、色んな種類を味見させてあげたかった。
それに普段は全く口にしていないが、実はラキエルはアイスが好物だった。
リリシアが味見した後に残ったものは、自分が食べれば良い。
アイスならいくらでも食べられる自信がある。
準備してもらったものをトレイごと受け取り、適当な席につく。
夕飯時を過ぎ、人はまばらだ。
「どうぞ、リリシア。好きなの食べてみて」
「ラキエルは食べないの?」
「リリシアが満足したら、残ったやつもらう」
「一緒には…食べないの?」
「うん、ここでは…仮面が、あるから。後で部屋で食べるよ」
そう言うとリリシアが立ち上がり、アイスの乗ったトレイを持ち上げた。
「一緒に食べよう。部屋に行こう?」
トレイを持って歩き始めたリリシアを必死で止める。部屋って、部屋ってどこ!?
「どっちに行けば良いの? ラキエル」
「こっち…」
自分の部屋に連れて行くのはまずいのでは?でもこれまでも彼女が生活する部屋で2人きりで過ごしてきたわけだし、いいのか?でも時間も時間だし、やっぱりマズイのでは?また俺、衝動的に変な事して嫌われたら立ち直れないし、どうするんだ??
珍しく混乱したラキエルは先導するリリシアの言いなりで、通路が分岐する度に自分の部屋までの道程を吐かされ続けた。
その後起こるであろう肝心な事も、頭からすっぽり抜けていた。
リリシアの目的はラキエルとデザートを一緒に食べる事。
仮面を外せないと食事ができない。
食堂では、仮面を外さない。
部屋なら、仮面を外せる。
つまりは、そういう事だった。
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「こ、これは…脱げ、ない」
「どうして? 脱がないと食べられないよ。早く食べてみたい。」
「たっ、食べて!いいからっ…俺は後で…」
「ラキエルと一緒に食べたい。ラキエルはいつも、みんなと一緒に食べない。どうして?」
人前で仮面を外して食事をするなんて、ここ数年では一度も無い。
ラキエルが黙っていると、しばらく粘っていたリリシアが下を向いた。
「ごめんなさい…無理矢理、しようと、して。嫌がる事。でも、どうしてか教えて欲しい。ラキエルの事、知りたい。友達だから…心配。」
友達…今まで、友達と言う存在が居なかったから、知らなかった。
こんな風に、触れられたくない部分に踏み込まれて、抉られて、それでも嫌だと突き放せない、側に居て欲しくてどうしようもない存在。
踏み込まれたくない自分と、すべて曝け出した上で受け入れて欲しいと思う自分が、どちらも確かに存在して、葛藤した。
思考する間、無言だった事がリリシアの不安を煽ってしまう。
「ラキエルが、私が独りぼっちの話を聞いてくれて、受け止めてくれて嬉しかったから。私も、ちゃんとラキエルの友達に…力になりたかった。けど、嫌がる事してごめんなさい、もう聞かないから、き、嫌いに、ならないで…」
そうか。
自分がリリシアの事なんでも知りたくて、力になりたくて、寄り添いたい、助けたいって思うのと同じなんだ。
もしも彼女が仮面で顔を隠して、自分と同じような生活を送っていたらどうだろうか。
きっと、今のリリシアと同じ事をしただろう。
自分の、この秘密を知られるのは怖い。
気持ち悪いと、拒絶されたら?
彼女は、そんな人間では無い事はわかっている、でも怖い。
少しでも不快な気持ちにさせてしまったら…
でも、今後もずっと仮面をつけたまま接するのか?一生?
出来る事なら…ありのままの自分を、リリシアに受け入れて欲しい。
それが叶えば、どんなに良いだろうか。
「嫌いになんて、ならないよ」
やっと口を開いたラキエルに、リリシアは顔を上げ、縋るような視線を向ける。
とりあえず端的に事実を伝えてみる事にした。
「俺、顔にヒドイ痣…炎症があって、それを隠すために人前では常に仮面をつけてるんだ」
「炎症…ケガ…? 治さないの…? 痛い?」
「治せないんだ。内側から、炎症していて。痛みは、少し。もう慣れたから」
「そんな…どうして、あ。あのっ…質問しても、いい…?」
「いいよ。別に何聞かれても、リリシアのこと嫌いになったりしない。さっきは黙り込んでごめん。考えが…まとまらなくて」
リリシアは少し安心したような表情で、小さく息をはいた。
「その…炎症は、どうして出来たの?」
「小さい頃に、事故で。その時に両親を亡くした。」
「ラキエル…」
リリシアは手を伸ばし、ラキエルの手を取った。
彼女はその手を、両手で大切そうに包んだ後、自身の顔の方に持っていく。
ふわりと柔らかくなめらかな感触が、指先に触れる。
目に映る光景が信じられない。
彼女が愛おしそうに頬を寄せているそれは、自分の手だ。
「ごめんなさい…ラキエル。教えてくれて、ありがとう。」
しばらく、そうしていた。
手もされるがままで、ラキエルは動けなかった。
ラキエルの手を包むリリシアの両手。
彼女の細い指が、自分の骨ばった指の間にするりと入り込み、絡まる。
脳が焼き切れそうだ。
やめてくれ。
ずっと、そうしていて。
おかしくなる。
逃げて。
滅茶苦茶にしたい。
「あ…の…リリシア、そ、その…そろそろ…」
「!!ご、ごめんなさい!あの、私が手を触ってもらったとき、嬉しかったから、だから…ごめんなさい。」
我に返ったリリシアは真っ赤だった。
手を触ったの嬉しかったって…まじか。
調子に乗るかもしれないから、そーゆう事は秘密にしておいて欲しい。
それよりも、先程から謝らせてばかりだ。
「リリシアは何も悪いことはしてないから、謝らないで」
「はい…あの、ラキエル。お願いがあるの。」
「なに?」
「怪我、見せて欲しいの。いや?」
やっぱり、そう来るか。
でも興味本位では無く、何か理由があって確認したいような素振りを、不思議に思う。
「…わかった」
もう観念しよう。
どうにでもなれと思いながらも、仄かに期待する自分も居て。
受け入れてくれるかはわからないが、受け入れて欲しい。
そう祈りながら、ラキエルは今まで頑なに外さなかった仮面を脱いだ。
頭を軽く振り、髪を解きながら現れた仮面の中身。黒い癖毛。
黒に見えた髪は、よく見ると濃いダークグレーで、照明に透けた毛先は紫にも見えた。
深い紫色の瞳はこの星でも珍しい色で、印象的だった。
顔の右側に、大きく広がる痣のような炎症が見えた。
リリシアの表情からは、拒絶の色も侮蔑の色も見えない。
ただ確認するように、炎症を見ていた。
「触ってみても平気? 痛い?」
「少しなら平気だよ、ずっと触られるのは…ちょっと…」
変な感情が溢れるから、とは言えなかった。
リリシアは頷いて、そっと炎症に触れた。
最初は指で遠慮がちに、それから手の平で包み込むようにすると、少しの間だけ目を瞑る。
長い睫毛が、すごく綺麗だ。
すぐに目を開くと、ラキエルの目を覗き込み、ふんわりと嬉しそうに微笑む。
「ラキエルの目はムラサキ色なんだね、綺麗。やっと見れて、嬉しい。」
あまりにも屈託のない笑顔を向けられ、顔に熱が集まるのを感じる。
そういえば、いつも表情を隠してくれる仮面は脱いでしまったのだった。
思い出し、慌てて腕で、赤くなっているであろう顔を隠す。
「こ、この炎症…気持ち悪いでしょ」
「どうして? 気持ち悪くなんて無いよ。ラキエルは気にし過ぎ。」
「本当に? 平気…? やっぱり仮面を」
「だめ!せっかく外せたのに。これで一緒に食べられるね。」
そう言ってテーブルに置いた食料を見て「あっ!」と驚く声が上がる。
「アイス…溶けちゃったね」




