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搬入日の日中

「さーて、お腹空いちゃった。休憩にしましょ!たまには食堂で食べない?」


 凝り固まった身体を伸ばしながら、手入れの行き届いた美しい紅色の髪を揺らして、長身の女性が声をかけてくる。

いかにも仕事が出来そうな雰囲気ではあるが、誰にでも気さくに声をかける彼女は、この区画の責任者であるフリージアだ。


「…いい。まだやる事がある。何度も言うけど食堂には行かない」


 とは言ったものの、時刻は正午。頭脳労働によるカロリー消費は激しく、ある程度の空腹を感じる頃合いだ。

デスクの引き出しに常備している携帯食料を1つ取り出しキャップを捻り開け、フルフェイスヘルメットのような仮面の口元から器用に摂取する。


「そ、じゃ行ってくるわね。午後には例の荷物が届くから、よろしくね。ラキエル博士。」

「わかった」


 そう言ってランチに出て行った上司を横目に、先程から夢中で目を通しているのは、午後届く荷物に関する資料だった。

昨夜、宇宙から飛来し近隣の海に着水した物体を軍が回収し、この研究区画に搬入される予定なのだ。

宇宙からの飛来物。何か新しい研究対象が手に入るかもしれない。

先程、上司に対し驚くほど無愛想に対応した仮面の男ラキエルは、新しいおもちゃを手に入れられると言わんばかりに、仮面の下で僅かに口角を上げた。


 複数の大人たちが働く軍の研究区画。

各地から優秀な研究者が集められ、軍が運用する為の機体や兵器はもちろん、民間まで幅広く利用する薬剤に至るまで、最先端の研究開発が行われている。

この研究区画の中でラキエルは異様だった。

まず仮面で顔や表情が一切わからない事、顔はわからずとも声や体格から推察するに、この場で働くには不釣合な程、まだまだ若い少年のようだった。



>>>>>


「はぁ〜、今日のA定食も最高だったわ!ふわっふわの焼魚に、薄味のお新香がまた絶品で…!お味噌汁はおかわりしたわ。うちの食堂は本当にレベルが高いわよ?? あなたも、あんなゼリーみたいなのを片手間に飲むんじゃなくて、たまにはきちんとした食事を摂ったらどう?」


 研究区画の無機質な通路を歩きながら、本日のランチに満足したらしいフリージアは幸せそうな顔をしながら声を掛けてくる。

それに対し、無感情な仮面から発せられるのは心底面倒そうな声だ。


「…栄養は十分摂ってる」

「あなたが開発した携帯食料だもの、栄養があるのは知ってるわよ。でも、いつも同じもの食べていて飽きない? 温かくて美味しい食事は、栄養補給以外にもメリットがあるんだから。」

「昼食以外は食堂にお願いする時もある」


 気が向けば、だけど。

そこは、わざと伏せておくが、フリージアは目を細め訝しげな視線をラキエルに送った。


 片手間に摂取できるゼリー状の携帯食料は、彼にとって非常に都合の良いものだった。

食べる事に無頓着なラキエルは、わざわざ時間を掛けて食事をする意義がわからなかった。

そんな事に時間を使うぐらいなら、その分研究に費やしたい。

しかし脳を働かせる為には十分な栄養を取る必要があるし、身体を壊して早死にしたい願望もない。

以上を鑑みて、現在ラキエルの主な栄養源となっている携帯食料を自ら開発したのは7歳の頃だった。

この携帯食料だけで生命維持はもちろん、体組織の形成にも必要十分な栄養が摂れ、今では軍の兵糧や、普通食を食べる事が困難な入院患者向けの栄養補給食としても重宝されている。


「フリージア少佐、先ほど搬入された荷物は、こちらの第2テストルームに搬入いたしました。」


 案内役として先導していた兵士が扉の前で立ち止まり、フリージア達に向き直ってから礼をとる。


「ええ、ありがとう。さ、いきましょう。」


 兵士ににっこりと微笑んで礼を述べると、扉のセキュリティを解除し入室する。

まるで女神のような美しい微笑みを向けられた兵士は赤面しながら硬直した。

そんな兵士の様子に気づいているのやらいないのやら、フリージアは微笑みを崩さぬまま、ラキエル、ハンナ、ジェレミーの3人の研究員を伴い、奥へ進んだ。


(新兵かな、お気の毒に…)


 ハンナとジェレミーは硬直した兵士を見て、またか…と思ったのだった。

4人は、荷物の回収・搬送を担当した兵士と、現地に派遣していた研究員から引き継ぎを受ける。


「エイマット大尉。あなたが今回の担当だと聞いて、久しぶりに会えるのを楽しみにしていたの、お元気そうね。」

「ご無沙汰しています、フリージア少佐。少佐もお元気そうで何よりです。今回の飛来物ですが…とんでもない代物ですよ。飛来時の方位や着水座標は先にお送りした資料の通りです。スキャンの結果、表面に有害物質の検出はされませんでしたが、形状から明らかに人工物であると言えるでしょう。中心部までのスキャンが不完全な為、中から何が飛び出してくる事か…調査の際は十分にお気をつけ下さい。」


 いかにも軍人という体躯の大男、エイマットが丁寧にフリージアたちを案内する。

テストルーム内は2フロアに分かれており、上が今いるコントロールエリア、下がテストエリア、件の飛来物はテストエリアの中央に配置されていた。

コントロールエリアからエレベーターで下に降りた5人は今回の調査対象である飛来物の前に並んだ。

エイマットの指示で荷物を覆っていたシールドが解除され、その姿が顕になる。

なるほど、これは確かに人工物と言えるだろう。

一見して、宇宙艇に備わる脱出ポッドのような形状とサイズ感で、ダークグレーの金属のような物質で構成されている。

ラキエルが自身のデバイスでもスキャンを試みるが、どうやら未知の素材であるようだ。表面に触れてみると、触れた部分が鈍く発光した気がした。


「素手で触れるなど危険ではないか? ラキエル殿」


 エイマットが目ざとく声をかけてくる。

本来であればエイマットは階級的にラキエルに対し敬称をつける必要は無いのだが、ラキエルに丁寧に接する人間は上層部にほど多く存在する。

彼のこれまでの研究開発の功績を鑑みれば、決して邪険に扱って良い人間ではない。

下手をすれば、成人さえしてしまえば自分より上の階級になるだろう、そう考え丁重に接する者が少なくないのだ。


「尻込みしていては、何も進みませんから。ご忠告ありがとうございます、エイマット大尉」


 馴れたフリージアに対するときよりも、いくぶん丁寧に応答する。

でも一応、対外的な事もあるし上司の許可は得ておくか、と考えを改めたラキエルはフリージアに声をかけた。


「フリージア少佐。好きにいじっても?」

「いいわ。この場の指揮はあなたに任せます。」


 答えが返ってくるまでに時間はかからなかった。

考えるまでも無く、この調査を確実に安全に最速で進められるのはラキエルを置いて他にいない。

ラキエルがハンナとジェレミーそれぞれに、やって欲しい事を伝える。

ハンナは50代半ば、ジェレミーは20代半ば、とラキエルよりもはるかに歳上ではあるが、2人は素直にラキエルの描いた通りの調査手順をこなす。


 フリージアだって実力により少佐という階級と、研究区画の責任者というポストを手に入れたが、そんな自分を含めても、ラキエルほど優秀な研究者は他に見たことが無く、他の2人もそれは重々承知していた。

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