珈琲のオーダーは却下される
「ラキエル博士は、13時頃にいらっしゃるそうですよ。お昼ごはんを食べ終わった後すぐですね。」
「はい、ありがとうございます!」
そう言って、嬉しそうに笑顔を見せるリリシアに、ハンナもつられて笑顔になる。
この可憐な可愛い人が、知らない場所で心細い思いをしていた少女が、心の拠り所を見つけた様子に、安堵する。
(それがラキエル博士というのは、少し意外でしたけれど。彼は誤解されやすいから。)
「リリシアさんは、ラキエル博士の良いところを、ちゃんと見つけて、ちゃんと見てくれたのね。」
ハンナの言葉を聞いたリリシアは、きょとんと不思議そうな表情を見せた後、またすぐに笑顔を見せた。
本当に嬉しそうに、笑った。
「ラキエルは優しい、とっても。友達になったんです。」
「だから、さっきあんなに頑張っていたんですね。お友達に喜んでもらえるように。」
「は、い。ラキエルが喜んだら、うれしい、です。」
頬を紅く染めたリリシアの様子を、ハンナは優しげな眼差しで見つめていた。
13時前になり、外からノックの音とタイラーの声が聞こえた。
「ラキエル博士が、いらっしゃいました。」
ハンナが扉を開け、ラキエルを招き入れる。
「お疲れ様です、ラキエル博士。」
「こんにちは、ハンナさん。と、リリシア」
「こんにちは、ラキエル。お疲れ様です。」
彼女はふんわりと、とても嬉しそうな笑顔を見せた。
まるで自分の来訪を本当に歓迎して喜んでくれているような…そんな風に錯覚しそうになる。
「えっと…ハンナさん。もし良ければ…珈琲を淹れて貰えないかな、と」
「今日はお断りします。」
「!そ、そうですよね、すみません。いつも無遠慮に」
正直、あの優しいハンナにこんなにはっきりと断られるとは思わず、ラキエルは動揺を隠せなかった。
いや、表情は仮面のお陰で完全に隠れていた。
珈琲と言う単語を聞いたリリシアは、なんとも言えない複雑な表情で妙にそわそわしている。
「ラキエル博士。実はこの後、私が終日打ち合わせでここに居られないんです。リリシアさんをお願い出来ますか? フリージア少佐とエミリさんも同行するので、他にお願いできる方がいなくて。」
「わかりました」
「フリージア少佐が、ラキエル博士のデバイスにもこの部屋セキュリティ権限を付与したとおっしゃってましたから、出入りは自由に出来るはずです。」
「いつの間にそんな…客観的に考えて、適任じゃないと思います。思春期の男性ですよ」
「そういえば、時間制限付きの権限付与で、通常勤務時間内のみだそうです。」
「なるほど…了解です」
「そういえば、リリシアさんがとっても嬉しそうに教えてくれましたよ。ラキエル博士と、お友達になった、と。」
(え?と、友達…なった?って??なった…まじか、なれてたのか…良かった!え、でも、え?泣いてたのに…どゆこと…?)
「そ、は、はい。そうなんです。友達に、なりました」
ここは話を合わせておく方が都合が良さそうと判断し、とりあえず肯定しておく。
ハンナは嬉しそうにニコニコしながら「それでは、後はお願いしますね。」と、退室していった。
部屋に2人きりになると、急に心拍数が上がったのを感じたラキエルは、深呼吸をしてからリリシアの方を向き、意を決して質問しようとした。
だが先に口を開いたのは、彼女の方だった。
「ラキエル、私が珈琲を作ったら、飲んでくれる?」
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まさか。そんな。いつの間に?
目の前の光景を信じられない気持ちで見つめる。
手際よく湯を沸かし、豆を挽き、道具を並べ準備していく。
湯が沸くと、豆を敷き詰めたフィルターの中に、くるくると湯を注ぐ。
なんとも言えない芳ばしい香りが部屋中に広がった。
いつもハンナが慣れた様子で行う工程を、リリシアが丁寧にこなしていく。
目の前に、珈琲用の紙カップが置かれる。
普通のマグだと仮面が邪魔で飲み難い為、いつもこの珈琲用の紙カップ(飲み口付きの蓋がポイント)でラキエルは珈琲を飲む。
これは完全にハンナに仕込まれている。
だから先ほどハンナに珈琲を頼んだとき一刀両断されたのだ。
「どうぞ!」
自分の分は随分少なめにマグに入れ、道具を軽くすすぎ清めた後、リリシアが隣の椅子に腰かける。
「ありがとう、いただきます」
感想を求めるように、リリシアが熱心な眼差しで仮面を覗き込む。
見つめてくるリリシアの瞳がきらきらと綺麗で、顔が近くて、珈琲の味がわからなかった。
昨日、あんなに泣いていたわりに、目は腫れていないようだった。
「そ、そんなに見られたら…飲み難い」
「あっ…ごめんなさい!」
少し離れたので、その隙に珈琲を、味わう。
正直、ハンナの淹れた物の方が美味しいのだろう。
でも、リリシアが自分の為に淹れてくれた気持ちが、すごく嬉しかった。
ハンナに珈琲を頼んだときから、そわそわしていた。
いつも飲む紙カップに淹れてくれた。
きっと、俺が飲む事を前提でハンナから淹れ方を教わったのだろう。
そう思ったら、もうダメだった。
良く分からない、なぜだかわからないけど、リリシアを滅茶苦茶にしてやりたい。
そんな気分になり、必死で自分を抑えた。
初めての感情に困惑する。
意味がわからなかった。
「リリシア、美味しい。ありがとう、明日も飲みたい」
「まだハンナさんと同じようには出来ないけど、もっと勉強する。」
嬉しそうに顔を綻ばせるリリシアを見て、本当に申し訳ない気持ちになった。
仮面があって、本当に良かった。
こんな顔、絶対に彼女には見せられない。
少し席を外す事を告げて、ラキエルは退室した。




