対策検討②感じの良い所作
今朝も採血をした。
今日はベッドに横になった状態で、ハンナが見守る中、エミリが処置を行う。
小さなボトルに何本分か抜いた後、エミリが口を開く。
「リリシアさん、終わりました。気分はどうですか?」
「大丈夫です。」
「良かった。でも少しの間はこのまま横になっていて下さいね。採血は今日までで、明日はしないと思いますよ。ハンナさん、あとはよろしくお願いします。」
「ええ、任せて下さい。検査の方、お願いしますね。」
エミリは検体を持って医療区画へと向かう為、退室した。
昨日、採血後に体調を崩した事が共有されているようで、ハンナが心配そうにリリシアの様子を伺っていた。
「ハンナさん、ラキエルはいつ来ますか?」
「ラキエル博士は今朝は見ていませんね、珈琲を飲みにいらっしゃるかと思って準備していたのですけど。連絡して聞いてみますね。」
「はい、ありがとうございます。…ハンナさん、コーヒーってなんですか?」
<<<<<
時は少し遡り、早朝6時。
ラキエルはまたも食堂に姿を現していた。
この時間から結構人が居るものなんだな、と感心する。
昨晩はとんでもない目にあったので、軽めにサンドイッチを頼み、持ち帰る旨を伝える。
サンドイッチは頼む人が多く、ある程度作ってあるのだろう、わりとすぐに出て来た。
部屋に戻りサンドイッチを食べながら、軍部の名簿に目を通す。
本来であればラキエルの階級で閲覧できる資料ではないが、諸事情により閲覧権限が与えられているのだ。
(しかし仕事以外に使うのはNG…グレーゾーンだな)
アウトである。
ラキエルは男性軍人の体格を調査していた。
理想の体格を探し求め、立ち姿の写真をチェックし、いいなと思った者をピックアップしていく。
サンドイッチを食べ終わると、結局携帯食料にも手を付けた。
普段食べ慣れない為、サンドイッチだけで栄養的に足りているのかがわからなかったのだ。なので、念の為。
朝食を済ませると、ラキエルは軍部寮の方に向かった。
寮の周辺には、スポーツ用の薄着で朝のランニングをする人たちが多くいる。
さすがにこの辺まで来ると恵まれた体格の者が揃っている。
(やはり、写真と実物は弱冠のイメージ違いがあるな…動いている状態だと、また違うのかもしれない。どちらにせよ、直接見に来てよかった)
しばらく観察した後は自身の寮の方に戻り、併設されているジムでマシントレーニングを行う。
仮にどこかの隊の訓練内容を体験するチャンスが訪れたとしても、これまで研究室にこもりきりだった自分がついていけるとは到底思えず、まずは基礎体力の向上を目指す事にしていた。
(ハッ…これは…きっつ…)
初めての、本格的なトレーニングに身体のいたるところが悲鳴を上げ、汗が噴き出た。
その後、一度部屋に戻りシャワーで汗を流すと、第2テストルームに向かった。
「ジェレミー、おはよう」
「おはようございます、ラキエル博士。」
「今日少しここで作業してても良い? 邪魔はしないから」
「はい、私は構いませんが…何か用があったわけではないのですか?」
「あるにはある。けど気にしないで」
「わ…かりました。」
ジェレミーが下のテストエリアに降りるので、ラキエルも一緒にエレベーターに乗る。
ジェレミーが一人で黙々と作業に当たる様子や、モニター越しにラボにいる人たちと討論する様子を観察する。
時折、ラキエルの方にも話題を投げてくれて、簡単な意見交換や雑談を交わす。
「ジェレミーは、良いとこのお坊ちゃんなの?」
普段、研究に関する用件以外では自分から口を開く事の少ないラキエルが、意図のわからない質問をしてきた事にジェレミーは驚いた。
「良いところかは、わかりませんが…父は高等科の教授で、母は会社を経営しています。なので幼い頃から、生活で不自由に感じた事はありません。恵まれていたと思います。でも、どうしてそんな質問を?」
「ジェレミーの所作とか、話し方。誰にも不快感を与えなくて、綺麗だなと思ったから。どんな環境で育ったら、そうなれるのか知りたくて」
研究対象ならまだしも、一研究員である自分に興味を向けた質問だった事を知り、あのラキエル博士が?と驚愕しながらも、正直少し嬉しかった。
「恵まれていた、と言いましたが金銭的な面だけじゃありません。両親共に忙しかったですが、2人とも時間を捻出しては、僕を息子として大切に、十分に愛してくれました。やりたい事は挑戦させてくれて、失敗しても、いつでも味方で居てくれる。そんな環境も引っ括めて、全てが恵まれていたと…思っています。両親には、これから親孝行をしたくて、たまらないんです。」
ジェレミーの感じの良さは、表面に貼り付けただけのものではなく、内面から滲み出るものだとラキエルは感じていた。
だから見本にしたくて、今朝はここに来たのだ。
なるほど、両親から十分に愛されて、それを当たり前と思わず感謝して、これまで与えられてきたものに驕らない。
そんな彼の素直さが土台となり、育ちの良さと相まって、この極限に感じの良い青年が構築されたのだろう。
「親孝行は、どんな事を?」
「そのうち旅行とか…連れて行ってあげたいです。初任給では、家族で食事に行きましたよ。すごーく背伸びをしたお店に。」
恥ずかしそうに笑みをこぼす彼は、やはりハイレベルな好青年だった。
「先ほど、私の所作と話し方を褒めて下さいましたが、私はラキエル博士の物言い、すごく好きですよ。余計な事が一切省かれて簡潔明瞭ですから。」
「俺も、今までそれで良いと思ってた。けど変わりたくて。ジェレミーをお手本にしたら良いんじゃないかと思った、すごく感じが良いから」
「私を手本に…ですか? て、照れますね…そう言って頂けて嬉しいです、ありがとうございます!確かにラキエル博士の話し方は、人によっては冷たい印象を受けるかもしれません。例えば…初対面の人とか、プライベートな場面とか。」
「そうだよね、教えてくれてありがとう。少しずつ変えたい。今後、俺がジェレミーの事をお手本にしたら…あまり気分良くない?」
「そんな事ありませんよ。憧れのラキエル博士に真似してもらえるなんて、すごく光栄な事ですから。」
そう言ってジェレミーは少し屈みながらラキエルに目線を合わせ、優しく微笑んだ。兄がいたら、こんな感じなのだろうか。
「ありがとう。アドバイスとかも…してくれたら、助かる」
「はい、わかりました。」
ラキエルが言った、少しずつ変えたい、の意を汲み、ジェレミーはしばらく見守ることにした。
見本にしてくれるという人が居るならば、誰にも恥じない振る舞いをしよう、そう密かに決意して。
「そういえば、さっきジェレミーがラボと通信で話してた件、参考になりそうな資料この前見たから転送しておいた。それ見た時に俺の意見まとめたメモも一緒に…いる?」
「わ!いります!ありがとうございます、ラキエル博士!」
送った資料を確認したジェレミーは、何か思いついたことがあったのか、ラボの方へすっ飛んで行った。
ひとり残されたラキエルのデバイスに、ハンナからのメッセージが届く。
今日は何時頃に、こちらに来ますか?との事だった。リリシアさんが気にしていました、と…
途端に心拍数が上がる。
(リリシア…俺の事気にしてるって、昨日あんなに泣かせちゃったのに、なんで?)
正直、昨日のことが後ろめたくて会いに行き難かったのは、ある。
でも…本人が望んでくれてるなら、堂々と会いに行けば良い。
勉強は2人でしたいと言っていたから、例え泣かせる相手とでも勉強が進む方が良いのかもしれない。
仕事とプライベートは完全に切り離せるタイプというアレだろうか。
(でも…楽しいって…言ってくれた。独りよりも、2人で勉強の方が楽しいって…でも泣かせて…わからない。もういいや)
わからなければ、本人に聞けば良い。
そう結論付けて、ハンナに13時頃行くと返信した。




