友達になりたかった
そういえば採血の後、少ししたらリリシアの顔が真っ青になり気分が悪そうだったから、少しの間横にさせていた。
そうエミリに報告すると、すごく慌ててリリシアとラキエルに頭を下げてきた。
「そんな!もっとちゃんと注意するべきでした。私の不注意で…リリシアさん、本当に申し訳ありませんでした。ラキエル博士にもご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。今後は、二度とこのような事が無いように致します。適切な処置をして頂いて、ありがとうございました。」
深々と頭を下げ、退室して行った。
午後は食器カートを食堂に戻した後、医療区画で血液分析の続きを行うらしい。
2人になったラキエルとリリシアは、勉強を再開させた。
「さっきみたいに、リリシアが覚えた言葉を教えて。そしたら、俺がノートに書くから。覚えた言葉でも良いし、よく聞くけど意味がわからなくて困ってる言葉でも良いよ」
午前中と同じ手順で、この星の言語、説明や補足、リリシアの言語で、それぞれノートを埋めて行く。
彼女はここに来てから、これまで独りで周り(主にフリージアとハンナ)の会話を聞き、TVで情報収集を行い、孤独に言語を解読してきたのだろう。
2人でノートを埋める過程を本当に楽しんでいるようで、ラキエルは今まで感じたことが無いほど嬉しい気持ちで心が温かく満たされるのを感じた。
気づけば15時を過ぎていた為、一度休憩を挟むことにした。
休憩と言うだけでは、また休憩しないだろうと思い、テーブルの上からノートを片付けた。
代わりに今朝食堂で貰ってきた焼き菓子を並べる。
室内にあったケトルでお湯を沸かし、茶葉もあったので紅茶を淹れる。
「熱いよ、気をつけて」
「ありがとうございます。ラキエル、勉強すごく楽しい。」
「そっか、よかった。俺が答えられる事なら、なんでも教えるから」
「…ここは、どこ?」
「…難しい質問だね」
ラキエルは自分のデバイスを取り出し、近郊の宙域図を展開した。
周囲の特徴的な惑星を説明した上で、ひとつの天体を指差した。
「今、俺たちがいるのはこの星。ミルズアース。知ってる?」
「いいえ。」
「そっか。この星の中にある、軍の施設が、ここ」
「軍は星を守る?」
「そうだよ。リリシアは、どこから来たの?」
「ここに無いから、もっと…すごく遠く」
「帰れるなら、帰りたい?」
「…きっと、もう無い、と思う。」
今までずっと我慢していた何かが決壊したかのように、リリシアは大粒の涙を、その桃色の瞳にため、そしてすぐに重力に逆らえなくなったそれは1本の筋となった。
「嫌な事思い出させてごめん」
「ラキエルに伝えたい、でも、まだ上手に説明できない。」
「あの勉強を続けたら説明できるようになる?」
「なる。独りの勉強よりも、2人の勉強の方が、はやい。それに…」
「それに?」
「嬉しかった。楽しかった。独りじゃないって、思った、ら。」
「泣かないで、リリシア…」
ラキエルは自分の指でリリシアの涙を拭う。
薄い桃色の睫毛が、涙を弾くのが、すごく綺麗だ。
目の前の女の子が、とても小さく思えて、守りたい、と、そう強く思った。
「リリシアは、もう独りじゃない。独りにしない、俺がずっと側にいるから。俺と友達になってくれる?」
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フリージアとハンナが部屋に入ってきたのは、まさに最悪のタイミングだった。
もうどうしようも無いぐらい涙が溢れて止まらなくなったリリシアと、どんどん溢れる涙を一生懸に拭いながら「ごめん、リリシア、泣かないで」と繰り返す犯人(推定)
指だけでは当然追いつかず、ラキエルの袖はべちゃべちゃだった。
「なっ!ラキエル!!何したの!」
普段、滅多な事では声を荒らげないフリージアが、一瞬にして鬼の形相である。
ハンナも「ちゃんと説明してくれますよね?」と鬼気迫る表情で無言の圧力をかけてくる。
言い訳できる気がせず、これは詰んだかもしれないと思ったとき、リリシアが声を上げた。
「ふ、フリージアさん!ハンナさん!ラキエルに優しくして下さい、ラキエルは悪いことはしていないです。私に親切なだけ。」
「え、ちょっとリリシア!いつの間にそんなに話せるようになったの?」
「今日ずっと、ラキエルが教えてくれました。一緒に勉強。」
とりあえず一命は取り留めたようだ。椅子に座り、落ち着いて討論を行う態勢に移行した。
「それで? どうして泣いていたの?」
「私、帰る星ない。独りで悲しい。それを思い出して、泣きました。」
「帰る星ない…? どうして?」
「…説明する、言葉、知らなくて…ごめんなさい。明日ラキエルに教えてもらって、説明できるようになります。」
リリシアはその桃色の美しい瞳に強い意思を持って、フリージアを見つめた。
自分の決意を伝えるように。
「わかったわ。私たちは、リリシアがどうしてこの星に来たのか、知りたいの。だから、なるべく早く教えてくれると助かるわ。」
「はい、わかりました。勉強、します。ラキエル、休憩おわり。続き、しよう?」
「は、はい。勉強…しましょう。リリシア」
「どうしたの? その言葉遣い。」
仮面で隠れて誰にも気づかれていなかったが、ラキエルは先ほどから、なぜか若干放心状態であった。
幸い、リリシアが庇ってくれたおかげで一命は取り留めたが、今ラキエルの頭を支配しているのは、その少し前の会話だ。
友達になって欲しいと伝えた瞬間、彼女はそれまでとは比較にならない程、涙の量が一気に増えた、その事ばかり考えていた。
(つまりは…俺と友達になるのが泣くほど嫌だったって…こと?なんで??って…理由はいくらでも思い当たるな。身長が低いもやしだから?仮面の中に引きこもって携帯食料ばかり食べてるから?話し方が根暗っぽいから?)
ラキエルは一通りの可能性を挙げると、ひとしきり落ち込んだ後、今後の対応策について検討を始めた。
トライアンドエラーを散々繰り返してきた典型的な研究者たるラキエルは、これだ!と思った件に関しては、相当に諦めが悪かったのだ。




