ファンタジー・オブ・ザ・デッド
神聖アークレイ皇国暦一九六八年、四月四日。
一年前の今日この日は、私達の世界の運命を決定付けた日となる。そこで私は、この世界で起きた悲劇を最後の瞬間まで書き記そうと思い立ち、こうして日記を付けるに至った。
去年の事である。アークレイ皇国は魔王軍との戦いに勝利する切り札を得るために、禁断の魔法として封印されていた、異世界召喚を行なった。
大きな災いをもたらすとされ、大昔に封印された魔法だったと言われている。それを知りながら私達は、神殿の巫女の力を使い、無事に召喚を成功させた。
召喚できたのは異世界の青年だった。その青年は流行り病に侵され、余命幾ばくもない命だったそうだが、召喚の際に与えられるギフトによって、丈夫な肉体と大きな魔法の力を得た。
青年は魔王を倒す勇者とされ、私はその勇者様のお世話係を仰せつかった。真面目で優しく、時に心の弱さを見せるも、正義感に溢れた勇者様に、いつしか私は惹かれていった。
魔王を討伐するため、勇者様と私は魔王軍と戦いながら、様々な土地と国を渡り歩いた。人間の敵である魔王軍を倒す勇者様の活躍は、人々にとって英雄そのものだ。何処へ行っても勇者様は人々の歓迎を受け、当然ながら、言い寄ろうとする女性は後を絶たなかった。
女性が勇者様に近付く度、「あなたには大事な御役目があります」と言って叱ったものだ。魔王の討伐以外に重要な勇者の役目とは、勇者の力を後世に残すための子孫作りである。
もし勇者が魔王討伐半ばで命を落としたら、今度はその子孫が勇者となる。次の異世界召喚は千年後に可能であるとされているため、次の勇者はこの世界で生み出すしかないのだ。
旅路の先で出会ったと、英雄と讃えられている騎士の娘や、由緒ある貴族や領主の娘と、勇者様は必ず一晩床を共にしなくてはならなかった。女性に不慣れな勇者様は、いつも恥ずかしそうに女性を抱いていた。立会人として行為を見届ける役目を担っていた私の気持ちを、少しは理解して欲しかったと今でも思う。
そしてこれが、悲劇の始まりだった。
勇者様が召喚されて半年後。私が皇国に召還され、一時的に勇者様のもとを離れていた間に、その事件は起こった。
早馬によって伝えられた報告によると、勇者様に抱かれた女が突然狂暴化して勇者様を食い殺し、死んだはずの勇者様は埋葬された墓地より蘇って、人々を喰らったというのだ。
信じられない報告に、私だけでなく皇国中が騒然となった。事件はこれだけに留まらず、各地で勇者様が抱いた女性達も皆、次々に狂暴な獣と化して人を襲い、襲われた人間達が息を引き取ると、勇者様と同じく死から蘇ったという。
蘇った死者たちは、理性も忘れて生ける生者たちに襲い掛かり、生者の肉を喰らった。各地で死者が生者を喰らうという、凄惨な事件が起きる中、私は勇者様の死が受け入れられず、その後しばらくの間、深い悲しみに暮れて皇国に引き籠った。
私が勇者様の死に苦しんでいる間に、その内事態は治まるだろうと思っていた。事態が片付いたら、死して尚も蘇り、行方が分からなくなった勇者様を探しに行こうとも考えていた。
だが世界は、この事件を境に崩壊の一途を辿っていく。今日、皇国は魔王軍との全面戦争に突入し、世界をさらなる絶望の闇が覆った。
神聖アークレイ皇国暦一九六八年、四月九日。
蘇った死者たちは「ゾンビ」と呼ばれ、皇国と魔王軍は、ゾンビはあちらが生み出した兵器だと主張し合って争った。長年の人間対魔族の対立構図は、両者の分かり合えない主張によって決定的な亀裂を生み、全面戦争に突入してしまってから、もう五日が経つ。
世界は、人間と魔族による熾烈な戦いと、人間も魔族も関係なく喰らい、確実にその数を増やしていくゾンビによって、平和も秩序も何もかもが破壊されていった。
その陰で、暴徒と化した人々による略奪や殺人が後を絶たず、怪しい医者や薬師による、嘘か真か分からないゾンビ化を防ぐという薬の売買が、世界中で行われていた。
世界の崩壊を防ぐために、私は同じ志を持つ仲間を集めて、今はゾンビの調査を行なっている。ゾンビの正体を解き明かし、どうすれば倒せるのか、元には戻せないのかを調査する事が、世界に平和をもたらそうとしていた勇者様にできる、せめてもの償いだと思ったからだ。
有名な学者、天才的な医師、魔法に精通した大賢者。彼らと一緒に調査した結果を、私達は今日皇帝の前で公表した。
私達が「ゾンビ」と呼ぶものの正体。三人の専門家による仮説は、勇者様が患っていた病が原因であるというものだった。
召喚魔法のギフトは勇者様の命を救った。だがこの時、勇者様の病は完治したわけでなく、彼の身体の中に潜み、彼の力を吸って変異を遂げた。ただの流行り病は、勇者様の力でより凶悪な病と化して、勇者様と行為を果たした女性達にうつり、彼女達を悍ましいゾンビへと変貌させたのではないかという仮説だ。
ゾンビは感染力の高い病気である。故に、ゾンビに噛まれた者は、これが原因となって病をうつされ、しばらく経つと命を落として、再び蘇る。何も知らなかった人々は、急所を刃物で刺しても死なないゾンビ達に噛まれ、或いは食い殺され、彼らの仲間と変えられた。
弱点は頭を潰すこと。脳の損傷を受けると、今度こそ動かなくなる。それが解明できただけでも、一筋の希望が見えたと皇帝は歓喜した。
ゾンビの正体が解明できたことで、魔王軍との戦争は終わる。私達は希望の第一歩を踏み出したように思っていたが、ゾンビの弱点に関する以外の仮説は、世界中に伏せられる事になってしまった。
考えてみれば分かる事だ。調べた結果が皇国の異世界召喚にあったというならば、ゾンビを生み出した原因は皇国にある。これを公表したところで、民衆や魔族にこの事態の責任を追及され、世界を新たな混乱が襲うだけだ。
希望を胸に歩んだ私達の調査は、最初から無駄だったのだ。
神聖アークレイ皇国暦一九六八年、六月二十四日
世界人口は人間も魔族も含め、急激に減少していった。ゾンビは人も魔族も、家畜や魔物にすら関係なく襲い掛かる。
戦争は続き、街や畑を焼き、争いに関係ない人々まで巻き込まれ、毎日のように世界中で屍の山が築かれる。こんな調子では、死者の数が生者の数を逆転するのは、最早時間の問題だろう。
私は、仲間達と共にゾンビの研究を続けている。今度は、如何にすればゾンビ化を阻止できて、ゾンビとなった人々をもとに戻せるのか。その研究を続ける過程で分かった新たな発見は、ゾンビは人を食べなくとも生きる事ができ、あれは食欲という本能を満たすためのだけの行動だったのである。
それが分かると、私達はまた絶望の底に突き落とされた。ではあのゾンビたちは、いつになったら動かなくなるというのか。死を克服したゾンビに、寿命の概念は存在しないというのか⋯⋯⋯。
三日前、仲間であった天才医師が、負傷者を手当している最中に噛み付かれ、ゾンビの仲間となった。手当てした相手が、自分がゾンビに噛まれていたことを隠していたせいだ。
人を喰らう亡者と変わり果て、仲間達に留めを刺されて終わるまでの間、医師は人間がどれだけの時間で、どういった症状に苦しめられながらゾンビとなるか、仲間達に正確に記録させた。
きっとこれは、私達の今後の研究に役に立つ。いや、役立てて見せる。
多忙を極める日々のせいで、日記を付けるのも毎日というわけにもいかない。けれども、手遅れかもしれないこの世界で起きた悲劇を、少しでも残せられたらと思う。
神聖アークレイ皇国暦一九六八年、八月十五日
予想していた通り、生きている者の数と、死人と変わった者の数は逆転し、世界は絶望と地獄の闇に閉ざされた。
最早、皇国も魔王軍も、互いと戦う余裕はなく、大群で迫るゾンビとの戦いに向かった皇国の討伐隊は、一週間前に全滅したという知らせが届いた。
魔王は戦略級の大魔法を発動し、領土の一部を焼き払ったという。皇国軍も皇帝の命令を受け、大魔法士達を集めて強大な破壊魔法を使い、もう救えなくなった国を一つ消滅させた。
それだけやってもゾンビの侵攻は止まらない。街が一つ焼かれようが、国が一つ消えようが、世界中に広がったゾンビ化の病は、もう誰にも止められなかったのである。
戦火を逃れようとした人々の中に、大勢の手遅れな者が隠れていたという。それが世界中にゾンビ化が広がった原因だと考えられている。結局、人類が生んだ戦争は、この世界の破滅を速めただけに過ぎなかった。
数え切れないゾンビの群れが、私達のいる皇国を襲うのも近い。魔王領に至っては、領土の三分の二が落ちたと言われている。皇帝は、アークレイを人類最後の生存圏とするために、ゾンビとの最終戦争に備える触れを出した。
私達の研究は何の成果も上げられないまま、今日、実験用のゾンビを捕まえに向かった廃墟で、仲間の大賢者が怪我を負った。
その怪我は事故でできたもので、ゾンビに噛まれてできた傷ではなかった。そんなことが分からないくらい、人々は疑心暗鬼に陥っている。恐怖に駆られて疑い続けた兵士達は暴走して、大賢者を殺してしまった。
私は一体、何と戦っているんだろう。人間は一体、何を敵と考え戦っているんだろう。
魔王を敵とし、ゾンビの脅威に怯え、疑心暗鬼で狂気に駆られた人間達に恐怖する。一体私は、何と戦って何を守ればいいのか。
どうか教えてください、勇者様⋯⋯⋯。
神聖アークレイ皇国暦一九六八年、十月三十一日
皇国を守るために命を捨てた兵士の勇気も虚しく、人類最後の砦となったアークレイ皇国は、夥しい数のゾンビの群れに飲まれた。
長き戦いの中で失われた多くの命。老若男女問わずの徴兵。貧困と食糧難。人間とゾンビによる地獄のような戦争の中で、人々は壊れた。
暴徒と化した民衆は街に火を放ち、食料の略奪を行なった。この混乱が致命的となり、ゾンビの大群は皇国の都まで雪崩れ込んだのである。
逃げるので精一杯だった私は、腐った皮膚を爛れさせたゾンビの群れが、街の人々を食い殺す様を目撃した。大人も子供も関係ない。猛烈な食欲に突き動かされたゾンビたちは、人間の肉を貪り、内臓を引き千切り、脳をすすり、ばらばらに食い散らかしていくのだ。
恐ろしいのは、四肢を捥がれ、内臓が半分以上も飛び出た死者すらも、ゾンビとなって蘇るところだ。どこまでも死を超越した、不死なる存在。初めから、こんな化け物を如何にかできるわけがなかったのだと、ようやく私は気付いた。
乱心した皇帝は、このアークレイすら大魔法で消滅させようとしたらしい。それを止めたのは皇帝の臣下だったそうだ。その臣下は全身に返り血を浴びて、血塗られた剣を振るえた手で握っていた。
私は僅かな仲間と城の地下に向かった。皇帝の脱出用に準備されていた転移魔法陣を使って、アークレイを脱出できて助かった。
生き残りは私達だけだった。助かった喜びはほんの一瞬だった。いっそ、自ら命を絶ってでも死んでおけば幸せだったのではと、今は後悔している。
神聖アークレイ皇国暦一九六九年、二月十三日
あれから私達は、転移した先に残されていた屋敷を拠点に、生き残った僅かな人々と生活を共にしている。
廃墟になった屋敷をできる限り修繕し、ゾンビたちが入れないよう周囲を防御柵などで囲った。馬を数頭手に入れることができたお陰で、時々食料物資の調達や、生存者の捜索を行なっている。
相変わらず私は、この世界を元に戻すための研究を続けている。ゾンビの生態を調べ、時に解剖し、時には薬品の実験を生きたゾンビで試した。死んでいるのに生きたゾンビなんて、自分で言ってておかしくなる。
生存者は十四人だけ。私達はゾンビの脅威に怯えながら、彼らから隠れるように生活している。脱出した後、皇国や魔王がどうなったのかは、今の私達には分からない。
時々、他の生存者を探しに村や街をまわるが、いるのは決まって死人の群れだけだ。この世界に残った人類は私達だけなのではないかと、みんな思い始めている。
私が正気を保っていられるのは、勇者様との思い出のお陰だ。私にとって勇者様との出会いは、人生で初めて、心から幸せを感じた出来事だった。
勇者様の死を想うと、今でも涙が溢れそうになる。そんな時は、勇者様がこの世界のために正義を貫こうとしていたことを思い出し、自分を奮い立たせる。
勇者様は何も悪くない。悪いの全部私達だ。私達がこの絶望を引き起こしてしまった。
だから私は、ゾンビになってしまった勇者様を見つけ出し、彼が持つ病を研究しようと提案した。志半ばで倒れた勇者様を、真の救世主とするために⋯⋯⋯。
神聖アークレイ皇国暦一九六九年、三月十七日
やった! やっと見つけた!
もう誰かに殺されてしまった後だったらと思うと、不安で夜も眠れなかった。希望を捨てなかった私は、やっとの思いで勇者様を見つけることができた!
勇者様が死んだあの街で、ゾンビになってしまった勇者様は彷徨い歩いていた。私達は勇者様を捕獲し、犠牲を払いながらも、街の脱出に成功できた。
私が勇者様を優先して、襲われた仲間を見捨てたと責める者もいた。こんな状況になっても尚、まだ分からないようだ。何を犠牲にしてでも勇者様を屋敷へ連れ帰ることが、世界の平和に繋がるのだということを。
勇者様の体の中には、この地獄を作り出した原点が眠っている。変異した彼の病気を研究すれば、ゾンビ化を止める謎がきっと解明できる。
ゾンビになった人を元に戻すことだって、きっと夢ではない。早く屋敷に連れ帰って研究したい。薬が完成すれば、ゾンビになった勇者様だって生き返らせられる。
神聖アークレイ皇国暦一九六九年、三月二十八日
勇者様は私を愛してくれますか? 私は勇者様をずっとお慕いしていましたよ? あなたと一緒に世界の平和を取り戻す旅を続けていた頃から、私は勇者様に夢中でした。
やっと、勇者様を独り占めできた。もうこれで、不埒な雌をあなたに近付けずに済む。鎖に繋いでしまって本当にすみません。でもこうしないと、私が襲われてゾンビになって、勇者様を元に戻すための研究ができないんです。
巫女だった私が今は研究者なんですよ? なんだかおかしな話ですよね。
仲間たちはみんな、私のことをおかしいって決め付けるんです。死者に囚われるんじゃなく、生者と共に生きろって。人類の絶滅を防ぐために、唯一の女性になった私は、勇者様以外の男と子作りしなくちゃならないんですって。
すっごく苛々したので、みんなには毒を盛って死んでもらいました! でも学者さんには毒を見抜かれてしまって、危うく殺されそうになったんですけど、斧で頭を叩き割ってやりました!
頭を潰すのはゾンビで慣れていたので、お陰で命拾いしました。なんだか皮肉っぽくて複雑です⋯⋯⋯。
でもこれでもう、勇者様と私を邪魔するものは何もない!! 私達はやっと結ばれる!!
そろそろ夕食の時間ですから、勇者様のご飯を用意しないといけませんね。さっき殺したばかりの新鮮なお肉があるから、これでしばらくは勇者様を飢えさせずに済みそう⋯⋯⋯。
神聖アークレイ皇国暦一九六九年、四月四日
私が全部間違ってた⋯⋯⋯?
私は一体、何をしてしまったの⋯⋯⋯?
だって私は、みんなを救おうと思っていただけなのに⋯⋯⋯。
勇者様に学者さんのお肉をあげようとして、失敗して噛まれて、目が覚めた⋯⋯⋯。
どんなに勇者様の姿をしていようが、どんなに私の思い出が美しいものであろうが、どんなに残酷な真実であろうが、私の目の前にいるこれは、血肉を求め彷徨うただの死人なのだ。
結局、どんなに研究してもゾンビ化を止める薬は完成しなかった。屋敷の外にはゾンビが溢れ、研究室の扉の前には、私を喰らおうとゾンビが群がっている。勇者様を捕獲する際に後を付けられたのか、屋敷はゾンビに埋め尽くされてしまった。
何処にも逃げ場などない。厳重に固めた扉は、時期にゾンビに破られる。どうせ、放っておいても奴らの仲間になってしまうというのに、私は最後の日記を付けたくて、研究室に立て籠もった。
殺してしまう前の日。学者さんは独自に調べていたあることを教えてくれた。
どうして異世界召喚が禁断の魔法だったのか。学者さんがあらゆる歴史書を調べ、辿り着いた真実。かつて行なった異世界召喚でも、今回と同様のことが起きたのだという。
千年以上前、当時召喚された勇者様も、ある病を患っていたそうだ。それはこの世界の三分の二を超える人々を死に至らしめ、後に「黒死病」と呼ばれ恐れられたという。
千年も前の出来事とは言え、私達はまた同じ過ちを繰り返してしまったのだ。本当に私達は、救いようがない。
ごめんなさい勇者様。こんなに酷い目にあわせて、こんなに醜い姿に変えてしまって、本当にごめんなさい。
巫女の私が、あなたを異世界から召喚さえしなければ、こんなことには⋯⋯⋯。
まだ理性が残っている私に選べる道は、二つだけ。あなたと同じ存在となって永遠に結ばれるか、ここで終わらせるかだ。
ゾンビだとわかっていても、死人なんだと目が覚めても、彼をもう一度殺すことに躊躇ってしまう。皮膚は腐り、腹から臓物を垂れさせ、目玉を一つ失っているこんな姿でも、私が愛した勇者様なのだ。そうであっても、私にはあなたを終わらせる義務がある。
最後にどうするかは、この日記を書き終えた後に考えることにする。
この日記が誰かの手に渡るよう、日記はここに残す。
私が唯一生き残った人間だったら、無駄になってしまうかもしれない。けれど、もしもこの世界からゾンビがいなくなり、再び世界が平和と繁栄を目指すならば、どうかこの日記が誰かの手に届いて欲しいと願う。
私達の過ち。私の過ち。この世界を滅ぼした最悪の悲劇を、後世に残し伝えて欲しい。
私の生きた証が、私の罪が、私達の世界が辿った結末が、未来に生きる人へ届くことを信じて⋯⋯⋯。
クロスロードモール共和国暦六年、七月七日
歴史研究の過程で、神聖アークレイ皇国時代のある屋敷を調査した我々は、皇国末期の貴重な資料を入手した。
世界を滅亡させた「死人病」から百年以上たった今、日記という形ではあるが、当時の事が分かる資料を得たのは、非常に素晴らしい発見と言えるだろう。
屋敷の一室に倒れていた、刃物で頭を突き刺された二人の男女の遺骨は、丁重に埋葬した。残された日記は歴史的資料となり、近い内に公開される事が決まっている。
世界を支配していた死人が力尽きて滅び、僅かに生き残っていた人間と魔族が手を取り合って、こうして今の平和な世の中を築き上げた。日記を書いた主が望んだ未来を、我々は生きている。
あなた方の意志と、そして過ちの歴史は、未来永劫語り継ぐと誓う。
我々は過ちを繰り返さない。
過去から学び、今を見つめ、未来を生きる。
それが我々人間が持つ特権なのだと、私は信じたい。