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前編

 ティラノサウルスのロマンが崩壊して久しい。


 羽毛が生えてただの、死肉をあさるだの、実はノロマだっただの……こういった説が出てきたり消えたりを繰り返し、無敵の暴君竜というイメージはすっかり地に落ちてしまった。

 もちろん、未だにティラノサウルスが恐竜界のスターであるというのは変わらないが、「でもまあ実態はどうだったんだろうね」という話題がどうしてもつきまとうようになってしまった。


 俺にはそれが許せなかった。

 ティラノサウルスは恐竜パニック映画で観るような、強くて悪くて恐ろしくてかっこいい恐竜であるはずなんだ。そこに疑いの目が入ってはならない。




 こうして俺、恐竜マニアでありフリーターな台奈だいな草太そうたは、幼馴染兼恋人の三条さんじょう亜希あきを連れて、とある岩山に来ていた。

 俺の恰好はいかにも探検隊といったサファリジャケット。気合が違う。

 スポーティーな黒髪のショートカット、Tシャツにジーンズという服装の亜希が、俺に話しかける。


「ったく、こんなところまで来て……何があるっていうの?」


「俺の理論が正しければ……ここにティラノサウルスの完全なる化石があるはずなんだ!」


「はぁ? ティラノサウルスって確か北アメリカにいたんでしょ? ここ日本じゃない!」


「いや、さまざまな資料を集め熟考を重ねた結果、絶対ここにティラノが眠ってる!」


 こう言って、俺は亜希にスコップを手渡す。


「なにこれ?」


「掘るんだよ!」


「なにを?」


「ここらへんを掘って、ティラノサウルスの化石を見つけるんだ!」


 亜希は抗議するが、俺は無視した。偉大なる計画を遂行する時に、雑音になど構ってる暇はないからだ。


「絶対バイト代もらうからね!」


 怒りつつも掘り始める。亜希は文句を言いつつも、いつも俺のやることに付き合ってくれる。

 お前がいるから俺は恐竜マニアなんて続けてられるんだよ、と内心で感謝する。ホントは口に出した方がいいんだろうが、照れ臭くてできない。


 発掘作業は難航した。2人で掘り続けたが、1時間経っても2時間経っても、化石は出てこない。


「疲れたぁ~!」


 亜希はへたり込んでしまうが、俺は諦めなかった。


「きっとティラノサウルスはここに……!」


「はぁ……まったくすごい情熱だわ。あたしは少し休ませてもらうわ」


 すると――


 ボコッ……。


 岩山の一角が動いた。


「ん?」


 音がした箇所がさらに盛り上がる。ボコボコと、噴火でも起こるかのように。


「な、なんだ!?」


「どうしたの!? 何があったの!?」


 ドゴォンッ!

 轟音とともに、一頭の生物が現れた。

 俺は一目で分かった。

 こいつは、この生物は――ティラノサウルス!


 巨大な体と巨大な牙、鱗に覆われた灰褐色の肌、盛り上がり発達した筋肉、尻尾をつけない水平の姿勢。

 俺の理想像、俺の求めていた通りのティラノサウルスだった。

 化石どころか、生きてるやつを拝めるとは。


「草太……これどうなってんの!?」


「見れば分かるだろ……ティラノサウルスだよ」


「逃げよう! 食べられちゃうよ!」


「いや、俺は逃げない。お前一人で逃げろ」


 俺は完全にティラノサウルスに魅せられていた。

 この場を離れたくなかった。ティラノサウルスに食われて死ぬなら本望……心の底からこう思っていた。


「なにバカなこと言ってんの!」


 亜希が俺の肩を引っ張る。

 ティラノサウルスがその巨大な口を開く。

 この口に食われるなら悔いはない。だけど亜希まで食われるのは嫌だな。瞬時にそんなことを考えていたと思う。


「ふぁぁ……よう寝たわ」


 ……ん? 誰だ? 明らかに男の声で、亜希の声じゃない。

 ここには俺と亜希以外いないはずだが、他にも物好きがいたのか?


「おい、そこの奴。今何時や?」


 え、俺? 誰が話しかけてるんだ。


「シカトすんなや、ノリ悪いな~!」


 俺はようやく気付いた。

 ティラノサウルスに話しかけられてることに。


「え……?」


 あまりの状況に、食われることすら覚悟してた頭がパニックになる。


「おお、ようやくこっち向きおった。時計あるやろ、今何時や?」


「お昼の……3時ですけど……」


「お~、ええ時間に起きれたもんやわ。一番好きな時間帯やで」


 さっきの「俺の理想像、俺の求めていた通りのティラノサウルス」というのを訂正しよう。俺の中で急速にロマンが崩れていく。


「あ、あの……」


「なんや?」


「あなた……何者です?」


「ワイか? ワイはティラノサウルスや! 寺野ちゃうで!」


 軽くボケまで入れた自己紹介をする。もうどこからツッコんでいいのか分からない。

 亜希が口を挟む。


「白亜紀からずっと寝てたティラノサウルスさんが今起きてきたってわけ?」


「せやで。話の分かる姉ちゃんやな。惚れてまいそうや」


 俺は叫んだ。


「ちょっと待てぇぇぇぇぇっ!!!」


「なんや、ビックリするやんけ」


「なんで言葉話すんだよ! それも関西弁っぽいし! しかもティラノサウルスって人間が付けた名前だろぉ! あと白亜紀から今の時代まで寝てられるわけねえだろが! 6600万年前だぞ!」


「お、なかなかええツッコミやんけ。お笑いの才能あるで」


「答えろぉ!」


「ん~……まあ細かいことはええやんけ。あんま細かいこと気にしてるとハゲるで」


 なんの疑問も解消できなかった。


「ティラノサウルスはT-レックスとも言うよね」


「せやな。だけどワイは気取ってる感じがしてあんま好きやないな。やっぱティラノサウルスのがしっくりくるわ」


「ティラノサウルスは痛風だったって本当?」


「そういう奴もおったけど、ワイはちゃうで。尿酸値には気ィ使ってたもんな」


「雑談するなぁっ!」


 この状況に溶け込んでる亜希にも腹が立ってきた。


「なんや……やかましい兄ちゃんやな」


「俺は……長年ティラノサウルスの大ファンで、近年のイメージに泥を塗る情報が次々出てくるのが嫌で、それを覆してやるってずっと頑張ってきたんだぞ。なのに、なのに……完全にロマン崩壊だよ!」


 頭をかくティラノサウルス。


「ん~、ワイのせいで色々イメージ壊してしもたようやな。すまんなぁ」


「草太は子供の頃からティラノサウルスが大好きだったから……」


「しゃあない。これからはなるべくお前のイメージ壊さんよう気をつけるわ」


「ところで、あなたは何を食べるの? やっぱりお肉?」


「仲間には肉食う奴が多かったけど、ワイは甘党やな。なんか甘い物ある?」


「ポッキーならあるけど」


「おおきに!」


 でかい体でポッキーを器用に食べる。なんの腹の足しになるんだ。

 完全に崩壊したロマンがさらに粉末状にされた。


 俺はもう思考を放棄した。この状況を受け入れるしかないと……。



***



 ようやく平静を取り戻した俺は言った。


「とにかく、お前はティラノサウルスに間違いなく、白亜紀からずっと寝てたと」


「せや」


 亜希が俺に尋ねる。


「どうする? ティラノ君のこと……」


「うーん……」


「マスコミに発表する?」


「いや、それはまずいっ!」


「どうして? あたしたち、生きた恐竜の発見者になれるよ!」


 俺は少し考えてから言った。


「今まで無数の学者が恐竜についてああでもない、こうでもない、してきたんだ。そこにいきなり“生きてたのがいました”じゃ、学会に与える影響が大きすぎる」


 さらに続ける。


「それにマスコミにこいつの存在がバレたら、あいつらどうすると思う? 丁重に扱う? いいや、そんなことしないね。きっとティラノを見世物にして、金儲けしようとするに決まってんだ」


「まあ、そうかもね……」


 亜希も納得したようだ。


 とまぁ、綺麗ごとで言いくるめたが、本音は……


 大々的に発表してこいつがティラノサウルスのイメージになっちゃうのが嫌だからに決まってるだろうが!

 見かけこそ俺の理想通りだが、関西弁喋って、甘党で……こんな奴、俺の知ってるティラノサウルスじゃない! 断じて別物だ!


「とまぁ、そういうことだティラノ。お前はしばらくここで大人しくしといてくれ。時々遊びに来るから」


「分かったわ。来る時は甘いもん頼むで」


 なんと物分かりがいい奴。少しは抗議しろ。こういうところも俺のロマンを崩壊させてくれる。といってもロマンなんかとっくにペースト状になってるけど。


「じゃあねー、ティラノ君」


「気いつけて帰りや」


 いや、気をつけろとかいらないから……。

 最後の最後まで失望しつつ、俺は亜希と一緒に帰った。



***



 俺はちょくちょくティラノに会いに行くようになった。

 フリーターなので時間だけはあるし。


「お~、来たか! 待ってたで! ワイのこと嫌いだとか言うわりによう来てくれるな!」


「放っておくわけにもいかないしな」


「ツンデレってやつやな」


 恐竜がツンデレとか言うな。


「で、今日はお菓子、なに持ってきてくれたんや?」


「とりあえず駄菓子いっぱい買ってきた」


 駄菓子をでかい体で器用に食べるティラノ。どんだけ燃費いいんだこいつ。


「そんなんで栄養大丈夫なのか?」


「今んとこ平気やな。まあ、あれやろ。人間も仙人になれば、かすみで生きてけるっちゅうし、そういう境地なんちゃうか?」


「恐竜の仙人バージョンってとこか」


「せや! バージョンだなんて、ハイカラな言葉よう知っとるな!」


 ハイカラとか古いな。いや、こいつは6600万年前の生き物だけど。

 恐竜の仙人だと仙竜になるのかな……こんなことを考えてしまう。俺もだいぶこいつに毒されてるような気がする。

 せっかくなので、質問もしてみる。


「仲間とかいたのか?」


「悪そうな恐竜はだいたい友達ダチやで」


「トリケラトプスも確か同時代だったけど、どんな感じだった?」


「あいつは内気で……ワイと二人やとよう喋るけど、三人になるととたんに喋らなくなるタイプやな。あと草食やから好きな草を語らせると、やたら早口やったわ」


 トリケラトプスのロマンも崩壊した。


「プテラノドンは?」


「あいつは飛べるからよう飛行マウント取ってきたなぁ。キザやし、いけ好かん奴やったで」


 プテラノドン……お前もか。


「白亜紀って暑かったんだよな?」


「暑いで~、しょっちゅう水浴びしてたで。メスどもの裸を覗こうとしてビンタされたのもいい思い出や。ラッキースケベやな」


「ラッキースケベじゃなくてガチスケベじゃねえか。だいたいお前ら常に全裸だろ」


「お、そのツッコミ待ってたで! 草太ちゃんやるぅ!」


 いつの間にかちゃん付けされてるし、およそ実のある情報は出てこない。もはやティラノサウルスどころか恐竜時代そのもののロマンが崩れ去った。

 しかし、なんとなくこいつとのやり取りが楽しくなってるのも確かだった。



***



 ある昼下がり。窓からは気持ちのいい日光が差し込んでいる。

 俺はアパートの自室で、亜希とテレビを見ていた。


「NASAは近日中に地球の近くを小惑星が通り過ぎると発表……」


 ぼんやりニュースを眺めていると、亜希が言った。


「ティラノ君の恐竜時代はこういう隕石がぶつかって終わったわけだよね」


「そうだな。隕石が地球に落ちて、気候が大幅に変動して、恐竜は絶滅した……って説だ」


「きっと彼も体験したんだろうね」


「だろうな。あいつのことだから、寝てる間に隕石落ちてたかもしれないけど」


 茶化す俺とは裏腹に、亜希が深刻な表情で言う。


「可哀想だよね」


「え?」


「だっていきなり隕石降ってきて、仲間はみんな全滅しちゃってさ。明るく振舞ってるけど、きっとものすごく寂しいと思う」


 そういえばそうだ。

 俺はティラノの気持ちなどちっとも考えたことがなかった。

 あいつの境遇を自分に置き換えてみると、隕石が降ってきて、俺以外の人類が全滅してしまったようなものだ。俺がもしそうなったら……想像するだけで恐ろしい。


 そんなことすら想像せず、俺は自分のことばかり考えて、ロマンが崩壊しただの好き勝手言ってしまった。挙げ句、あいつが世間に出るとまずいから、岩山でじっとしてろなどと命令する。よくよく考えると身勝手にも程があった。


「そうだよな。あいつも寂しいよな」


「うん……」


「よし、今からあいつのとこに行こう」


「え、どうするの?」


「あいつもずっとああしてるわけにはいかないだろ。なんとか世間に少しずつ存在を知ってもらって、今の時代を満喫させてやろうじゃないか」


「うん……そうしよう!」


 俺はティラノの存在を世間に知らしめることに決めた。

 名声などのためではなく、あいつが寂しくないように……。



***



 決心した俺たちが岩山に向かうと――


 ……ん?


 ティラノは大勢の人間に囲まれていた。


「ポーズ決めるから可愛く撮ってや~」


 フラッシュを浴びながら、ポーズを決めている。


「なにいいいい!?」


 予想外すぎる事態に、俺は叫んでしまう。こいつはいつも俺の予想を超えてくる。主に悪い方向に。


「ティラノォ!!!」


「おー、草太ちゃん、亜希ちゃん。待っとったで」


「これはどういうことだ!? なんで取材受けてんだ!?」


「いやー、ワイとしたことがつい見つかってしもて。だけど安心してや。第一発見者は草太ちゃんたちってちゃーんと言うといたから」


「そういう問題じゃなくてさ……」


 すると、ティラノにカメラを向けていた連中が今度は俺に駆け寄ってくる。


「あなたがティラノサウルスを最初に発見した台奈さんですね」


「え!? ええ、まあ……」


「なぜこの岩山に目をつけたのですか?」


「それはその、バイトの合間に独自の研究をしてですね……」


 しどろもどろになりながら答える。ティラノの言う通り、どうやら俺が第一発見者の栄誉にあずかれそうだ。


「これで草太ちゃんもスターやで!」と笑うティラノ。


「えらいことになってきたわね」亜希も他人事のように言う。お前もほぼ同時に発見しただろ。


 俺は取材を受けながら、もうこの激流に身を任せるしかないんだな、と感じていた。

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