林田家は代々、林田神社の神主を務めた
林田家は代々、林田神社の神主を務めた。明治時代に神社の中央集権的な統廃合があり、宮司の職を失った。
「神職の資格がなくなっただけで、先祖を祀る気持ちに変わりはない」
林田家の当主は言う。
「だから、お盆には墓参りに行くし、初詣にも行くよ」
「そうですか……」
僕は複雑な気分だった。
「それで、君が話したいことって何かな?」
「はい……実は――」
僕は順を追って説明した。僕と林田さんの関係、僕の悩み事、そして、この神社で見た不思議な光景について……。
「なるほどね……」
林田さんは腕組みをして言った。「その夢の中で、君は私に会ったんだね? それも、私の霊を見たのではなくて、私が君の夢の中に登場したわけだ」
「はい……」
「でも、私はもう死んでいて、君の前に姿を現すことはできない」
「ええ……」
「そこで、君の夢の中に登場して、自分の姿を見せたのか……」
「そういうことだと思います」
「ふうむ……」
林田さんは考え込むように目を閉じた。しばらくして目を開いて言った。
「それなら辻棲が合うかもしれない」
「どういうことです?」
「つまりさ、君の話を総合すると、こういうことになるだろう? 君は夢の中とはいえ、死んだはずの人間に会うことができた。これは凄く幸運なことだよ。普通ではありえないような奇跡が起こったのと同じなんだから。
ところが、そのあと、君は奇妙な体験をした。それがあまりにも現実離れしていたものだから、君は自分が見たものを信じられなくなった。信じられないだけじゃなくて、自分の中にある常識や価値観を疑うようになった。もしかしたら、自分は頭がおかしくなったんじゃないかと思ったりもした。
そんな時、偶然、ここへやって来た。そして、私の姿を見つけた。最初は幽霊かと思って怖かったけど、よく見ると、それは本物の林田さんだと分かった。
でも、やっぱり信じられなかった。目の前にいる人間が本当に生きているとは思えなかったからだ。それに、そもそも、どうしてこんなところにいるのか分からない。だから、君は混乱してしまった。何が何だかさっぱり分からなくなって、パニック状態になったんだろう。そこへ、あの男の子が現れたというわけだ」
「…………」
「どうだい? 当たっているかい?」
「はい……大体合ってます」
「良かった」
林田さんは微笑を浮かべた。
「これで、やっと謎が解けたよ」
「謎?」
「うん。君の謎さ」
「僕の?」
「そう。なぜ、君は私の姿を見ることができたんだと思う? そして、なぜ、君はここに来ることができたと思う?」
「分かりません……」
「そうだよね。だって、まだ何も分かっていないんだもんね」
「はい……」
「まあ、焦らない方がいいよ。ゆっくり考えてごらん」
「はい……」
「ところで、ひとつ訊きたいことがあるんだけどいいかな?」
「何でしょう?」
「君は今、幸せかい?」
「えっ!?」
僕は面食らった。
「ど、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だけど……」
「……」
僕は黙ってしまった。幸せかどうかなんて考えたこともない。
「答えにくい質問だったみたいだね」
林田さんは苦笑しながら言った。
「別に気にしないでくれて構わないよ。ただ、ちょっと気になっただけだから」
「……」
「さっきの話に戻るけど、君は私が死んでいると信じられないくらいショックを受けていたようだね。でも、そのショックのおかげで、私はこうして君の前に現れることが出来たんだよ。もし、私が生きていたとしたら、私は君の前に姿を現さなかったはずだし、ましてや、夢の中に登場して、自分の姿を見せたりなんかしなかっただろう。つまり、君にとっては不幸中の幸いだったってことなんだよ。だから、あまり深く考える必要はないんじゃないのかな」
「……」
僕は言葉が出てこなかった。確かに、林田さんの言う通りかもしれない。僕が感じている不安は単なる思い過ごしなのか……。
「さてと……」
林田さんは立ち上がった。
「そろそろ帰るとするかね」
「あっ! すみませんでした!」
「謝ることじゃないよ」
林田さんは優しい口調で言うと、「それじゃあね」と言って歩き出した。僕が呼び止める間もなく、その姿は消えてしまった。




