私たちは車に乗り込んだ
私たちは車に乗り込んだ。
「知り合いなのかい?」
エンジンをスタートさせながら訊いた。
「まさか……」
彼女は首を振った。
「そうだよなぁ……」
私はハンドルを握ったまま考え込んでいた。
「どうしたんですか?何かあったんですか?」
「うん、ちょっとね……」
私は言葉を濁した。
「教えてくださいよぉ」
彼女が甘えた声でせがんできていた。
「分かった。教えるよ」
私は溜め息混じりで口を開いた。
「君は前に会ったことあるんだよな」
「はい」
「どこでだい?」
「どこって言われても困りますけど……」
「君と初めて出会ったのはどこなんだ?」
「どこって……病院です」
「病院?どこのだ?」
「どこのって……うちの近くの総合病院です」
「やっぱりな……」
「何がやっぱりなんですか?はっきり言ってくださいよ」
彼女が苛立ったように声を上げた。
「君と最初に出会ったとき、僕は君のことを思い出せなかったんだ」
「どうしてですか?」
「それが分からないから悩んでいるんじゃないか」
「そうですけど……でも、今はちゃんと思い出せるんでしょ」
「ああ、もちろんだよ。だから余計に混乱している」
「どういうことなんですか?」
「君と出会ったときに感じていた違和感の原因が何だったのか、今になってやっと理解できたよ」
「何なんですか?」
「あのときの君の印象は、僕の記憶の中の彼女とあまりにも違っていて、まるで別人のように思えてしまったからだ」
「……」
「ところが、今日、この辺りを歩いているうちに、記憶の中にある彼女の姿が鮮明に浮かんできた。それでようやく謎を解くことができたわけだ」
「よく分かりませんけど……私が整形手術をしたとかそういうことですか?」
「いや、そんなことはないと思うけどね」
「じゃあ、いったい……」
「さあ、僕にもさっぱりだ」
「そんなことってあるんでしょうか?」
「あるかもしれないね」
「そんなことってあるんでしょうか?」
彼女は同じ質問を繰り返した。
私たちは林田港に戻った。
「ここで少し待っててくれないか」
車を降りるなり、彼女に告げた。
「すぐに戻ってくるよ」
「どこに行かれるんですか?」
彼女は不安そうに私を見つめた。
「大丈夫さ」
私は笑ってみせた。
「すぐに戻るから心配しなくてもいい」
「でも……」
「頼むよ。ちょっとだけ待っててほしいんだ」
「はい……」
私は駐車場から小走りに駆け出した。国道を渡って、海岸沿いの道に出た。潮風が頬に当たって心地良かった。私は海に向かって歩いた。そして、堤防の上に立った。眼下には波打ち際が広がっていた。太陽が海面に反射して眩しかった。私は目を細めながら水平線の彼方へと視線を向けた。そこには真っ白に輝く入道雲が浮かんでいた。
「あれか……」
私は呟いた。間違いなかった。あの白い建物こそが私の捜していたものだった。私は振り返った。彼女はそこに立っていた。
「お待たせ……」
私は笑顔を浮かべて彼女のもとに歩み寄った。
「用事は済んだよ」
「……」
しかし、返事はなかった。
「どうした?」
私は顔を覗き込んだ。
彼女は泣いていた。
「どうしたんだ?」
私は狼惑した。
「どこか痛むのか?」
「違います」
彼女は涙声で答えた。
「嬉しくて……」
「嬉しい?」
「だって、こんなところに来られるなんて思ってもいなかったんですもの……」
「そうか……」
私は微笑んだ。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
私たちは手を繋いで歩き始めた。
「もう、この辺りは見慣れたかい?」
「ええ、だいぶ……」
「そうだろうなぁ」
私は笑った。
「君はこの辺に住んでいると言っていたもんなぁ」
「ええ……」
「ところで、この辺りで変わったことはなかったかな?」
「そうですねえ……。特に何もないと思いますけど……」
「本当かい?」
「ええ……」
彼女は小さく首を振った。




