追伸文はけしからん(後編)
「おはようございます」
突然後ろから声をかけられたので振り返るとそこには一人の女がいた。
「あら、お邪魔だったかしら」
彼女はクスッと笑った。
「あ、いえ……」
私は慌てて否定した。
「そうですか」
「あの……」
私は恐る恐る尋ねてみた。
「あなたは一体……」
「私はこの屋敷の使用人でございます」
「使用人さん……」
「はい。以後、よろしくお願いいたします」
そう言うと彼女は丁寧に頭を下げてきた。
「こちらこそ……」
私もつられて礼をする。
「では失礼させていただきます」
そう言うと彼女は去っていった。
「ふう……」
私はホッと胸を撫で下ろす。
「どうやら助かったみたいだな」
男が言った。
「そのようね……」
私は改めて男の顔を見る。こうして近くで見てみると意外と整った顔をしている。
「どうかしたか?」
「ううん、別に……」
そこでふと疑問に思ったことがあった。
「そういえば、どうして私の名前を知っていたの?」
「ああ、それはお前に手紙を送ったからだよ」
「手紙?」
「ほれ」
そう言って男は懐に手を入れると一通の手紙を取り出した。
「これのことか?」
「そうそう、それよ」
私は受け取った。
「いったい誰がこれを?」
「それは言えない決まりになってるんでね」
「そうなんだ……」
私は封を切って中身を読んでみる。すると、そこにはこう書かれていた。
『拝啓 親愛なる小娘様へ』
「なによ、この書き出し……」
私は思わず苦笑いする。
「まあ気にするな」
「はあ……」
私は仕方なく読み進めることにした。
『前略 小娘、元気にしてるか? 俺は相変わらずの毎日を過ごしているぜ。お前は今、どこで何をしてる?また俺に会える日が来ることを楽しみにしているぜ。じゃあな。
P.S この前の件、忘れんじゃねえぞ。
敬具 追伸 くれぐれも変なことを考えるなよ。もし、妙な真似をした時は……わかっているよな?』「……」
私は無言のまま手紙を封筒に戻した。
「おい、何か言うことはないのか?」
「追伸文は無礼です」
追伸は手紙を筆で書いていた時代に本文を書き直す手間を省くために使われた。このため、追伸文を書くことは「あなたは手紙を書き直す手間をかける必要がない存在です」と言っているにも等しいことになり、失礼になる。つまり、追伸は滅多に使うものではない。特にパソコンで文章を作成する場合には容易に文章の挿入ができるため、追伸は不要であり、過去の遺物になった。
「よろしい。正解だ」
「はあ……」
「ところで、俺の書いたラブレターはどうだった?」
「最悪だったわ」
「はは、手厳しいねぇ」
「当たり前でしょう。あんなのを渡されて喜ぶ女の子がいると思う?」
「いるかもしれないじゃないか」
「いない!」
「……即答かい」
彼はガックリとうなだれた。
「そんなことより、これからのことについて話しましょうよ」
「そうだな……」
「まずはお互いの自己紹介から始めない?」
「いいだろう。俺の名前は……」
「ちょっと待って!」
「ん? なんだ?」
「先に私が質問したいことがあるんだけど」
「おう、何でも聞いてみろ」
「あなたは何者なの?」
「だからさっきも言った通り、ただの通りすがりのお兄さんだって」
「嘘よ!」
「本当だよ」
「信じられないわ」
「そうか……。なら、どうすれば信じてくれるんだ?」
「えっと、それはもちろん……」
私は少し考える。
「あなたの本当の名前を教えてくれたら信じることにする」
「俺の本当の名前をか……」
「うん。それが嫌だったらやっぱり信用できない」
「わかった。そこまで言われたら仕方ないな」
「ありがとう」




