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林田力 短編小説集  作者: 林田力
オムニバス
38/103

大学の正門

いつものように大学の講義を終え、帰宅しようとしていた時だった。正門を出たところで声をかけられた。

「あの、ちょっといいですか?」

振り返るとそこに彼女が立っていた。

「あ、どうも……」

彼女は相変わらずの無表情だったが、前より雰囲気が柔らかくなっているように思えた。

「今日時間あります? 話したいことがあるんですけど」

そう言うと彼女は僕の手を引いて歩き出した。僕はされるがままについて行くことにした。

連れていかれた先は近くの喫茶店だった。僕らは向かい合うようにして座った。注文を取りに来た店員さんにコーヒーを二つ頼んだ後、沈黙が流れた。気まずいなと思っていると、先に口を開いたのは彼女の方だった。

「この間はごめんなさい。急に帰ったりしちゃって」

「いえ、気にしないでください。それより何かあったんですか?」

「はい……。実は私、彼に振られてしまったみたいなんです」

彼女は悲しげな声で言った。

「彼氏がいたんですね……」

僕は驚いて思わず呟いた。

「いました。少し前までは……」

「今はフリーなんですね」

「はい。それで今になって気づいたんです。私の心の中にはずっとあなたがいたことに……」

そこで彼女は一呼吸置いて続けた。

「だからお願いします。もう一度だけチャンスをくれませんか? 今度は絶対に裏切ったりしませんから」

真剣な眼差しでこちらを見つめてくる彼女に圧倒されそうになった。しかし、すぐに冷静になった。

「すみません。気持ちはとても嬉しいですけど、やっぱりあなたとは付き合えません」

僕はきっぱりと断った。すると彼女は一瞬驚いた顔をした後、俯いて肩を落とした。

「どうして……ですか?」

消え入りそうな声で聞いてきた。

「それは……」

僕は言葉に詰まった。正直に言ってしまえば楽になるかもしれない。だが、それでは彼女を深く傷つけてしまうことになるだろう。そんなことはしたくなかった。

「……」

結局何も言えなかった。

「わかりました。突然変なことを聞いてすいませんでした」

しばらく黙っていると、彼女は諦めたのか小さく笑って立ち上がった。そしてそのまま店を出ようとした。

「待って下さい!」

僕は慌てて呼び止めた。このまま帰してしまったらきっと後悔することになると思ったからだ。

「最後に一つ聞かせてください」

彼女は立ち止まってくれたが、振り向かず背中を向けたままだった。

「あなたにとって僕との出会いは何の意味もなかったと思います。でももし、もしもですよ? これから先も僕と一緒に居たいと少しでも思ってくれるなら連絡して来てくれませんか?」

僕は必死に訴えかけた。これが今の自分にできる精一杯のことだった。

「ありがとうございます」

彼女はゆっくりと振り返った。その顔には涙の跡があったが、それでも笑顔を浮かべていた。


「ねえ、お兄ちゃん。この人誰?」

妹は僕のスマホに表示された画像を見て不思議そうな顔をした。

「えっと……大学の友達だよ」

僕は少し焦りながら答えた。

「ふーん、でもなんか変な感じするね」

妹はさらに首を傾げた。

「そっかぁ?」

僕は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

「うん。だってこの女の人の目、なんだか怖いもん」

妹の指摘にドキッとした。確かにその通りなのだ。僕も最初は気付かなかったのだが、改めて見てみると彼女の目はどこか虚ろで焦点があっていないような気がするのだ。

「それにほら見て!」

妹は画面をスクロールして次の写真を見せた。そこには彼女と腕を組んで歩く男の姿があった。男は大学生くらいに見える。二人はとても仲良さげな雰囲気を出していた。

「これ絶対浮気じゃん! 彼女いるくせに他の女とデートとか最低!」

妹は頬を膨らませて怒った。

「いや、これはただ遊びに行っただけだから違うと思うぞ」

「もう知らない! こんな人と付き合ってるなんて信じられない!」

妹はプリプリしながら部屋を出て行った。

(参ったな)

僕はため息をつくしかなかった。


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