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林田力 短編小説集  作者: 林田力
オムニバス
35/103

ママに嫌われていない

「この料理は、江戸時代では今のお金で言うと二百円くらいの価値だったみたい」

「そんなに安いの!?」

「そうだよ。安いだろ?」

「びっくりした! もっと高いと思ってた!」

「ふぅん……」

「どうしたの?」

「ううん。何でもない」

「変な子だなぁ」

「それより、早く食べようよ!」

「はいはい」

「おいしいね!」

「おいしいね」

「ねえ、パパ」

「何だい?」

「あのね……ちょっとだけ聞きたいことがあるんだけど……」

「いいよ。言ってごらん」

「あのね……。ママのことだけど……」

「ああ、美緒ちゃんのお母様のことだね。どうかしたかい?」

「ママは私のこと、嫌いなのかなぁ」

「えっ!?」

「私が生まれてすぐに死んじゃったんでしょ? それなのに、私はママの顔を知らないんだもの。どんな人だったのかなって思ってさ……」

「なるほど……。それで、お母さんのことを僕に聞いたわけか……」

「うん」

「確かに、君が生まれた直後に亡くなってしまったから、君はお母さんの記憶がないかもしれないね。でも、僕は君のお父さんとして、美緒ちゃんのことは誰よりも知っているつもりだよ」

「本当?」

「もちろんさ。例えば、美緒ちゃんはいつも元気いっぱいで、よく笑う女の子だよね」

「うん。私、明るい性格だと思う」

「そうだね。それから、美緒ちゃんはとても優しい心を持っているよね」

「えっ?……そうなのかなぁ」

「そうさ。美緒ちゃんは僕の自慢の娘だよ」

「ありがとう。嬉しい」

「それと、美緒ちゃんは勉強熱心で、学校の成績もいいよね」

「うん。集中しているよ」

「偉いなぁ。それに、美緒ちゃんは運動神経もよくて、足が速いし、スポーツ万能だよね」

「それはどうか分からないけど、運動は好きだよ」

「あと、美緒ちゃんは歌が得意で、ピアノも弾けるんだよ」

「えーっ!? そんなにたくさんできるなんて、知らなかった」

「そうだよ。美緒ちゃんはすごいんだぞぉ。他にもいろいろあるんだからね」

「もういいよ。分かったから」

「まだまだ言い足りないくらいだよ。美緒ちゃんは本当に素敵な娘なんだ。だから、自信を持って欲しいな」

「……」

「どうしたんだい? 黙り込んで……」

「ううん。何でもない」

「何か悩みでもあるのかい? もし良かったら話してくれないかな」

「大丈夫。心配しないで」

「本当に?……まあ、無理にとは言わないけれど、でも、一人で悩んでいるとつらいよ」

「じゃあ、一つだけ聞いてくれる?」

「ああ、何でも聞くよ」

「実はね……。私って、ママに嫌われているんじゃないかって思っているんだ」

「どうして? そんなことはないと思うよ」

「だって、ママって一度も家に帰って来なかったじゃない? だから、ママは本当は私のことが嫌なんだろうって思ったりするんだ」

「うーん……。そういうことだったのか……」

「パパはどう思う? やっぱりママって私のことを嫌いなのかな」

「いや、違うよ」

「本当に? どうして分かるの?」

「そりゃあ、美緒ちゃんのお母さんは美緒ちゃんのことが大好きだからさ」

「じゃあ、何でママは家に帰らなかったの?」

「きっと仕事に夢中になっていたからじゃないかな」

「でも、それなら手紙くらいくれたはずだよ」

「そうだね。でも、忙しくても、美緒ちゃんのことは忘れていなかったと思うよ」

「美緒ちゃんのことを考えながら仕事をしていたに違いないよ」

「そんなに私のこと、考えてくれていたかなぁ……」

「そうだとも。それに、美緒ちゃんが生まれた時、お母様は嬉しかったと思うよ」

「本当?」

「ああ。お母様は、生まれたばかりの君を見て、とても喜んだはずさ。そして、『この子のために働こう』と思ったと思うなぁ」

「……」

「お母様は美緒ちゃんを産んで、幸せだったと思うよ」

「そうかなぁ……」

「そうだよ。美緒ちゃんの笑顔を見ていれば、それがよく分かるよ」

「そっか……」

美緒の顔が少し明るくなった。

「ねえ、パパ。もう一つだけ教えてくれる?」

「何だい?」

「ママの写真とか、ないの?」

「写真?……ああ、アルバムのことか……」

「うん」

「残念だけど、写真を一枚も持っていないんだ」

「そうなの……」

「ごめんね」

「うん……」

美緒は寂しそうにうつむいた。

「どうしたんだい? 急に落ち込んじゃったりして……」

「ううん……。何でもないの」

「本当に?」

「本当だよ」

美緒は顔を上げて微笑んだ。だが、その表情にはどこか陰があった。

「あのね、パパ」

美緒はまた口を開いた。

「うん?」

「ママが生きていたら、私の誕生日プレゼントは何を用意してくれたかなぁ」

「それは分からないよ。美緒ちゃんのお母さんではないからね」

「うん……。そうだよねぇ……」

美緒は再び下を向いてしまった。

「……美緒ちゃん。誕生日に何か欲しい物はあるかい?」

美緒は首を横に振った。

「遠慮しなくていいんだよ」

「ううん……。別に、何も欲しくなんかないもの。ただ、ママに会ってみたかったなって思ってただけだから」

「美緒ちゃん……」

「あっ! そうだ。パパにお願いがあるんだけど」

「何?」

「誕生パーティーを開いてくれない? もちろん、みんなで集まって」

「えっ!?」

「駄目かな?」

「……分かった。何とかしてみるよ」

「ありがとう!」

美緒は嬉しそうに笑った。

「でも、どうして突然そんなことを言い出したんだい?」

「うーん……、何だかね、、私って、ママに愛されているような気がしてきたの」

「それは良かった。きっと美緒ちゃんのお母様が天国で喜んでいるよ」

「だと嬉しいな」

美緒はニッコリと笑って言った。


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