ママに嫌われていない
「この料理は、江戸時代では今のお金で言うと二百円くらいの価値だったみたい」
「そんなに安いの!?」
「そうだよ。安いだろ?」
「びっくりした! もっと高いと思ってた!」
「ふぅん……」
「どうしたの?」
「ううん。何でもない」
「変な子だなぁ」
「それより、早く食べようよ!」
「はいはい」
「おいしいね!」
「おいしいね」
「ねえ、パパ」
「何だい?」
「あのね……ちょっとだけ聞きたいことがあるんだけど……」
「いいよ。言ってごらん」
「あのね……。ママのことだけど……」
「ああ、美緒ちゃんのお母様のことだね。どうかしたかい?」
「ママは私のこと、嫌いなのかなぁ」
「えっ!?」
「私が生まれてすぐに死んじゃったんでしょ? それなのに、私はママの顔を知らないんだもの。どんな人だったのかなって思ってさ……」
「なるほど……。それで、お母さんのことを僕に聞いたわけか……」
「うん」
「確かに、君が生まれた直後に亡くなってしまったから、君はお母さんの記憶がないかもしれないね。でも、僕は君のお父さんとして、美緒ちゃんのことは誰よりも知っているつもりだよ」
「本当?」
「もちろんさ。例えば、美緒ちゃんはいつも元気いっぱいで、よく笑う女の子だよね」
「うん。私、明るい性格だと思う」
「そうだね。それから、美緒ちゃんはとても優しい心を持っているよね」
「えっ?……そうなのかなぁ」
「そうさ。美緒ちゃんは僕の自慢の娘だよ」
「ありがとう。嬉しい」
「それと、美緒ちゃんは勉強熱心で、学校の成績もいいよね」
「うん。集中しているよ」
「偉いなぁ。それに、美緒ちゃんは運動神経もよくて、足が速いし、スポーツ万能だよね」
「それはどうか分からないけど、運動は好きだよ」
「あと、美緒ちゃんは歌が得意で、ピアノも弾けるんだよ」
「えーっ!? そんなにたくさんできるなんて、知らなかった」
「そうだよ。美緒ちゃんはすごいんだぞぉ。他にもいろいろあるんだからね」
「もういいよ。分かったから」
「まだまだ言い足りないくらいだよ。美緒ちゃんは本当に素敵な娘なんだ。だから、自信を持って欲しいな」
「……」
「どうしたんだい? 黙り込んで……」
「ううん。何でもない」
「何か悩みでもあるのかい? もし良かったら話してくれないかな」
「大丈夫。心配しないで」
「本当に?……まあ、無理にとは言わないけれど、でも、一人で悩んでいるとつらいよ」
「じゃあ、一つだけ聞いてくれる?」
「ああ、何でも聞くよ」
「実はね……。私って、ママに嫌われているんじゃないかって思っているんだ」
「どうして? そんなことはないと思うよ」
「だって、ママって一度も家に帰って来なかったじゃない? だから、ママは本当は私のことが嫌なんだろうって思ったりするんだ」
「うーん……。そういうことだったのか……」
「パパはどう思う? やっぱりママって私のことを嫌いなのかな」
「いや、違うよ」
「本当に? どうして分かるの?」
「そりゃあ、美緒ちゃんのお母さんは美緒ちゃんのことが大好きだからさ」
「じゃあ、何でママは家に帰らなかったの?」
「きっと仕事に夢中になっていたからじゃないかな」
「でも、それなら手紙くらいくれたはずだよ」
「そうだね。でも、忙しくても、美緒ちゃんのことは忘れていなかったと思うよ」
「美緒ちゃんのことを考えながら仕事をしていたに違いないよ」
「そんなに私のこと、考えてくれていたかなぁ……」
「そうだとも。それに、美緒ちゃんが生まれた時、お母様は嬉しかったと思うよ」
「本当?」
「ああ。お母様は、生まれたばかりの君を見て、とても喜んだはずさ。そして、『この子のために働こう』と思ったと思うなぁ」
「……」
「お母様は美緒ちゃんを産んで、幸せだったと思うよ」
「そうかなぁ……」
「そうだよ。美緒ちゃんの笑顔を見ていれば、それがよく分かるよ」
「そっか……」
美緒の顔が少し明るくなった。
「ねえ、パパ。もう一つだけ教えてくれる?」
「何だい?」
「ママの写真とか、ないの?」
「写真?……ああ、アルバムのことか……」
「うん」
「残念だけど、写真を一枚も持っていないんだ」
「そうなの……」
「ごめんね」
「うん……」
美緒は寂しそうにうつむいた。
「どうしたんだい? 急に落ち込んじゃったりして……」
「ううん……。何でもないの」
「本当に?」
「本当だよ」
美緒は顔を上げて微笑んだ。だが、その表情にはどこか陰があった。
「あのね、パパ」
美緒はまた口を開いた。
「うん?」
「ママが生きていたら、私の誕生日プレゼントは何を用意してくれたかなぁ」
「それは分からないよ。美緒ちゃんのお母さんではないからね」
「うん……。そうだよねぇ……」
美緒は再び下を向いてしまった。
「……美緒ちゃん。誕生日に何か欲しい物はあるかい?」
美緒は首を横に振った。
「遠慮しなくていいんだよ」
「ううん……。別に、何も欲しくなんかないもの。ただ、ママに会ってみたかったなって思ってただけだから」
「美緒ちゃん……」
「あっ! そうだ。パパにお願いがあるんだけど」
「何?」
「誕生パーティーを開いてくれない? もちろん、みんなで集まって」
「えっ!?」
「駄目かな?」
「……分かった。何とかしてみるよ」
「ありがとう!」
美緒は嬉しそうに笑った。
「でも、どうして突然そんなことを言い出したんだい?」
「うーん……、何だかね、、私って、ママに愛されているような気がしてきたの」
「それは良かった。きっと美緒ちゃんのお母様が天国で喜んでいるよ」
「だと嬉しいな」
美緒はニッコリと笑って言った。




