食事
食事は猪鍋、山菜のテンプラ、とろろそばなど食べきれないほどの料理がどれも美味であった。食材そのものの味を生かして調理している。食事の時間は決まっておらず、「午後六時から一〇時までの好きな時間にダイニングに来てください」との仕組みで、自分のペースで過ごすことができる。朝食の時間も同じく決まっていない。食事処には舞台があり、カラオケを歌える。近所の人も頻繁に来て歌っていた。
和風旅館は畳の匂いがする。布団を畳むことで部屋が広くなり、開放感がある。洋風ホテルのように室内でスリッパを履かなくて良い点も寛げる。和風旅館の良さを再確認した。コスパの高い旅館である。価格と品質や価格と味は相関関係ではないことを再確認する。この程度の料金で宿泊することが心苦しいほどの素晴らしい旅館であった。
部屋は他の宿泊客のキャンセルもあり二〇畳の部屋になった。壁には絵画が飾られている。客室はかなり古く、天井の角が腐っており、ボロい箇所もあったものの、掃除が行き届いていて特に問題はなかった。但し、部屋にはテレビと時計がなかった。時間を気にせずテレビもないところでゆっくりとくつろいで欲しいという趣向である。
テレビがないと耐えられないという人には向かない。私達も最初は「テレビがない」と思ったが、部屋に置いてあった将棋で大いに盛り上がった。このような機会でもなければ将棋を楽しむことはなかっただろう。廊下にはマンガが置いてあった。
旅館には独特の雰囲気が、公共施設にはない謎があった。廊下のどの部分にも、どの曲がり角にも意外さや喜びが隠されているようであった。馬や蛙の像があった。馬の像は馬繋石がメインである。馬繋石と言えば有名な武将が戦の前に馬を繋いだ場所などをイメージするが、ここは旅人が休息するためのものである。庶民感があって良い。公衆電話は木質感があり、レトロである。
旅館のロビーには宿泊客が大勢集まっていて話をしていた。ロビーには思い出ファイルというガチャガチャの自動販売機もある。一個百円で、どのような思い出が出てくるかは謎という。私は思わず買ってしまった。何が出たかは、帰ってからのお楽しみである。
オーナー夫妻は感じの良い人達だった。従業員は明らかに外国人だったにもかかわらず、名札には「山田」や「吉野」と書かれていた。シーツがなかったため、持ってくるように依頼したところ、「私日本語わかりません」と言われてしまった。
夜は全く眠れないと予想していたが、そのようなことはなかった。早めに布団に入ってしまったので、お楽しみの経験ができなかった。しかし言った人の話によるとあちこちとグルグル回ったり、ラーメン屋に寄ったりしたようであり、行ったとしても楽しみよりも疲れの方が大きかっただろう。枕が高く、中々寝付けなかった。寝汗を大量にかいた。
旅館の西側の丘にはゴザが沢山敷いてあった。何だろうと思って近くにいた観光客に聞いたら夜になるとこの辺は流れ星をよく見られるから、昼間からゴザを敷いて場所取りをしているという。これでは見られそうにないため、明日早めに行くことにした。今日は星降りの丘の場所が取れた。しばらく待っていたら、暗くなって星が見えてきた。帰りも電車を使う。土曜朝一の上りなのに混んでいて一時間半立ちっ放しであった。




