内見
私と東雲さんは、件のマンションへと向かった。
「……あのさ」
東雲さんが口を開いたので、私は彼女の方を見た。
「……今日、本当に良かったの?」
「何が?」
「……お金出してもらうの」
「ああ、そんな事か。気にすんなよ」
「……私、何もしていないのに」
「いいよ。私、今金あるからさ」
実際のところ、今は親から小遣いを貰っていない。しかし、それを説明するわけにもいかない。
「でも、悪いよ」
「まぁ、そういうもんだって。それに私が無理矢理頼んだことだしさ」
「……そう?」
東雲さんは納得したわけではないようだったが、それ以上は何も言わなかった。しばらく黙って車を走らせていたが、やがてぽつりと呟くようにこう言った。
「……ごめんね」
「いいってば」
私は苦笑いを浮かべながら答えた。謝られるようなことじゃない。ただ、こんなことでしか彼女に恩返しができない自分が情けなくもあった。
エントランスホールに入ると、受付のようなカウンターがあった。おそらく住人専用のものだろう。そこには眼鏡をかけた女性が立っていた。女性は私達の姿を見ると、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに営業スマイルに戻った。
「こんにちは。何か御用ですか?」
「あ、えっと、内見に来たんです」
東雲さんがそう言うと、彼女はさらに目を大きくした。そして今度ははっきりと驚きの色を見せる。
「……あ、失礼しました。内見の方でいらっしゃいましたか」
「はい」
東雲さんが答えると、女は慌てて「少々お待ちください」と言って、奥へと引っ込んでいった。
「どうかしたのかな」
「わかんない」
東雲さんは不思議そうな顔をしていた。しばらくして、先程の女が戻ってきた。
「すみません、ご案内いたしますね」
そう言って歩き出したので、私達も後を追う。エレベーターに乗って、3階まで上がったところで、女の足が止まった。
「どうぞ、こちらの部屋になります」
そう言いながら、鍵を開ける。私と東雲さんは中に入った。
「……お邪魔します」
「お風呂場はそちらです。トイレはその隣になっています。洗面所もありますので、ご自由に使ってください」
「わかりました」
東雲さんが返事をする。私はぐるりと室内を見回した。1LDKだけあって、リビングダイニングキッチンと寝室が一緒になっているようだ。
「お風呂はガス式なのですが、問題ありませんか?」
「はい、問題ありません」
「かしこまりました。あと、お家賃はこちらになっておりまして……」
女の説明を聞き流しながら、私はベランダの方へ歩いていく。窓を開けて外を見てみると、目の前には大きな公園が広がっていた。ここから見る限りだと、緑が多くて気持ち良さそうだ。
「では、内見は以上となります。また後日、正式に契約ということになりますので、よろしくお願いします」
「はい。ありがとうございます」
私はぺこりとお辞儀をした。東雲さんは少し戸惑っている様子だったけれど、とりあえず一緒に頭を下げた。それから私達は玄関へと向かう。靴を履いている途中、ふと思いついて、私は顔を上げた。
「あの、すみません」
「はい?」
「ここってペット飼っても平気なんでしょうか」
「ああ、それはもちろん。大家さんの許可さえあれば大丈夫ですよ」
「じゃあ、猫を一匹飼いたいと思ってるんですけど、いいですか」
「ええ、もちろん。ただ、あまり騒がしくしないでくださいね」
「わかってます」
私は笑顔で答えた。すると、東雲さんが私の服の袖を引っ張った。
「ねぇ、三並君。私、やっぱり悪いよ」
「だから気にすんなって。今金あるからさ」
「でも、そのお金って私のために使うんでしょ?」
「いいんだよ」
私はきっぱりと言った。東雲さんは困ったような表情をしていたが、「……わかった」と小さく呟いて、私と一緒に頭を下げた。
「それでは、これで失礼いたします」
そうしてようやく部屋を出ることができた。




