私は、寂しいと思う
翌朝、目が覚めると、東雲さんは既に身支度を整えていて、キッチンに立って朝食を作っていた。
「おはようございます」
私が声をかけると、東雲さんは振り向いた。
「おはよう」
「あの、すみません、朝ご飯、作ってもらっちゃって」
「ううん。私が勝手にやってるだけだから」
「でも」
「気にしないで」
笑顔を見せる東雲さんだったが、私は胸が痛んだ。結局、私は何もできなかったのだ。東雲さんの役に立つどころか、こうして東雲さんの世話になってしまっている。情けなくて仕方がなかった。
「コーヒー飲みますか?」
私は尋ねた。
「うん。お願い」
私は台所に行ってヤカンに水を入れ、火にかける。その間にインスタントコーヒーの瓶を取り出した。
「砂糖とミルク、入れますよね?」
尋ねつつ、ブラックのまま飲む東雲さんの姿を想像する。
「うん。たっぷりね」
やっぱりそうか。私は苦笑いを浮かべた。二人分のカップに粉末を入れてお湯を注ぐ。スプーンでよくかき混ぜて、私は片方のマグカップを持ってテーブルに戻った。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
東雲さんは微笑む。それから私達は黙って朝食を食べ始めた。私はちらりと東雲さんの様子を窺った。いつも通り、落ち着いていて、どこか達観した雰囲気すらある。昨夜のことを問い質すようなことは、少なくとも今はできそうにないと思った。それに、もし東雲さんの口から「私、寂しかったんだよ」なんて言葉を聞かされたら、動揺してしまいそうだ。
食事を終えると、私はすぐに立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ行きますね」
「うん。今日も無理しないでね」
東雲さんは「頑張ってね」と言わない。頑張るという昭和の精神論根性論が嫌いである。それが東雲さんの優しさである。
「三並君」
玄関で靴を履いていると呼び止められた。振り返ると、すぐ傍に東雲さんの姿があった。
「あの……」
何かを言いかけた東雲さんは、そのまま口をつぐんでしまう。そして、小さく首を振ってから言った。
「何でもないよ」
その表情には、明らかに影が落ちていた。しかし、私はそれについて触れることはできなかった。
「はい……行ってきます」
「行ってらっしゃい」
扉を開けると、外は晴れ渡っていた。梅雨明けはまだ先のはずなのだが、この分なら明日には雨も上がるかもしれない。駅に向かって歩きながら、私は昨夜の東雲さんの言葉を反駁していた。
「私は、寂しいと思う」
東雲さんはそう言っていたが、本当にそうなのだろうか。私は今までずっと、誰かと一緒に過ごすことに喜びを感じるタイプの人間ではないと思っていた。それが、東雲さんと出会ってからは、彼女と二人でいることの方が多くなって、それが当たり前になった。東雲さんと会っていない日はどこか落ち着かない気分になるし、東雲さんが仕事に出かけている間も、彼女のことが心配だったりして、私は今の生活に慣れ始めていた。こんな風に不安になったり、焦ったりすることなどなかったはずだ。
東雲さんの気持ちは、私のそれとは少し違うのではないか。そんなことを考えていると、携帯電話が震えてメールの受信を知らせてきた。
差出人は東雲さんだ。
件名:おはよう
本文:昨夜はごめんなさい。変なこと言って。
気にしないでね。
たったそれだけの文章。それでも、今の私にとっては救いのように思えた。東雲さんは、私とは違うのではない。私と同じなんだ。同じことを感じて、同じように考えている。そう思うだけで、私は少しだけ救われた気がした。




