あの男
東雲さんが口を開く。
「三並君、もしかして気付いてなかった?」
「え?」
「ここは私の家だよ」
その言葉の意味を理解するまでに少し時間がかかった。
「え?」
「私の実家なの。ここ」
東雲さんは私を見据えながら、そう言った。
「え?」
私はもう一度、訊ね返した。
「だから、私が住んでる家。実家なんだよね」
東雲さんは困ったように笑いつつ、答えをくれた。
「じゃ、じゃあ、東雲さんはここに一人で暮らしていたわけじゃないんですね?」
「もちろん」
東雲さんは私の目をじっと見つめてくる。
「ところで」
「何でしょうか」
「三並君はいつまでここにいるつもり?」
「いつまでって……それは」
「明日も明後日も泊まるつもりだったりするの?」
「……」
私は無言のまま、東雲さんの視線を受け止めた。東雲さんの目は真っ直ぐに私を捉えている。冗談や嘘では誤魔化せなさそうだと思った。
「実は、まだ決めていません」
「そう」
「すみません」
「どうして三並君が謝るの?」
「迷惑でしょうし、それに、やっぱり私はここにいない方がいいと思います」
「私としてはいてもいいんだけどね」
「そう言ってもらえるのは嬉しいです。本当に」
だけど、これ以上、東雲さんと過ごす時間が長引くことは避けたかった。
「じゃあ、せめて今日だけはいます」
私は言った。
「ありがとうございます」
「別にお礼を言われるようなことじゃないと思うけど」
東雲さんは苦笑した。
「まあ、そういうことならいいよ。今夜だけだからね」
「はい」
私は心の底から感謝しながら、味噌汁を口に運んだ。
「あの男、今度、また来たりしますかね」
食事を済ませ、東雲さんがお茶を出してくれた後、私達はソファに座ってテレビを見始めた。画面の中では、先程の薬物についての特集が組まれていて、キャスター達が真剣な表情で話している。
「どうかな」
湯飲みを手にしたまま、東雲さんは呟く。
「でも、しばらくは来ないんじゃないかな」
「どうしてですか?」
私が訊ねると、東雲さんは少しの間を置いて答えた。
「きっと、もうここには戻ってこられないだろうから」
「え?」
どういう意味か分からず、私は東雲さんの顔を見つめる。東雲さんは微笑んでいたけれど、その目には寂しさのようなものが浮かんでいるように見えた。
「あの男は、私のことを恨んでるみたいだから」
「そうなんですか?」
「うん。私が、あの人をあんな風にしてしまったんだと思う」
「……」
「ごめんね、変なこと言って」
東雲さんは申し訳なさそうに笑う。
「そろそろ、寝ようかな。疲れちゃったし」
時計を見ると、時刻は午後11時を過ぎていた。
「あ、私のせいですよね。すみません」
「三並君のせいじゃないってば」
東雲さんは立ち上がると、「先にシャワー浴びてもいい?」と尋ねてきたので、私も立ち上がった。脱衣所の前で東雲さんを見送り、部屋に戻ると、私はベッドの上に倒れ込んだ。東雲さんの家は思っていたよりも広かった。この部屋の他にも居間と寝室があるらしい。風呂場も当然のように二つあり、トイレは三つもある。東雲さんが普段使っているのであろう方の浴槽には、既に水滴の跡があった。東雲さんの父親はどんな人なんだろうかと考えながら目を閉じると、すぐに睡魔が訪れた。




