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林田力 短編小説集  作者: 林田力
東雲さん
20/103

ハンバーグとポテトサラダ

私は電車の中で私はずっと落ち込んでいた。あんな初歩的な間違いをするなんて。情けない。東雲さんの足を引っ張ってしまうことになるかもしれない。それが怖かった。ふと顔を上げると、窓の外には見覚えのある景色が広がっていた。そこは、東雲さんの家の最寄り駅だ。


東雲さんの家に遊びに行ったことはまだなかった。一度くらい行ってみたいな、と思った。しかし、さすがに図々しいだろうか。男友達ならともかくとして、女の子の部屋に行きたいというのは。いや、しかし、東雲さんはきっと私が頼めば部屋に入れてくれるだろう。それは分かっている。問題は私がそれを言えるかどうかなのだ。私が何も言わなければ、東雲さんは部屋に招き入れてくれないような気がする。私は悩んだ末に、メールを送ることにした。

「今、あなたの家の近くです」

それだけの文面だが、送信するのはかなり緊張した。送ってしまえば、もう取り返しがつかない。ドキドキしながら待っていると、すぐに返事が来た。

「お疲れ様です」

たった一言だけの短いメール。それでも嬉しい。

「これからそちらに向かいたいのですが、よろしいでしょうか?」

私はそう返信した。すると、またすぐに返ってきた。

「どうぞ」

私は立ち上がり、ホームへと降り立った。改札を出て、階段を下りる。東雲さんの家へと向かう途中にあるコンビニで飲み物を買っていくことにする。私はペットボトルのお茶を手に取った。レジに向かおうとすると、そこには東雲さんがいた。

「あ、三並君」

彼女は驚いたように目を見開いている。

「こんばんは」

「こんなところで会うなんて思ってもみなかったよ」

「私もです」

私は会計を済ませ、東雲さんと共に店を出た。

「三並君はこっちによく来るの?」

「いえ、今日はたまたまです」

「そっか」

東雲さんは微笑んでいる。その笑顔が可愛くて、私は目を逸らした。

「東雲さんは買い物ですか?」

「うん。夕飯の材料を買いに来たんだ」

「へぇ」

「良かったら、何か食べていく?」

「え? いいんですか?」

「うん。簡単なものしか作れないけど」

「じゃあ、お願いします」

「分かった。じゃあ、行こっか」

東雲さんは歩き出した。私もそれについて行く。東雲さんは私の少し前を歩いていた。時折振り返り、目が合うと微笑んでくれる。そんな彼女に、私は胸が高鳴るのを感じていた。

家に入ると、東雲さんは手早く料理の準備をした。といっても、食材の下準備はほとんど終わっているようで、後はフライパンに油を引いて炒めたり煮たりするだけだったようだけれど。

「ごめんね。あんまり凝ったものはできなくて」

そう言いながらも、テーブルの上に並べられたのはハンバーグやポテトサラダなど、私にとっては充分に豪華な食事だった。

「いただきます」

「どうぞ召し上がれ」

東雲さんに促され、まずはハンバーグを口に運ぶ。しっかりと味付けされていて、とても美味しかった。

「おいしい」

「本当?」

「はい」

「良かった」

東雲さんは嬉しそうな顔をしていた。食事をしている間、色々な話をした。東雲さんの仕事のこととか、学校のこととか。私にはよく分からない話題もあったけど、東雲さんが楽しそうな顔をしていたから、それでいいかと思うことができた。

「ごちそうさまでした」

食事を終えると、私は東雲さんに礼を言う。

「どういたしまして」

「すごくおいしかったですよ」

「うん。でも、冷凍食品だからね。今度からはちゃんと作るようにするよ」

東雲さんの言葉を聞いて、私は苦笑した。

「別に無理してそういうことをする必要ないと思いますけど」

「だって、せっかくなら自分の手で作りたいじゃない」

「まぁ、それは分かりますけど……それにしてもすごいですね」

「何が?」

「一人でご飯を作るなんて」

「慣れれば大したことないよ」

「私は一人だと、毎日ラーメンになる自信があります」

「それはダメだと思う」

きっぱりと東雲さんは言った。

「分かってますって」

料理が上達すれば、色々なものが食べられるようになり、人生が豊かになる。そもそも、なぜ料理を作るのか? それは、自分の生活の質を向上させるためである。例えば、自炊をすると食費を抑えられるし、健康的な食事ができるし、栄養バランスの整った食事ができるようになる。また、自分で作った料理を食べることで、自分がどれだけ頑張って生きているのかを実感することができる。料理をすることによって得られるメリットは、たくさんある。

「本当に?」

「……多分」

私が答えると、東雲さんはくすっと笑う。そして立ち上がった。

「洗い物してくるから待ってて」

「手伝いましょうか?」

「いいから座ってて」

私は大人しく腰掛ける。台所で食器を洗う東雲さんの後ろ姿を見ながら、ぼんやりと考える。こうして一緒に過ごせるだけでも幸せなのに、これ以上を望むのは欲張りすぎているだろうか。


「お待たせしました」

10分後、東雲さんは戻ってきた。

「すみません。片付けまでさせてしまって」

「いいんだよ。これくらい」

東雲さんはそう言って微笑む。それからソファに座って、テレビの電源を入れた。

「三並君はいつもこの時間はテレビを見るの?」

「そうですね。ニュースを見たり、ドラマを見たりすることが多いです」

「ふぅん」

東雲さんはあまり興味がないのか、適当な相槌を打っていた。しかし、チャンネルを回していくうちに彼女の目は画面に釘づけになった。

「あ」

東雲さんが小さく声を上げたので、私は彼女と同じように画面を見つめた。そこに映っていたのは、ニュース番組の中の一コーナーだった。

『最近、中高生の間で広がっている薬物について』

そう書かれたテロップの下に、見覚えのある顔写真があった。

「…………」

それは、以前、私の部屋に現れたあの男の写真だった。

「東雲さん、これ……」

私は思わず呟いていた。

「うん。知ってるよ」

東雲さんの声が震えていた。

「そんな怖い顔をしないで。もう終わったことだし、私は気にしていないから」

東雲さんは微笑んでそう言ったけれど、私にとっては問題だった。確かに東雲さんが許してくれたとしても、私自身が自分を許せない。

「すみませんでした」

私は深々と頭を下げた。すると東雲さんは首を横に振る。

「謝らなくていいよ。そもそも、三並君のせいって訳でもないし」

「でも……」

「それでさ。三並君は、あの男の人を見た時、どう思った?」

「どう、とは?」

「怖かったとか、気持ち悪かったとか」

「正直、よく分かりません。でも、普通じゃない感じがしました」

「うん」


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