時鐘
「そうか、お前たちは自由だな。よし、その気概を買ってやるぞ。だが、お前たちにも守って貰うことがある。それは何だと思う?」
「金ですか?」
「違う!」
「じゃあ、何です?」
「情報だよ。情報を握っておくことだ。どんなに儲けても情報が無ければ、直ぐに行き詰まるからな。そして、情報を握れば大きな力となる。だから、俺はお前たちを守ってやろうと思う」
「ありがとうございます」
「ところで、お前たちのところには優秀な番頭がいるのか?いなければ、誰か紹介してやってもいいが……」
林田のところには有能な番頭がいない。常日頃からお供廻りの三人がいて不足はないのだが、その三人では到底、林田の要求に応え切れない。それで、三人のうちで一人ぐらいはどうしても見込のある人を紹介して欲しかったのだ。
「いえ、私どもには番頭などおりません」
「それなら、俺の方で選んでおいてやろう。それから、もう一つ頼みがある。この店にある商品の中で欲しいものがあるんだ」
「どのようなものでございましょう?」
「まずは、これだ」
林田は懐中時計を取り出した。
「これは?」
「これは『時鐘』というものだ」
「ほう……これが『時鐘』でございますか……。初めて見る品物でございますね。しかし、一体どういうものなのでしょう?」
「まぁ、見ていろ」
林田はそう言うと、『時鐘』を手に取って蓋を開いた。すると、文字盤の上に小さな鈴が付いているのが見える。それを指先で摘むようにして揺らすと、チリンチリンと澄んだ音が鳴り響いた。
「なるほど、確かに『時鐘』ですね」
「そうだろ! これを俺に譲ってくれないだろうか?」
「えっ!? 譲るんですか? 売っていただけるものと思っていましたが……」
「いいんだよ!それと、こっちもあるんだけど、これも一緒に買い取らせてもらって構わないかな?」
林田はもう一つの品物をカウンターの上に置いた。
「こちらは……『紙巻き煙草』ですか?」
「ああ、そうだよ! それも結構高いんだぜ。一本十円くらいするんじゃないかな?」
「そうなんですか。でも、こんなものが何かのお役に立つんでしょうか?」
「もちろん立つさ。実は、これから俺が作ろうとしている会社の名前にも入っている言葉なんだ。その会社が何をするところなのか、今はまだ言えないけどな」
「はぁ……」
店主は首を傾げた。そんなことを言われても、それが何を意味するのか理解できなかったからだ。
「じゃあ、そいつを全部くれ!」
「全部ですか?……分かりました。では、こちらへお願いします」
「はい、全部で九千八百六十二円になります」
「うーん……ちょっと足りないみたいだけど、もう一回両替してくれないか?」
「はい、かしこまりました」
一万円札を差し出すと、今度は二千円分を渡された。
「これでいかがでしょう?」
「うん、ちょうどあるはずだ」
林田はそれをポケットの中に押し込むと、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、また来るよ!」
「ありがとうございました」
林田は店を後にした。そして、そのまま大通りに出るとタクシーを捕まえて乗り込んだ。運転手に行き先を告げるとシートに深く腰掛けて目を瞑った。
林田は自宅に戻ると早速、作業に取り掛かった。最初に取りかかったのは、先程手に入れたばかりの『時鐘』である。これは林田にとって非常に重要な意味を持つものだったのだ。なぜならば、この『時鐘』は林田がこの世界に入るきっかけとなったものであるからである。大学を卒業してから林田の人生は大きく変わった。林田は自分なりの道を模索し始めたのだ。林田は自分の才能を活かして社会に貢献する道を選んだ。それが『時鐘』の開発であり、それを世に広めることであった。
林田はこの『時鐘』を開発するに当たって、いくつかの条件を設けた。その一つは、この『時鐘』が誰でも簡単に使えるようにしなければならないということ。もう一つは、この『時鐘』を使って世の中を変えることができるような仕組みを作るということである。この二つさえクリアできれば、林田はどんなことがあってもやり遂げる自信があった。
林田は『時鐘』を開発したことによって、自分の能力を最大限に発揮できる場所を手に入れた。林田は『時鐘』という道具を通じて人々の生活を向上させた。その結果として、林田は巨万の富を得た。林田は『時鐘』を通して、世のため人のために働く喜びを知った。林田はそのことに満足していた。
しかし、林田には一つの悩みがあった。林田は『時鐘』によって多くの人の生活を豊かにした。しかし、それによって林田は多くの人から尊敬されるようになったのだが、それと同時に多くの人々から妬まれるようになってしまったのだ。
林田は『時鐘』で人々を幸せにしてあげたかっただけなのに、どうしてこんなことになったのか、林田は不思議でならなかった。林田は考えた末に、その原因は自分自身にあるのではないかと思った。つまり、『時鐘』は林田の個人的な発明であって、それを世間一般に普及させたのは林田の独断によるものなのだ。それ故に、人々は林田の行為に対して感謝すると同時に、嫉妬の念を抱くようになったのではないだろうか? そう考えると、辻妻が合う気がする。
林田はそのことを自覚すると、すぐに行動を起こした。林田はまず会社を作った。そして、そこに社員を集めた。林田の目的はただ一つ、この『時鐘』をより多くの人に使ってもらうことであった。そのために、林田は『時鐘』を改良することにした。
『時鐘』は時という文字が入っていることから分かる通り、時間を計ることのできる道具である。林田は『時鐘』を改良して、その機能を充実させることにした。具体的には、文字盤の上に付いている鈴の代わりに、別のものを取り付けて音が鳴るようにするのである。
林田はすぐに鈴に代わるものを探し回った。鈴は古くから使われている伝統的な道具であるが、その音がうるさいという理由であまり好まれていない。だから、代わりになるものを探す必要があった。林田はデパートや楽器店などを回ってみたが、なかなか良いものが見つからなかった。
結局、林田は自分で作ることにした。林田は子供の頃から工作が得意だったし、機械いじりが好きだったので、そういう作業は苦にはならなかった。林田は早速、必要な材料を買い集めてきた。そして、それを組み立てると、早速テストしてみることにした。
林田は試作品第一号を家の裏庭に置いておいた。その日は朝早くから雨が降っていたので、林田は傘をさしながら家を出た。林田は『時鐘』を片手に持ちながら歩いていた。そして、いつものように大通りに出たところでタクシーを捕まえようとした。ところが、タクシーの姿はどこにもなかった。
「あれっ?」
林田は首を傾げた。タクシーは大通りにいくらでも走っているはずなのに、今日に限って一台も見当たらないのである。林田はタクシーが見つからない理由を考えた。考えられる理由は三つあった。第一の理由としては、たまたま近くにいないだけかもしれないということ。第二の理由としては、運転手が風邪を引いて休んでいるのかもしれないということである。第三の理由としては、道路が渋滞しているか何かの理由で車が動かせない状況になっている可能性があるということだ。林田はしばらく考えてから決断した。
「よし! とりあえず、近くのコンビニまで行ってみるかな」
林田は大通りに出ると、そのまま真っ直ぐ進んでいった。ところが、どれだけ走っても一向に目的地に着く気配がなかった。林田はおかしいなと思いながらも、さらに走り続けた。しかし、それでも状況は変わらなかった。林田は次第に不安になり始めた。
「まさか、道に迷ったんじゃないだろうね……」
林田は立ち止まって辺りを見回したが、見覚えのある景色はどこにもない。どうしようと思って悩んでいても仕方がない。林田は決心して歩き始めた。それから、林田は何度か道を曲がったり、引き返したりを繰り返した。しかし、どこに行っても同じ風景が広がっているだけで、同じ場所に戻ってくるような感じであった。林田は徐々に焦ってきた。
林田は腕時計を見た。時刻は午後四時になろうとしているところだ。林田は思った。
「これが時鐘の効果か」




