銅山銅吉どこにいる
「銅山銅吉どこにいる」
「ここにいる」
「何か用かい」
「用じゃない」
「用がないなら呼ぶんじゃない」
「ああ!?」
「こっちは忙しいんだからね」
「そうかいそうかい。忙しけりゃいいさ。じゃあなさよなら」
「そうですわね。あなたも少しはお考えなさいませ」
「何を考えろとおっしゃるのかしら?」
「二人で話したいことがある」
私は静かに言った。
「では、応接間で待っていてください。すぐに戻ります」
銅吉は渋々席を立った。
「誰が誰の娘だあ?」
「ごめんなさい。あなたを騙していたわけではないんです。ただ──」
そこで言葉を切る。それから銅吉は何か言い繕おうとしたのだが、私の方こそ言葉を失っていたのだ。私は何も言うことができなかった。
沈黙を誤解して取ったのだろう。
「こんなことになるなんて思ってなくて……ほんとうに残念だわ」
「私こそ、変な話に付き合わせてすみませんでした」
銅吉は俯いたままで言った。
「あの、もしよかったらこれから一緒に食事でもどうですか? もちろん私が奢らせていただきますよ」
「ありがとうございます。でも今日はちょっと都合が悪いんです」
「そうですか。それは残念ですね。それじゃまた今度」
「はい、ぜひ」
銅吉が部屋を出ていくまで、私は銅吉の後ろ姿を眺めていた。その背中にはどこか寂しげな雰囲気があった。私は一人になった後、しばらくぼんやりとしていた。やがて我に帰ると、自分の行動について考えた。なぜあんなことを言ってしまったのか自分でもよくわからない。だが、とにかく銅吉に謝っておきたかった。そしてできればもう一度話をしたかった。しかし、もう遅いかもしれない。私はため息をつくと、椅子に深く腰掛けて目を閉じた。
「おい、起きろ!」
誰かの声とともに肩を強く揺すられた。目を開けると、目の前に見覚えのある顔がある。
「あれ……ここはどこだっけ?」
「寝ぼけてる場合か! 早く逃げるぞ!」
「逃げるって何を言ってるんだ君は……うわぁーッ!!」
私は思わず悲鳴を上げた。なぜなら、目の前にいる男がいきなり服を脱ぎ始めたからだ。しかも上半身裸である。
「ちょ、ちょっと君! 一体何やってんだよ!?」
「うるさい黙れ! お前だって脱げばわかる!」
「だからどうしてそうなるんだ!?」
「そんなことより時間がない! 急ぐぞ!」
彼は強引に私の上着を引っ張った。
「分かったから引っ張らないでくれ! 自分でやるから!」
私は慌ててシャツに手をかけた。その時になって初めて気がついたのだが、彼の体には無数の傷跡があった。まるで刃物で切りつけたような生々しい痕だった。私はそれ以上考えるのをやめた。
「よし、行くぞ!」
「あ、ああ」
私達は廊下を走り出した。
「こっちだ!」
彼が手招きする方に走る。階段を駆け下りると、そこには見慣れない光景が広がっていた。そこは薄暗い地下道のような場所であり、壁や天井からは太いパイプのようなものが何本も突き出ている。そして床には大小様々な機械類が置かれており、それらはすべてケーブルによって接続されていた。
「なんだこれ……どういうことだ?」
「説明はあとだ! 今は逃げないと殺されるぞ!」
「殺され……え?」
振り返ると、そこに人影があった。
「やっと見つけたぜぇ」
男は不気味に笑っていた。男はゆっくりと近づいてくる。私は反射的に身構えたが、すぐにそれが無駄なことだと悟った。相手は明らかに素人ではない。おそらく武術の心得もあるはずだ。それにこちらの手札を知られている以上、下手な小細工は通用しないだろう。つまり、正面からぶつかるしかないというわけだ。
「さあ、おとなしくそいつを渡してもらおうか」
「断ると言ったらどうなる?」
「別にどうにもならねえよ」
「そうかい」
「ただし、痛い目に合うことになるけどな」
「それは困るな」
「ならさっさと渡せ」
「悪いがそういう訳にいかない」
「そうか」
次の瞬間、男の姿は私の視界から消えていた。
「くっ……」
かろうじて反応できたものの、完全には避けきれなかった。相手の蹴りをまともに受けてしまい、そのまま壁に叩きつけられる。衝撃で肺の中の空気がすべて吐き出された。一瞬意識を失いかける。だが、ここで倒れるわけにはいかない。
「へえ、今のを避けるとは大したものだな」
「お褒めの言葉どうもありがとう」
私は口元の血を拭いながら立ち上がった。
「しかし、どうやらあんまり余裕はなさそうだな」
「そうでもないよ」
「強がりを言うな。どう見ても限界だろう」
「確かにね。でも、君を倒すくらいの力はあるつもりだよ」
「面白い冗談だな。俺を倒したければ、最低でもレベル50以上の装備が必要だ」
「残念ながら、私はそこまで強くはないんでね」
「まあいい。どちらにせよお前の命運はここまでってことだ」
そう言うと、男は懐から何かを取り出した。それは手の平に乗るほどの大きさをした黒い箱状の物体であった。
「それは……まさか」
「ご名答。こいつは爆弾さ」
「なぜ君がそんなものを持っている?」
「俺は何でも持っている」
「君の目的は何だい?」
「簡単な話だ。お前がそれを起動させる前に殺す」
「どうして私がそんなことをすると──」
「そんなことは知らん。ただ、お前がそれを手に取った時点で、俺達は終わりだということは確かだ」
「…………」
私は無言のまま、男の手元にある装置を見つめた。
「わかったようだな。じゃあ大人しくそいつを渡すんだ。そうしたら命だけは助けてやる」
「残念だけど、それだけはできない相談だ」
「そうか。じゃあ仕方ない」
「ああ」
「死ね」
男がボタンを押すと、突然、背後の壁が崩れ落ちた。
「しまった!」
私は慌ててその場を離れた。その直後、壁の向こう側から爆発音が聞こえてくる。
「ちっ、外したか。おい、逃げるぞ! 早く来い!」
男たちは慌ただしく走り去っていった。残された私はしばらく呆然としていた。
「とりあえず助かったみたいだな」
呟いた後で大きく息を吐いた。そして、先ほどの出来事について考えた。あの時、私は間違いなく死ぬはずだった。にもかかわらず、こうして生きているということは、誰かに助けられたということだろうか。
「いったい誰が……」
その時になって初めて、自分が何者かに抱えられていることに気づいた。顔を上げると、そこには見覚えのある少女の顔があった。
「君は……」
「大丈夫ですか、先輩」
彼女は心配そうな表情で私を見ていた。




