第八話「勘違い勇者②」
スキル『童貞』が覚醒したハルトは最上位魔法を使いこなし、エリスを圧倒していた。
「……勝てない? 勝敗が単純な力の差だけで決まるとでも思ってるようね」
エリスは腹部を押さえ、フラフラしながらも立ち上がる。
「まだ私は本領を発揮していない。
お忘れかしら? 私はサキュバスなのよ」
エリスはボロボロに破れた衣服を脱ぎ去る。
すると、大人の妖艶なボディが露わになった。
女性の私でもエリスの完璧なプロポーションにあてられそうになるほど、サキュバスの裸体には相手を魅了する力があるようだ。
さらに、エリスは破裂して短くなった尻尾の先からローションのような体液を自分自身にかけ始め、全身がツヤツヤしてとてつもなくエロい姿になる。
「私のテクで落ちなかった男はいない!! サキュバスの技で昇天させてやる!」
ヌルヌルでツヤツヤな体をハルトに絡め始める。
しまった!! あれは童貞のハルトには刺激が強すぎる!!
いくら最強の召喚勇者といえど、ハルトもサキュバスの格好の餌食である男。それも、ハルトは性欲に忠実な男。あんな状態のエリスに襲われたらひとたまりもない。
エリスの豊満なバストに理性を保っていられるはずがない!と私は危惧する。
ハルトは体全身を舐めるかのように絡められて、固まってしまったかのように微動だにしない。
「ふふふ! 固まっちゃって可愛いわね!
刺激が強すぎて頭がショートしちゃったんじゃない?」
されるがまま、沈黙していたハルトはついに、エリスの肩をがしっと掴み、今にも襲いかかってしまいそうな様子。
「あん♡ いいわよ!
あなたの激情のまま、私の体を貪りなさい!!」
絶体絶命と思われたその時、沈黙していたハルトが思わぬ反応を見せる。
「フッ…! 風邪ひくぜ⭐︎」
「?!!」
なんと自分の腰に巻いていたシーツをハルトはエリスにかけはじめた。
なんだ、あの紳士のような対応は?!
童貞を拗らせていたハルトとは思えないほどの余裕だった。
「な、なによ!童貞のくせに強がっちゃって!」
ハルトの反応に調子が狂ったのか、エリスが動揺を見せる。
「あぁ、強がってるよ。あんたが魅力的すぎるから……」
ーートゥインク!
ハルトの言葉にドキッとするエリス。
誘惑に耐えるだけどころか、女の子が言われて嬉しい一言をさりげなく添える気遣いまで出来るだと?!
性欲の権化のようであったはずのハルトが、性欲を超越した格式高い、賢者に見えてくる。
「あんたにサキュバスは向いていない。
俺にはあんたが傷ついているように見える」
全裸のハルトが悟りを開いたようなシリアス顔で語り始める。
「傷ついてるですって? 私がサキュバスとして生きる事に無理してるとでも?」
「ああ、そうだ。あんたは寂しい人なんだ」
「本当はただ誰かに愛されたいって思っている。それは、どんなに男を落とすテクを身につけようと手に入らない。……あんたもわかっているはずだろう?」
「わかったような口を聞くんじゃないわよ!」
エリスは今までにないほどに動揺した表情を見せる。
「私に向けられる愛は男どもの下心の混じった偽物の愛。
それを本物の愛のように私に向けてくる。
それでもその愛を受け入れなきゃ生きていけない。私がサキュバスだから。
あんた達人間には私のこの気持ちなんてわからないわよ!」
……あれ? どういう展開だコレ。私はなんだか、嫌な予感がしてくる。
「……そんなことないさ」
「わからないわ!! 私は下卑た男どもの精を貪って生きる、この生き方しか知らない。
あなた達人間とは分かり合えないのよ!」
エリスは立ち上がり、懐のナイフを取り出す。決死の覚悟といった様子だ。
「……」
ハルトは何を思ったのか、ユニークスキルを解いて元の姿に戻った。
「ハルト!? 何してるの?!」
私の言葉に耳も貸さず、ナイフを持って向かってくるエリスに対して腕を広げるハルト。
「?!」
「もう、やめましょう。こんな戦い……。争う理由なんてない」
「……どういうつもりかしら?」
エリスはハルトの妙な行動を不気味に思い
ナイフを構えたまま立ち止まり、ハルトの次の行動に警戒している。
「俺は……俺は!!」
「あなたに童貞を捧げたい!! あなたの事が好きだから!!!」
……ん? 何言ってるんだコイツは?
先程感じた嫌な予感は見事に的中した。
「な、何ふざけたこと言って……!」
「ふざけてない! サキュバスでも、酒場の店主でもない本当のあなたに童貞を捧げたいんだ!」
いたって真面目な表情で熱弁するハルト。
「な、何が童貞を捧げたいだ! あんたも結局、他の男達と変わらないわよ!」
エリスはそう言い、もう一度ナイフを構えてハルトの方に駆け出そうとする。
「勿体ないって野菜のヘタも食べようとするあなたが好きだ!」
「?!」
「持てないくせに、意地を張って重い物を持とうとするあなたが好きだ! キャベツを切るあなたの心地いいリズムが好きだ!」
ナイフを持って向かってくるエリスにハルトはただ、
自分がエリスの好きなところを連呼する。真っ直ぐ、エリスの目を見て。
「どんな人でも受け入れて、抱え込んでくれるその儚げな笑顔が好きなんだ!
その笑顔を俺だけに向けてほしい。大好きなあなただからこそ、捧げたい!! この気持ちは本物だ!!」
……え? なに、告白なのこれ?
私はおそらく人類史上一番最低な告白を、目の当たりにしている。
こんな告白にときめく女性はいるのだろうか。
などと私が考えていると、
ハルトに向かっていったエリスは、ハルトの言葉を聞くたびに勢いを無くしていき、ハルトの目の前へたどり着く頃にはエリスは、脱力したように持っていたナイフを落とし、泣き崩れた。
「……なんなのよ、もうっ」
「もうあなたは男を誘惑しなくていい。
魔王軍から足を洗って俺と共に生きましょう」
エリスの手をとるハルト。
「……でもわたしはあなたの事、何にも知らない」
「これから知って行けばいい。二人で人間として生きていくんです」
「……」
「……それはできない」
エリスは自分の腹部にナイフを突き刺した。
グフっと倒れるエリス。
「な、なんで…….?」
動揺しながら、エリスを抱えるハルト。
「私が魔王軍を抜ければ追っ手がかかる。
そうなるときっと、奴らは私が死ぬまで追いかけてくる。魔王はそういう奴なの」
「もしかして、俺のために……」
エリスはフフッと口角をあげる。
その様子をみて、涙を流すハルト。
「私が一緒にいたらあなたにも危険が及ぶ。
それは嫌なの」
「……あなたはこんな私を好きだといってくれた人だから」
「……だから、ありがとう」
最後にニコッ微笑み、安らかな表情で意識を失うエリス。
「エリスさん!!」
ハルトはエリスに何度も呼びかける。
しかし、その返事は一度も返って来ることはなかった。
ハルトの叫び声だけが部屋の中に響き渡る。
私はその虚しい背中をただ眺めることしか出来なかった。
………………………え? なにこれ。
すごいシリアスな展開についていけてないのは私だけだろうか。
魔王軍の幹部を倒してんのになんか喜んじゃいけない雰囲気になってるんですけど?!
なに感傷に浸ってんだよ!!変態勇者!
何故か、いたたまれない空気で喜べずにいる私を傍目に、エリスはハルトの腕に抱えられたまま、塵になって消えていった。
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