第六話「童貞を卒業するため」
外の光が届かない、地下の暗い部屋にハルトは来た。私の悲鳴を聞いて。
「あら、なんであなたがここにいるのかしら?
メインディッシュは最後にとっておいたはずなのに」
私を助けに入ってきたハルトに、エリスは睨みを効かせる。
「……メインディッシュか、悲しい事言ってくれるじゃねぇか」
ハルトは私の拘束具を外し、自分のジャケットを被せた。
「あの時の言葉も嘘だったってわけか」
「ええ、そうよ。あなたに向けた言葉は全て嘘。一芝居打たせてもらったわ。あなたを食べるためにね」
ニヤリと笑うエリス。
「え?! 食べてくれるんですか?! ありがとうございます!!」
何を勘違いしたのか、ハルトは興奮した表情で綺麗なお辞儀をみせる。
「……なにお礼言ってんの?」
私は軽蔑した目でハルトを見てやった。
「バカやろう!サキュバスに食べられるってのは男の夢だぞ!」
何故か私が怒られる。
私は間違っているのだろうか……。
「フフ、その通り。私に食べられる事を光栄に思いなさい。それに私は魔王軍一の大喰らいでね……」
「おお!!」
期待して鼻の穴を膨らませる変態勇者。
「骨も残さず飲み込むことから『暴食のエリス』って呼ばれてるの♡」
エリスは尻尾をモンスターの口のように大きく開いて見せた。
開かれた尻尾の口は意識のある怪物のように禍々しい見た目をしている。
「食べるってそういう……」
想像していたものと違い、たじろぐハルト。
「さぁ!私を満足させなさい!!」
エリスの尻尾がハルトに襲いかかってくる。
「ぎゃーー!!」
悲鳴を上げて部屋中を逃げ回るハルト。
先程の余裕はどこへやら。
「ちょっと! 助けに来てくれたんじゃないの?!」
「んなこと言われてもー!!」
ハルトはエリスの尻尾をギリギリで回避している。
「あ、そうだ!スキル! あなたは召喚勇者!
強力なスキルを宿しているばすなの! 早く使いなさい!」
「はぁ?! スキル? そんなのしらねぇよ!」
「え?! この世界に来た時、女神様から貰ったはずでしょ?!」
「使い方なんて知らねぇし、そんなもん貰った覚えもねぇよ!」
?!!
そんなはずはない、召喚勇者には特別なスキルが与えられ、この世に転生すると伝えられている。
今までそんなケースは言い伝えられていない。
私が考えを巡らせていると、
ガブ!!とエリスの尻尾がハルトの脇腹にかぶりついた。
「ぐあぁぁ!!!」
ハルトの脇腹がえぐられ、血が溢れ出てくる。
「ハルト!!」
「ウフフ、まだ食べはしないわよ。
抵抗できなくなるまで遊んであげるわ」
「ぐっ…くそ!」
尻尾についたハルトの血を眺め、悦な表情を浮かべるエリス。
対してハルトは脇腹の血が止まらず、自分で立っているのもやっとの状態だった。
力の差は明らかだった。
相手が魔王軍幹部でハルトがスキルを使えないこの状況、はっきり言って私達に勝ち筋は残されていなかった。
「……逃げなさい」
私はハルトの前に立ち、杖を取り出してエリスに向かって構えた。
「はぁ?」
「あいつの相手は私がする」
「……そんなフラフラな状態でか?」
ハルトは私のおぼつかない足元を見てそう言ったのだろう。
どうやら私も、タガが外れた異常な力の男達に襲われた時、足を折られていたらしい。
「ええ、フラフラだろうがあいつに勝たなきゃいけないんだ。私は」
私はエリスに向かって杖を向ける。
「オリビア姉さんを助けるために。
こんなところで死んでられない!!」
左足の感覚が麻痺して、正直なところ立っているのがやっとだ。
それでも、私がハルトより先に逃げるわけにはいかなかった。
ハルトは私が召喚した勇者だからだ。
「フッ! あなたみたいな小娘に私は止められないわよ!!」
エリスは容赦なく尻尾の口を大きく開けて襲いかかってくる。
「くっ……!!」
私は杖を構えて、対抗しようとするが
左足の踏ん張りが効かずに体勢を崩してしまう。
食べられると思ったその瞬間、私の目の前にはハルトの背中があった。
ハルトが私を庇い、エリスの尻尾を受け止めたのだ。
牙がハルトの肩や足にめり込んでいる。
「ハァ、ハァ。……だったらなおさら、お前をこんなところで死なせるわけにはいかねぇな! それにお姉さんに俺の事を紹介してもらわなきゃならねぇし!」
血だらけでエリスの尻尾を抑えているハルト。
「自分の召喚者を命をかけて守る忠誠心。
なんて素敵な光景かしら。素晴らしい騎士道精神ね」
茶化すエリスにそんなんじゃねぇよとハルト。
「……なんで、そこまで。
あんたが命をかける理由なんてないじゃない……」
ハルトは私の召喚術でこの世界に連れてこられただけだから。
この世界を、私の姉を命をかけてまで救おうとする理由はない。……そのはずなのに。
「……命をかける理由? そんなの決まってんだろ」
「童貞を卒業するため!」
ボロボロなくせにニヤリと笑うハルト。
「何バカなこと言って……」
「バカ? フン、……俺からしたら誰かのために命をかける方がバカバカしいぜ。
俺は俺が本気で命を燃やせるものに命をかける」
「……ハルト」
私は頬の涙を拭う。
ハルトはエリスの尻尾を押し返すが
腕や足からは止めどなく血が流れている。
「男ってホント単純でバカな生き物ね。
……もうお遊びはおしまいよ。私の養分になってもらうわね!」
エリスは先程の攻撃よりも大きく口を開けて
ハルトの前に立ち塞がる。
上から覆いかぶさるようにエリスの尻尾がハルトを襲う。
「ハルト!!」
私がハルトの名前を叫ぶと、ハルトは私の方に振り向き、ニッと笑顔を向けた。
ーーーまるで、オリビア姉さんのように。
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第七話「勘違い勇者」