3.お茶会を切り抜けろ
ダリルの希望通り、私はアーサーの誕生会に行かなかったし、私の家族も私達の仲を認めた。
思うように話が進んでご機嫌な様子のダリルにほっとしていた時、私に厄介な手紙が届いてしまった。アーサーからお茶会の招待状だ。
いくら我が家が力のある公爵家でも、王太子直々の招待を簡単には断れない。
「行かないわけにはいかないねぇ」
父がそう言うのだから、ダリルだって反対することはできない。
「あのクソ王太子、やっぱり殺しとくべきだったか……」
ダリルが言うと冗談に聞こえないから怖いのよね。ダリルがアーサーに手を出したら、アルバルス家は取り潰しよ。私は処刑されて、結局長生きできないじゃない。
「自分は誰の物なのか分かってるよな?」
そんな感じで、招待状が来た時にはかなりしつこかったダリルだけど、不思議なことにお茶会が近づくにつれて何も言わなくなった。しかも当日なんて朝早くから出かけたみたいで顔も見ていない。
うふふ。よかった。ダリルにはバレないよう隠してたけど、実はちょっとだけお茶会のこと、楽しみにしてたのよね。
とは言っても別にアーサーに会いたいわけじゃない。お茶会で出るお菓子が目当てなのだ。うちのパティシエの作るお菓子も美味しいんだけど、お城のパティシエの作る物は別格だ。特にパイが素晴らしい。
それに超がつくほど心配性の家族からなかなか外出許可をもらえない私にとって、久しぶりに屋敷の外に出る機会だもん。ウキウキしちゃうのも無理はないでしょ。
心配してついて行くと煩いお兄様をなんとか説得して、いざ城へ。新しいドレスを着て髪も綺麗に結って。うん。私ってばこうやってオシャレしたら結構可愛いんじゃない。
城につき通された庭園は、さすがとしか言えないほど見事に手入れされていた。美しく咲いた薔薇を眺めながら、出迎えてくれるアーサーに微笑みかける。
「アーサー様、本日はお招きありがとうございます」
ほぼ引きこもり生活はしていても、一応9回王太子の婚約者をやっているのだ。こういった場で優雅に振る舞うことなんて、私にとっては簡単だ。
私の訪問を喜んでくれるアーサーの笑顔は相変わらず爽やかで、私の気分も明るくなる。最近ダリルといる事が多かったからかしら? 自分でも気づかないうちにダークサイドに落ちかけていたのかもしれない。
楽しみにしていたお茶受けのお菓子はピーカンナッツパイ。見るからに美味しそうでテンションが上がっちゃうぅぅぅ……ううっ……なんでそこにいるのよ……
私の向かいの席に座るアーサーの背後に、あからさまに殺気を放っているダリルの姿が見えた。朝から姿が見えないと思っていたけど、そっか、今日は王太子の護衛の日だったのね。
ダリルは一応腕が立つ男として名が知られている。前回の人生では「剣神」とかいうあだ名がついて、若い騎士達から尊敬されてたんじゃなかったっけ。だからアーサーの護衛をするのも分かるんだけど。
これだけ殺気を出していたら、護衛なのか暗殺者なのか分からないわよ。
あの殺気は私になのかしら? それともアーサーに? あーあ、せっかくのパイの味がしなくなっちゃったじゃない。
幸か不幸か、アーサーには背後にいるダリルの様子は分かっていない。いつもの様子でパイと紅茶を味わっている。
「マーガレット嬢に会えるのを楽しみにしていたんですよ。本当に噂通り可愛らしい方だ。宰相が隠しておきたくなるのも当然ですね」
は、ははっ……私無事に帰れるかなぁ?
怖くてダリルの顔が見れない。
「あの、アーサー様、父からお話がいったと思うのですが……」
婚約の打診がないのにも関わらず、先にお断りするのって失礼だよね。でも命にはかえられない。
「マーガレット嬢には好きな人がいるので私と結婚できないという話ですね。宰相から聞いていますよ」
よかった。じゃあ今回は婚約しなくてすむのねっと思ったのも束の間、アーサーが面倒な事を言い出した。
「でもマーガレット嬢はまだ婚約したわけじゃないですよね? もし今私が正式な結婚の申し入れをしたら、アルバルス家としては断れないんじゃないですか?」
確かに断れないけど……きっとその前に私かあなたが刺されちゃいますから。
「それにあなた想い人は、あなたの事を好きなわけではないのでは? あなたの両親に恩があるから、あなたの気持ちを無視できないだけでしょう」
えぇー!! 私達ってそんな風に見えてるの?
脅されて断れないのは私の方なのに。
私が何も言わないのは肯定だと受けとったのか、アーサーはやはり自分と結婚してくれないかと言ってくる。
「聡明と噂されるマーガレット嬢には、私があなたと結婚したい理由は分かるでしょう?」
ええ。よく知ってるわ。アーサーが私と結婚したいのは、別に私の事が好きってわけじゃないんだって事はね。
アーサーは王太子の地位を腹違いの兄に奪われないために私と結婚したいのだ。
アーサーの兄は身分の低い母親から産まれた事もあり、正妃であるアーサーの母によって隠居のような生活をさせられている。その兄が有力貴族と手を組みクーデターを起こすのが怖いのだろう。まぁダリルは今までアーサーの兄には関係なくクーデターを起こしてたんだけどね。
アーサーの必死な気持ちは分かるけど、私だって必死よ。だって今度こそ長生きしたいんだもん。私と結婚しなくても、父がアーサーを裏切ったりしない事を分かってもらわなくちゃ。
それからダリルにも。
「アーサー様、私の未来の夫はいずれ騎士団史上最年少で騎士団長の地位につくほど有能な男性です。きっと全力でアーサー様とこの国をお守りするでしょう」
「最年少の騎士団長ですか。難しい事をずいぶん自信満々で言うんですね」
そりゃそうよ。なんたってその姿を嫌というほど見てきたんだから。
どうよ、ダリル? アーサーの事殺すんじゃなくて、少しは守ろうっていう気に……なってないみたいね。依然としてダリルの瞳は鋭く光っている。
「とにかく、私はアーサー様と結婚する事はできません」
これ以上ここにいるのは危険だ。王太子に対して失礼極まりないとは分かっているけど、さっさと帰らせてもらおう。
お父さんごめんなさい。後で尻拭いをお願いします。
挨拶もそこそこに逃げるようにしてアーサーの前から飛び出した。とにかく家に帰ろう。帰ってどうしたらアーサーが私を諦めてくれるか考えなきゃ。
はしたないとは思いつつ、庭園の長い小道を小走りで走る私の腕を誰かが掴んだ。
「ダリル!?」
振り向いた私の目にうつったのは、ひどく不機嫌なダリルの顔だった。ダリルは私の腕を掴んだまま引きずるようにして歩いていく。そのまま私を馬車に放り込むと自らも馬車に乗り込んだ。
「ダリルはアーサー様の護衛中じゃなかったの?」
任務中にこんな事してていいのかしら?
一層不愉快そうな顔をしたダリルが、私の背後の壁をバンと叩いた。馬車の端に追い詰められて、体が縮こまる。
「俺の前で他の男の名前を呼ぶな……」
えぇっ、名前を呼ぶだけでも怒っちゃうの? そんなのひどくない? って、よく考えたら、ダリルのやってる事は全部酷いんだったっけ。
ダリルが私の顎を指でクイっと持ち上げた。至近距離で見るダリルの瞳には、いつものような刺すような冷たさではなく、燃えるような熱が見えた。
「あんまり俺を妬かせるな」
ダリルの唇が私の言葉も気持ちも全部奪いとっていく。
別に悪い事なんかしてないのに、ごめんなさいって気持ちになってる自分が怖いわ。それくらいダリルのキスには私をおかしくさせる力がある。
ぷはぁ。
馬車が屋敷についてやっとダリルから解放された。長くて情熱的なキスに、私はもう酸欠状態よ。
キスしすぎてクラクラしているなんて恥ずかしすぎるけど、うまく歩けないもんだから、ダリルにお姫様抱っこされて屋敷に入る。
そしたらもう家族は大騒ぎ。私がぐったりするような事が城であったと勘違いしているみたい。「王太子はうちの可愛い娘に何をしたんだ」って、お父様は怒り出してしまった。
私に無理をさせたとアーサーの株は下がり、護衛の途中にも関わらず私を救い出したってダリルは英雄扱い。
いやだから、私がぐったりしてるのは、ダリルのキスで酸欠なだけなんだけど。でも恥ずかしいから、こんな事誰にも言えないわ。
家族に感謝されながら私を部屋に送り届けたダリルが私にだけ聞こえる声で囁いた。
「茶会の反省会は夜だな。俺が帰るまで覚悟して待ってろよ」
か、覚悟ですか?
ニヤリと笑うダリルに、私の笑いはひきつりまくりだった。