2.愛してるから
「愛してるのに、9回も殺したの?」
「愛してるから9回も殺したんだろ」
ダメだ。話が噛み合わない。
ダリルが再び私を抱きしめた。今度は逃がさないためなのか、がっちりと体が押さえられて身動きがとれない。
「お前が俺のものにならないなら、何回だって殺してやるよ」
耳元で囁かれてゾクゾクっと……いや、ゾワゾワっと鳥肌が立った。
つまりダリルは私がアーサーと結婚するのを邪魔したくて私を殺してたってわけ!? だから結婚式にクーデターを起こしてたのね。
ふんふん。って納得しちゃダメじゃん!!
そりゃ好きって言われるのは嬉しいわよ。でもわざわざクーデターまで起こさなくっても。
「なぁ、今度こそ俺のものになるよな?」
「いや、そう言われても……」
だってついさっき自分を殺した相手よ? 「はい。あなたのものになります」なんて答えられるわけないじゃない。
「ほぉ……じゃあまた俺に殺されたいと?」
「そ、そうじゃなくって……」
さっき殺されたばかりなのに、今からまた殺されるのは勘弁よ。時が巻き戻って生き返るとは言っても、死ぬ時は毎回苦しいし怖いんだもん。なんとかダリルを説得しなくちゃ。
「ダリルも知ってるでしょ。私は公爵家の娘として、王太子と結婚しなきゃいけないのよ」
だいたいアーサーとの結婚は私が望んだわけじゃないもん。アーサーと結婚しなきゃクーデターに巻き込まれないだろうと思って、アーサーとの結婚から逃げようと思ったこともあったけど、どうしても逃げられなかったのよ。
王太子の地位を盤石にしたいアーサーにとって、宰相の娘である私は最適の結婚相手だって、ダリルも知ってるはずじゃない。
「大丈夫だ。俺がなんとかしてやるから」
そう言われても、大丈夫な予感が全くしない。また誰かを殺すとか言わなきゃいいんだけど。
「って、何してるの?」
急に近づいてきたダリルの唇を両手でガードした。
「キスに決まってるだろ」
ガードする私の手を取り除き唇を奪おうとするダリルから必死で逃げる。
ダメダメ、キスだけは絶対ダメ!!
「やっぱりお前はあの馬鹿王太子に惚れてるんだな」
やばい。これはいつもの私を殺す時の冷たい表情だ。
「アーサーに惚れてなんかないわ。ただ私は誰ともキスしちゃダメなの」
アーサーの事は嫌いじゃないけど、ただの政略結婚相手だから別に好きってわけじゃない。だからってダリルの事が好きってわけでもないけど。
「何で誰ともキスできないんだ?」
「だってキスしたらもう戻ってこれなくなっちゃうから」
私が死ぬたびに時を遡っていのは、一回くらいキスしてみたかったという未練があるからだ。キスしちゃって未練がなくなったら、もう戻ってこれないじゃない。
「殺されなきゃいいだけだろ?」
ダリルに言われると、なんだか腹が立つ。何回も殺してるのはあなたじゃない。
「そんな事言って、あなたが殺すくせに」
とにかく逃げろ。逃げて唇を死守せねば。
とは言っても相手は史上最年少で騎士団長にまでなる男だもん。力で勝てるわけがない。私の抵抗なんて、あってないようなものだろう。
余裕の表情でダリル私の腕を掴んだ。片手で両手の動きを封じると、もう一方の手で私の後頭部を押さえつける。
もう逃げられない。そう思った時にはダリルに唇を奪われていた。
これがキス……
死んでも死にきれないほどまでに夢に見たファーストキスは、ただただ恐怖でロマンチックのかけらもなかった。感想は痛いの一言だけ。
「これでもうお前は殺されても戻ってこれないな。殺されたくなかったら今すぐ俺の物になるんだな」
嫌だって言ったら、すぐに殺されちゃうのかしら? ダリルってば話してる内容に全く合わないほど私の事愛おしそうに見つめてくる。
ダリルが柔らかな微笑みを浮かべ、私の頬に優しく触れた。二度目のキスはとてもゆっくり優しく……その心地よさにうっとりしてしまうほどに。
ま、まぁこんなに愛してくれてるんだし、ダリルの物になってもいいのかな。
ダリルのキスですでに絆されている私は我ながらチョロい。けれどまぁ最後の人生、愛されまくるのも悪くないかもなんて思ってしまうのだった。
☆ ☆ ☆
私は今、父、母、そして兄を前にして異常に緊張している。
「何だい、マーガレット。改まって話というのは?」
「あの……明日のアーサー様のお誕生会なんですが、欠席してもよろしいでしょうか?」
「なぜだい? あんなに楽しみにしていたのに?」
だって欠席するようダリルから命令されてるんだもん。明日行われるアーサーの誕生会で私はアーサーに初めて会うことになっている。そしてそのすぐ後に、私はアーサーの婚約者に選ばれてしまうのだ。
アーサーの誕生会を欠席する。
これは5回目の人生で試した事がある。私に甘々の両親は私が嫌なら行かなくてもいいと言ってくれて、無事欠席する事ができたのだけど……アーサーに一度も会うことなく婚約する事が決まってしまった。
ならばとダリルが私に命令してきたのは……
「わ、私……ダリルの事が好きなんです。だからアーサー様の婚約者選びの場である誕生会には行きたくないんです」
あぁ、言っちゃった。もちろんこれもダリルに命令されて言ってる事。皆の反応が怖い。
「マーガレット、それは本当か?」
そりゃ驚くよね。今まで私がダリルを好きな素振りなんて見せた事ないんだから。それでも両親、兄、ついでに使用人まで、皆そろって私には甘いもんだから、すぐにダリルが呼ばれた。
「お呼びでしょうか?」
「うん、実はマーガレットがな……」
本当に大した役者だわ。ダリルってば何食わぬ顔をしてやって来た上に、話を聞いて驚いた顔してるんだもん。これが全部芝居だなんて、知っていても信じられないくらいだ。
「それでだ。ダリルの気持ちを確認したいと思ってるんだが……どうかね? 君はマーガレットと一緒になるつもりはあるかい?」
「そうですね……」
うわぁ。悩んでる仕草までうまいわね。
てっきり即答するのかと思いきや、ダリルは微妙に困ったような顔をしてみせた。
「ありがたいお話なのですが、私はこのような身の上です。ただでさえ公爵にお世話になっている身で、公爵家の宝であるマーガレット嬢と一緒になるなんてこと、できるはずがありません」
はぁ? 何言ってんの?
「いやいや。そんな事は気にする必要はないんだよ。君は何も悪くないんだから。それに君は頑張って最年少で騎士団に入隊したじゃないか。世話をしている私も鼻が高いよ」
「ありがとうございます。父のように尊敬している公爵に褒められるなんて光栄です」
うわぁ。見てられないわ。白々しいったら。
でも考えてみたら、ダリルって元々こんな感じだったのかも。
ダリルは元々いい家の息子だったらしいんだけど、家にいられなくなったと聞いたことがある。それでダリルの父親と親交のあった私の父がダリルを面倒見ることになったらしい。まぁ私はあんまり詳しい話を教えてもらえてないんだけど。
私はダリルが変わってしまってクーデターを起こしたと思っていたけど、もしかしたらダリルはずっと本性を隠して芝居をして生きてたのかもしれない。
「キースはいいのかい? 君の命より大切な可愛い妹の事を私が好きになっても?」
「当たり前じゃないか。親友のダリルにならマーガレットの事を安心して任せられるよ」
その命より大切な可愛い妹は、あなたの親友に何度も殺されてますけどね。
結局うちの家族は皆ダリルの事が好きなのよね。なんだかんだで私達の結婚、大賛成ってことになってしまった。
ということでアーサーの誕生会は無事欠席することができたんだけど……全てがダリルの計画通りにいくわけではなかった。