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高校三年の夏

大会も終わってしまい、本格的に受験勉強しなければならなくなった。


塾で一人、小腹を満たしていると、入口が開く音がした。

その音につられて目を向けると、西野さんだった。

目を向けたままでいると彼女と目が合う。

彼女はぎこちなく微笑むと、片方の耳だけイヤホンをはずし、おつかれさま、と呟いて受付へ向かった。


しばらくして彼女が戻ってきた。

イヤホンはまだ片方外して片方付けたままである。

文化祭のステージでの彼女をふと思い出し、口に出して聞いてみる。


「ねえ、なんの曲聞いてるの?」


挨拶も終わり、再び接触があると思っていなかったのか、ぎょっとして固まってこちらを見る。

面白い反応するなぁと思いつつ、もう一度聞く。


「なに聞いてるの?」


あー、と彼女は宙を見て考えてから、バンド名を口にした。

その名前は知っていたが曲はちゃんと聞いたことがない。


「へぇ、意外。クラシックとか聞いてるのかと思った」


素直な感想を述べると、彼女から笑い声が漏れた。


「なんかそれ、馬鹿にしてるでしょ」

「え、してないよ。本当にそう思ってたんだってば」

「そうなの?千葉くんてクラシック聞く人?」

「聞かないけどさ、それこそ俺のこと馬鹿にしてねぇ?」


彼女はわざとらしく目と口を丸くしてから、にこっと笑う。


「ごめんね」

「いや、謝るなよ。馬鹿にしてんじゃねーよ」

「千葉くんはクラシックよりロックな感じだね」

「じゃあ俺に似合いそうな曲教えてよ」

「似合いそうな曲?」

「ま、オススメの曲でいいから」


続いていた会話が止まり、彼女はじっとこちらを見つめた。


「そしたら私にも自分の好きな曲、オススメしてね」


え、それはちょっとめんどくさい。


だが、自分から言い出した手前、引き下がるのは何かに負けたような気がする。


「了解。今度10曲くらい選曲してくるからそっちこそ準備しとけよ」

「あれ、交換条件出したら引き下がると思ったんだけどなぁ」


やはりか。


少しだけ勝った気分でふふんと笑い、ひらひらと手を振ってから再び箸を動かし始めた。



好きな曲かー。

帰ってから自分の音楽データのタイトルを眺める。


俺が好きで、西野さんも聞きそうなやつがいいよなぁ。


選びながら、久しぶりに聞く曲もあって楽しかった。

こんなことしてる自分ってなんなんだろ、ともちらりと思うがあまり考えないようにする。


-----


数日後、塾で西野さんを見かけて持っていたデータを渡そうと声をかけた。


「おつかれ。はいこれ」


西野さんは自分に差し出された手を驚いたように見つめてから受け取った。


「ありがとう。ホントにやってくれるって思わなかった」

「え、じゃあ西野さんは選曲してくれてないの?」

「ううん、やってる。どこかに入れてる」


そう言って鞄をおろし、荷物を取り出し始めた。

一番上に載っかっていたであろう女子大の赤本が目につく。


「女子大なんだ」

「あ、うん」

「学科は?」

「…管理栄養士の学科」

「へぇ、似合うね」


その言葉に彼女が目を丸くし、手をとめてこちらを見つめた。

これまでの食べ物を前にしたときの笑顔を思い出して言っただけだったのだか、なにかまずいことを言ってしまったのだろうか。

そう考えて少し心配になったとき、目線をはずして彼女がはにかんだ。


「ありがとう」


どうやら良かったらしい。

なんだか自分が思うよりワンテンポ反応が遅そうである。

そして、またワンテンポ遅れてなのか、はずしていた目線を、今度はバチっと合わせた。

目を合わせてから、こちらを見てまっすぐに笑う。

いつもの眠そうな真ん丸なたれ目を、さらにたれさせて幸せそうに細めながら。

いつかの時のように、心臓が妙な具合にはねた。

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