高校三年の春
三年になった。
高校最後の大会がある。
受験生だが、その前に悔いのないような試合をすることも大事だ。
今日の部活も終わり、そのまま塾へと向かう。
中学からの付き合いの杉本と腹ごしらえをしていると、ドアの開く音がした。
反射的に二人してドアの方向を見やると、西野さんが入ってきていた。
「あ、おつかれー」
対面にいた杉本が彼女に声をかける。
そういえばこいつら同じクラスか。
「おつかれさま」
西野さんは杉本に向かってはにかみながら返事をすると受付に向かった。
「うん、かわいいな」
杉本は確認するかのように呟くと、再びカップラーメンををすすりはじめる。
そういうこと女子に言える奴だったっけ。
驚いて杉本を見ていると、
目線が注がれていることに気付いたのか麺をくわえたまま顔をあげる。
一瞬止まったが、そのまま麺を全て口の中に入れてもごもごとかみながら喋る。
「あんだよ」
「お前、あの女子好きなの?」
直球で聞くと、笑われた。
「違うよ。そういうんじゃなくて、なんかクラスの癒し的な?彼女は俺らのアイドルですって」
「アイドル?」
「大人しくてほとんど喋んないけど、話すとのほほんて気分になる。ノリでかわいいなーって言えちゃうキャラなんだわ」
「かわいいのか」
かわいいと公言してるのはガシだけかと思っていたが、クラス公認だったのか。
首をかしげながら普段の眠そうな顔を思い浮かべるが、時折見かける、きらきらした笑顔が脳裏に浮かぶ。
確かにあの屈託のない笑顔を向けられたら癒されるかもしれない。
そう考えていると彼女が受付から戻ってきた。
近くの机に荷物を載せて、整理をしているようだ。
その様子を眺めていると体育祭の組分けが彼女たちのクラスと同じことを思い出した。
「西野さん、体育祭黄軍だよね。頑張ろうぜ」
思い出したことをそのまま口に出すと、話しかけられると思ってもみなかったのか彼女はぎょっとした表情でこちらに顔を向けた。
杉本も目を丸くしてこちらを見て、それから彼女を見た。
「うん、頑張ろう…」
表情は固かったが、返事はしてくれた。
「千葉くんは玉入れだね」
目に警戒の色を忍ばせたまま、それでも彼女が続けた言葉に、今度はこちらが目を丸くした。
何故か自分は黄軍の団長に選ばれており、各軍の団長は玉入れに強制召喚されることになっている。
「俺のこと知ってくれてるんだ」
「あー…うん、黄軍の団長だから」
そうか。
俺は1年の頃から知ってるけど、俺のことは黄軍の団長だから認識したのか。
名前が咄嗟に出てきたことに驚いたが、自分が属する軍の団長くらいは知るようになるよな、と思い直す。
この差に何故だか悔しくなる。
西野さんがいなくなると杉本が口を開いた。
「お前、西野さん好きなの?」
先程と逆である。
「アイドルだもんな」
とりあえず、適当に返答した。
彼女、俺にはまだ笑いかけてくれねえんだな。
-----
体育祭の前日の文化祭。
全生徒で、演劇部と合唱部と吹奏楽部の演目を見る。
同じクラスの奴らの姿を見て、こいつらはこれに向けて頑張ってきてたんだよなぁと少し感傷にひたる。
吹奏楽部の舞台になった。
司会の紹介の後、ゾロゾロと吹奏楽部員が出てくる。
全員が席に着くといきなり演奏が始まった。
曲名は全然わからないが、1曲目に相応しいノリのいい曲調だった。
すると突然一人が立ち上がり、楽器を構えた。
西野さんだ。
周りの部員の演奏がなくなり、彼女が一人吹き始める。
いつもの無表情さから想像がつかないくらい軽やかでカッコいい演奏だった。
吹き終わり、晴れ晴れとした笑顔でお辞儀をすると周りの席からわっと拍手が起こる。
しばらく彼女を見つめているだけだったが、慌てて手を叩いた。