エドとライル(おまけのおまけ)
あの子を好きな旦那様 を読んでないとわからない話となっております。
エドのことを書きたかったんです。
エドの考えを書きたかった。
余計なことをしたかもしれませんが、自分は書いてよかったと思っております。
ただし、エドのヤンデレ(?)要素ありなので、イメージ崩れる人は読まない方がいいです。
ここ数日、どこか探るようなそんな視線を感じていた。けれど、自分が気にすることではないとエドは気づかないふりを通した。
「…エド、少し、話がある」
だからさほど驚かなかった。ローラに付き添ったライルの執務室で、ライルにそう言われたことは。ローラの妊娠が正式にわかった2日後のことだ。
ライルとローラはソファーに座り、その後ろにエドが立っていた。席を外そうと軽く頭を下げた瞬間の一言。ローラの前で声をかけられたことだけが、想定外だった。
どこか苦い表情のライルに動揺を示したのはローラだ。エドが執事としてはあるまじき態度と言葉遣いをしたのは5日前。
「ライル様、あの、この前のことは…」
咎があるのかもしれない。そう思ったローラが心配そうな表情を浮かべる。そんなローラにライルは首を横に振った。
「この前のことを咎めるつもりはないよ。そもそも、あれは俺がいけなかった」
ローラとエドの仲の良さに嫉妬したライルをからかうように、ライルに見える位置でローラに近づいたのはエドだ。けれど嫉妬に駆られ、ローラの腕を強く引き、さらにはローラの愛を疑うようなことを言ったのはライルである。双方に落ち度がある先日の出来事は、喧嘩両成敗ということで片がついていた。
「なら、どうして?」
「エドときちんと、話をしてみたいと思ったんだ」
「…」
「どうして急に…」
「前々から、一度話してみたいとは思っていたんだ。でも、何を話せばいいのか、どう声をかければいいのかわからなかった。でも、…今、当たり前のように君と一緒にここに来て、当たり前のように1人出て行こうとするエドを見て、やっぱり話しておかなくてはいけないと思ったんだ。…俺とローラの子どもが生まれる、その前に」
「わかりました」
ローラが何か答える前に、そう告げたのはエドだった。
「エド…?」
「奥様、心配いりません。殴りもしないし、殴られもしませんから」
茶化すような声色に安心させようとしているのがわかって、ローラはこれ以上口に出すのをやめた。
「ローラ、せっかく来てもらって申し訳ないけど、少しだけ席を外してくれるかい?」
「…ええ。承知いたしました」
そう言って立ち上がる。そんなローラの肩にエドは持っていた膝掛けをふわりとかけた。
「身体を冷やされてはいけませんから」
「…ありがとう、エド」
笑みを浮かべそう告げる。そしてライルに小さく頭を下げると部屋から出て行った。扉が閉まる音がやけに大きく聞こえる。
「…エドも座ってくれ」
「失礼します」
先ほどまでローラが座っていた場所より少しだけライルから離れた場所にエドは腰を下ろした。
「それで、私は、何を話せばよいのでしょうか?」
「先に、言葉遣いを崩してくれてかまわない」
「…それで満足するのはあなただけですけどね。まあ、わかりました」
「…」
「で、何を話せと?」
「…ずっと思っていたんだ。ローラと君との関係は主人と執事を、…超えているような気がすると…。だから、つまり、君は…ローラに対して…」
「まどろっこしいですね。はっきり聞けばいいじゃないですか。『君はローラが好きなのか?』と」
ライルがなんと言えばいいか考えあぐねていた言葉を、エドは端的に表した。それはまさにライルが聞きたかったこと。直球な物言いに少しだけ驚きながらも、ライルはエドの目をまっすぐに見る。
ライルの黒く大きな目にエドが映った。エドは人よりも機微に敏感である自信がある。おそらく両親の顔色をうかがいながら生きてきたからだろう。そして、その敏感さは、ローラのことが重なればさらに力を発揮した。だからすぐに感じ取った。目の前のライルから出てくる信頼と少しの不安とそして憎悪。
大部分は信頼しているのだろう。少なくとも、ローラがライル自身を思う気持ちを信じている。そして、そんなローラが信じているエドのことも。けれども、それでも関係の密すぎる2人に不安を覚え、そして、その存在をかすかに憎んでいるのだろう。
エドはローラの執事兼護衛だ。ローラとライルが結婚し、この家に入ってからは、ローラだけではなく、ライルにも仕えていることになる。けれど、エドはライルに忠誠を誓ったことはなく、ライルもエドに何かを頼んだことはなかった。ローラという存在でしかつながることのできないもろい関係。だからこそ、立場が弱いエドは言葉を選ばなければいけなかった。いつもならいくらでも取り繕う。けれど、エドはそうはしなかった。
「好きですよ。…愛しています」
「…っ!」
驚いたようにライルの目が開かれた。口を開けたが、言葉は出ない。『執事として仕えているだけです』そんな言葉が欲しかったのだろうか。エドはどこか馬鹿にしたように小さく笑った。
「けれど、誤解しないでもらいたい。あなたの愛と俺の愛は別物だ」
「どういう…意味かな?」
「抱きしめたいとか、キスしたいとか、そんな風に思ったことは一度もないってことですよ。俺は、…ローラ様が笑っていればそれでいい。幸せでいてくれたなら、それで十分なんです」
「それは…」
愛と呼ぶのだろうか。そう問おうとして、口を閉じた。目の前のエドがあまりにも美しく笑うからだ。その顔を幸せと言わずになんと呼ぶのだろう。
「だから、あなたは俺を敵視する必要はない。まあ、ローラ様を傷つけるようなことがあれば、命の心配はした方がいいかもしれないけど」
「…君は、怖いことを言うんだね」
「怖いこと?違うね。ただの事実だ」
「…」
「言ってるでしょう?俺は、ローラ様が幸せならそれでいい。ローラ様があなたを見限ったら、少なくとも殴られると思った方がいいですよ。俺は、ローラ様にしたあなたの仕打ちを忘れませんから」
にやりと笑うその笑みが黒くて、背筋が冷たくなった。あまりにも盲目的な愛を目の前に、自分はここまでローラを愛してるのだろうかと不安を覚える。
ライルはエドの過去を少しだけ聞いたことがあった。両親から逃げてきたエドをローラが拾うように執事兼護衛にしたと話したのは誰だったか。少なくともローラではなかった。エドにとって過去は捨てたものであり、そんな過去をローラが話すはずない。
「不安ですか?」
「え?」
「どうしたって俺とあなたの愛を天秤に乗せれば、俺の方が下に沈む」
「…俺の愛は軽いと?」
少しだけにらむような視線になった。そんなライルにエドは首を振る。
「あなたの愛が軽いんじゃなくて、俺の愛が重いんです」
「…?」
「あなたには大切なものがたくさんある。自分自身、ローラ様、これから生まれてくる子どもに、第一王子。この家に働く人々もあなたにとっては大切な人だ」
「そんなの当たり前だろう?」
「俺にはローラ様だけだ」
エドはそう言い切った。ただまっすぐにライルを見るエドの目は怖いくらい真剣で、だからこそ、その言葉の重さをライルは感じとる。
「もし、俺が死んでローラ様が助かるのなら、俺は迷わず死ぬ。誰かを殺して、ローラ様が助かるのなら、俺は迷わず人を殺す」
淡々と述べたその声に、温度はなかった。ひどく冷徹なことを言っているという自覚すらないのだろうとライルは思う。きっと、エドにとって当たり前のことなのだ。他人より、自分より、ローラを大切にすることは、息をすることと同じくらい自然なのかもしれない。
「人の愛を100だとしたら、比重はどうであれその愛は、いろんな人に向く。大きなパイをみんなで分け合うようなものだ。けれど、俺は違う。パイまるごとがローラ様に向かっている。だから、あなたの愛と俺の愛を比べたら俺の愛の方が重いのは至極当然のことなんですよ」
「…」
「でも、安心してください。あなたから奪いたいとか、自分のものにしたいとか、そんなこと、考えたこともない」
「それは…」
本当なのか。そう問いたくて、けれど聞けなかった。
「そんな次元、とっくに超えている」
それはどこか遠くを見ているようだった。高貴な光を見つめているようなそんな目。
「…」
「俺が男であることが心配なら、切り落としたってかまいませんよ。俺が男であることはさほど重要なことではないから」
聞いただけでライルは下半身に痛みを感じたような気がした。けれど、エドは平然と言ってのける。
ライルにとって幸せはいくつもあった。第一王子に仕え、この国のために仕事ができたとき。執事やメイドたちと良好な関係が築けたとき。そして、ローラを抱きしめているとき。自分とローラと血のつながった子どもができたと聞いたときは天に昇るほど幸せを感じた。ライルが幸せを感じるときにはいつも、ライルが中心にいた。けれどエドは、そうではないという。ローラを中心に考え、下手をすれば、物語の中にエド自身は登場しなくてもよいと言う。けれど、それは本当に幸せと言えるのだろうか。
「誰かを、好きになったりはしないのか?」
「さあ?…まあ、ないでしょうね」
「人を好きになることは、好きな人を抱きしめ、そして抱きしめられることは、とても幸せなことだよ」
ライルは知って欲しかった。目の前に座るこの端正な顔をした執事に、人を愛することの尊さを、そこから得られる幸せを。それは何にも代えがたい幸福で、それを知らないのは悲しいことだと思ったからだ。ローラが大切にしているこの執事が、一方的に誰かを愛するのではなく、愛し、愛される関係を誰かと築ければいいと思った。
けれど、エドの口から乾いた息が小さく漏れる。にやりと片頬が持ち上がった。
「みんながみんな、恋をすると思わない方がいい。恋をして、それが成就すれば誰もが幸せになれるなんて、それは、あなたの目を通して見た世界の真実であって、俺の世界の真実ではない」
「…」
「俺の幸せは俺が決める。あなたに決められることでも、ましてや押しつけられることでもない」
決して強い口調ではなかった。けれど、少し触れれば切れてしまうような鋭さがそこにはあった。
見ている世界が違うのだなとライルは思う。エドから見た世界は、きっと自分の見ている世界と全く違うのだろうな、と。けれど、だからこそ知りたいと思った。
「…結婚はしないのか?今は良くても、将来、自分の血を分けた子どもが欲しいと思うかもしれない。歳をとればとるほど、子どもはできにくいと聞く。将来子どもがほしいのなら、今から伴侶を見つけておくべきなんじゃないか?」
「将来のことなんて、わかりませんからね、絶対にないとは言い切れません。でも、今の俺にはローラ様に仕える以上に大切なことなんてない。だから、伴侶なんていらないし、邪魔なだけだ」
「それは…」
「未来の俺と今の俺、どちらかが我慢をしなければならないのなら、未来の俺がすればいい。来るかわからない未来の俺のために、今の俺が妥協するなんて、そんなの馬鹿げている。そうは思いませんか?」
投げかけられたが、ライルの答えなど一ミリも求めていないことはその目を見ればわかる。ライルは伺うような視線をエドに向けた。
「それで、本当に…いいのか?」
「ええ。俺にとってローラ様の幸せが、一番の幸せですから」
そう言い切ったエドを見て、これ以上言葉を重ねても無駄であることをライルは悟る。
「…いろいろ不躾に聞いて悪かったね。でも、本当の気持ちが聞けてよかった」
「もう一度言っておきますが、心配しないでください。俺の愛とあなたの愛は違う」
「ああ、肝に銘じておくよ」
「それでは、失礼します」
エドは立ち上がり、扉の前まで行った。部屋を出る前に振り返る。
「ローラ様が笑顔でいるためには、あなたやあなたとの子どもが幸せである必要があるから、俺は、あなたもあなたたちの子どももきちんとお守りしますよ。だから、今後ともよろしくお願いします。…旦那様」
エドはそう言うと、丁寧に頭を下げた。『旦那様』だけ声のトーンが違った。それは、エド個人から執事に戻った合図のようなものだろうとライルは思う。
扉を開け、外に出るエドを静かに見送った。1人になった部屋でライルは深く息を吐き、そして吸う。空気が急に濃くなったようなそんな気がした。
親密すぎるローラとエドに対して不安があった。ローラの気持ちが自分にあることはわかっている。けれど、エドの気持ちはわからなかった。だから、子どもが生まれる前に聞きたいと思った。もし、ローラを想っているのなら、諦めるよう言うつもりだった。けれど、ライルが思っていた以上に深い愛がそこにはあった。
敵わないと思った。敵うはずがないと。けれど、自分は、ローラと愛し、愛されるそんな今が幸せだと思う。ローラに触れることのできる幸せを、愛する人との子どもを持てる幸せを感じることができてよかったと思う。
ライルはゆっくりとソファーから腰を上げ、鍵のかからない扉をノックした。
「はい」
返事を受け、扉を開ける。ローラが立ち上がり、小走りでライルの元に駆け寄った。
「…話は終わりましたか?」
どこか不安そうなローラをライルは思わず抱きしめる。
「ライル様…?」
「好きだ」
「…突然、どうしたのですか?」
訳がわからず、けれど、ローラは自分の両手をライルの背中に回す。触れたところから暖かさが伝わってきた。
「なんでもない。ただ、君を抱きしめられて、君にキスができて、幸せだと思っただけだ」
「私こそ幸せですわ」
ライルとエドがどんな会話をしたのか知らないローラは、けれど当たり前のようにそう返した。その言葉が幸せで、なんだか泣きそうになる。
いろんなことを考えた。いろんなことを思った。けれど、自分はこうして、目の前のこの美しい人を愛し、愛され、幸せだと思う。
「パイを君と分け合えて食べられる人生で、俺はよかったと思うよ」
「…?」
意味がわからずきょとんとするローラの表情がかわいくて、ライルは声を出して笑った。その顔が幸せそうで、だからローラもつられて笑みを浮かべる。
「何のことかわかりませんが、でも、子どもが生まれたら、みんなでパイを分けて食べましょう。1人で全部食べるのもいいですが、みんなで分け合うのも楽しいものですから」
そう言って笑うローラに、ライルはたまらずキスをした。
読んでいただき、ありがとうございました。
…余計なことでした?
でも、でも、これがエドなので!
あと、自分の本音をエドの言葉に乗せて、少し言ってみた(笑)
それと、ローラめっちゃいい子!笑