第4話 人間なるようになるもんだ。
地獄に落とされ長い年月が過ぎた。
今では、一瞬の事のように…… 思える訳もないな。
兎に角、俺は、何とか生きている。
いや、死んでいるのだけど。
【 地獄 】
「カズヤ、来週の件しっかり頼むぞ」
針山のチェックをしている俺の元に牛頭がやってきて言ったが、また新人研修の指導員の件だろう。
「おう、解ってるって。
どうよ、今回の新人は?」
「ダメだな、まだ、学生気分で甘さが抜けてないみたいだからな……」
牛頭がため息をついてるが、今年の新人は何人残るだろうか?
「そう言うなよ、それとあんまり厳しくすんなよ、近頃の鬼はすぐに辞めるからな」
牛頭には、そう言ったけど……
ったく、ちゃんと休みがあって、就業時間も守られるホワイトな職場なのに辞める奴は何を考えてるんだろうね?
俺が鬼だったら、天国だぞこの職場。
「よし、針山のチェック完了。 異常なし!」
「すまんな、カズヤ。
お前にこんな事させて」
「あーー、いいって。 どうせ、俺も使うんだから」
「いや、確かにそうなんだが……」
牛頭が呆れている。
それもそうか、自分で整備した針山の責め苦を俺は、受けてるんだからな。
俺は、ロリ閻魔のせいで地獄行きになってしまったが、たくましくも生きている。
いや、死んでるんだけど。
毎日、血の池地獄や、この針山、その他の地獄のアトラクションをやってると、慣れた。
そういや判決の日からどれくらいたったのだろうか?
10年を超えてからカウントするのを止めたが、だいぶ月日が過ぎたと思う。
辛い事も沢山あったし、死にたいと思った事は、1度や2度じゃなかった。
そして、不思議なのは、俺以外の地獄に入ってきた亡者たちは、生まれ変わったり別の部署に行ったりする中、なぜか俺だけがずっと地獄に居続けている事だ。
いや、昔はね、俺だけ地獄の期間が長すぎじゃないの? 的に思った時期もあったけど、牛頭、馬頭とも友達になれたし、考えてもしょうがないので、諦めた。
亡者の分際で牛頭と馬頭との会話出来るのかって?
まぁ、彼らの就業時間内は、そんな会話なんてほとんどしないけどさ、仕事が明ければ、それは、ほら、長い付き合いだし、ねぇ。
それに、アレだぞ、牛の頭の牛頭、馬の頭の馬頭だが、仕事が終わるとな、サラリーマンみたいにスーツ姿になって人間と変わんない見た目になるから怖くないんだよ。
こんな最悪な環境に適応してしまう、自分が怖いが、まぁ、何とかやっていますよ。
「そんじゃ、またなカズヤ。
仕事が終わったら居酒屋に来いよ、馬頭も誘っとくから」
「おう行く行く! 牛頭、仕事しっかり頑張れよ」
牛頭は、手を振って自分の部署に戻って行った。
針山広場に設置してある時計に目をやる。
「おっと、今日の地獄の責め苦の開始まであと少しか」
俺は急いで亡者の列の最後尾に並ぶ為に走り出したのだった。
あのロリっ子閻魔大王とはアレ以来会ってない。
今じゃ、そう言えば、そんなのもいたなって感じだよ。
おっと、そうそう。
閻魔大王って一人じゃないんだって!
役職が閻魔大王ってらしくって、でね、俺を地獄に入れたあの娘は、俺を冤罪で地獄にやった罪でどこかに飛ばされた、らしい。
左遷ってやつなのか?
何でも、閻魔大王長官の座を争う勢力同士のイザコザで、あのロリっ子閻魔の所属してた派閥の力を削ぐためにワザと俺を冤罪で地獄行きにした、らしい。
ロリっ子のいる派閥は、冤罪で地獄送りにしてしまうと言うあってはならない重大なミスのおかげで、発言権などの力が急激に無くなってしまい、派閥そのものが解体してしまった、らしい。
ロリっ子が左遷されたのは、ざまぁーと思うが、権力争いに巻き込まれハメられたみたいだしちょっと可哀想だとも思う。
冤罪が発覚したので、晴れてこの地獄を抜けれるかと思っていたのだが、冤罪を隠したい上層部の為に地獄を出られないのが現状らしい。
すべて、酒の席で聞いた事と俺の推測にすぎないがな……
怒りも何もない。
時間がたちすぎたんだ。
どうでも良いや。
牛頭馬頭達と飲むのも楽しいし、地獄歴が長すぎて、ここの職員みたいになっちゃってるしな、俺。
地獄にきた、新人鬼の研修とかさせられてるし……
一応、人間なんですけど、俺。
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次の日――
「はぁ?」
お前、何を言って……
俺は、金髪の神々しい鎧姿の青年に気の抜けた返事をした。
天使らしい。
「あの、ですから、藤野さんの無実が証明されましたので、転生されますか? どうなさいます?」
天国から天上界監察部所属の天使達がワザワザ地獄くんだりまできて、俺に言ったけど、今更?
「あのな、今更どの面さげて、俺に会いにきてんだよ、お前」
ちょっと、イラついたぞ、俺は。
「貴様、ファルガ様に向かってなんて口を!」
ファルガってのと話してるのに横から別の天使が俺に怒ってきやがった。
なんだ、コイツ。
俺はしなくていい苦労をしてきたんだからな! 少しくらい口調がキツくなってもしょうがないだろ?
「よさないか! 藤野さんの言う通りだ!」
ファルガと呼ばれてた監察天使長が一緒に来ていた部下の天使を窘めたようだ。
……窘められたんだから、俺を睨むのをヤメロ!
「どうした、カズヤ? 揉めてるのか?」
天使に呼ばれてから中々戻らない俺の事を心配して牛頭がやって来てくれた。
良かった!
仲間の登場だ。
「おう、牛頭。 天上界監察部の天使様が俺は無実でココに来てるから出てけってさ」
平静を装う俺は、顎をクイっとやってカッコつけて言った。
「何ぃ!」
牛頭が天使達を睨んだ。
よし! もっと睨んでやれ!
特に、その左に居るさっき俺を睨んでたアイツを!
「あのな、カズヤがここに来たその日に、何かの間違いじゃないかって再審請求を閻魔庁にだしたが握りつぶされ無駄だった。
だから、俺は、天上界監察部宛に嘆願書を提出したんだぞ!
それを今まで無視しといて、今更のこのこ来やがって!」
牛頭、お前……
そんな事してくれてたなんて全然知らなかったぞ。
俺は、ちょっと泣きそうになったじゃないか。
やっぱ、お前良い奴じゃないの。
「貴様、たかが獄卒の分際で!」
俺を睨んでた天使が言いやがった!
なにコイツ、凄く感じ悪い!
「どうした、牛頭?」
ほら、馬頭まで来てくれたぞ。
……馬頭。
不味い!
お前が来ると、ややこしくなる!
「いや、馬頭、いいから、後で説明するから、あっち行っててくれ」
食い下がる馬頭をなだめすかして、向こうの方で待機してもらった。
アイツは、頭に血が上りやすいからな、もし天使に手をだそうものなら左遷ぐらいじゃすまないんだろう?
「嘆願書の件なのですが……」
ん?
どうしたファルガっての。
何か言いにくそうですけど、嘆願書がどうした?
「ファルガ様、その事は!」
また、お前か!
ファルガってのが言いかけてるのに、俺を睨んでた天使が遮るようにしゃしゃり出るんじゃない!
怖いので俺は、口に出しては言いませんけどね!
「いいんだ、藤野さんは、知る権利がある。
お恥ずかしい話ですが、以前の天上界監察部と閻魔庁のある派閥との間に癒着の構造があったのですが、多分その為にその提出された嘆願書は握りつぶされたのでしょう。
現在、天上界では監察部改革の真っ最中でして、前任の者達の捜査の中で、藤野さん貴方が冤罪で地獄に落とされた件が最近になって発覚したのです」
どの世界も悪い奴らっているんだね。
「ただ…… 貴方の今後の処遇なのですが、このような不祥事があった事が公に知られると、公明正大が大原則の天界においてですね……」
ファルガってのが言いにくそうにしている。
「俺が、この場に留まるのも、天国にやるのも不味いって事?」
「……はい」
そうか。
それに冤罪が発覚して、俺を政治利用する勢力が出るかもしんないしな。
派閥とか癒着とかあるんだもん、利用できるものは利用して、足の引っ張り合いとかやりそうじゃん。
ん?
「それなら、俺を消滅させても良かったんじゃないの?」
いや、絶対納得出来ないけどな。
「カズヤ! お前、何を言って」
牛頭、心配してくれてありがと。
でも、そうだろう?
俺の事なんか、消滅させてしまえば、口封じ出来て、変な風に利用される恐れも無くなるってことだからな。
「確かに、その考えも上層部にはありましたし、大方の意見がそうでした」
うん。
認めるんじゃない!
自分で言っておいてアレだが、ショックじゃないか。
「しかし、それでは、天上界の正義ってものを自らの手で捨て去る事になります。
そんな事は、やってはダメなんです! それをしてしまっては、正義を失った天上界は、天上界じゃない!」
「お、おう」
デカい声で、ビビった。
このファルガって奴も大概…… うん、天上界の中でも変人なのだろう。
しかし、その考えのおかげで消滅されなくてすんだのなら、ありがたい事だ。
「先程の提案、いかがでしょうか?!」
うわっ。
ファルガが凄いグイグイくる…… 圧が、凄い。
さっきの話……
「あ、あの、転生するって話ですよね? それより、転移とかじゃダメなんですか?」
「地球であなたの肉体は既に骨になってますし、面倒な事になるから無理です! 転生を!」
凄い、ぐいぐいとくる!
「別の世界に肉体を再生して転移じゃダメなんですか?」
厚かましいお願いだとは思うけどさ、そもそも俺は、そちらの手違いで地獄の責苦をずっと受け続けたんだし慰謝料的に…… ダメか?
いや、可能か不可能か知らないけどさ、言うだけくらいは大丈夫だろうって軽い気持ちで聞いてみた。
それより、
「もう近いよ!」
ファルガ、お前の鼻息が俺の顔にかかってる!
「別の世界?」
ああ、やっとファルガってのが離れてくれた。
助かった……
ファルガが、何か考えているようだが、どうなんだ?
「……ああ、それも良い考えですね。
存在自体を地球の歴史から抹消すれば、天界の不祥事は、そもそも無かった事に出来ますし。
そしたら、アレも一緒に処理をしといた方が良いな……」
……アレって何?
ファルガさん、あなた今すっごい悪い顔しているんですけど……
「藤野さん、転移の件、承知いたしました!
こちらで、その転移のお話を進めさせていただきます!
当然ですが、転移した後は、二度と地獄にも地球にも帰ってこられませんからね
そもそも貴方は、こっちの世界に居なかった事にしますから」
まぁ、既に死んでるし、俺の親族も俺がそもそも存在してないとなれば、悲しむ事もないだろうからな。
あ、
「そしたら、牛頭達とも会えなくなるのか?」
「そう言う事になりますね。
……転生になさいますか? それなら、藤野さん以外の人物に、藤野さんの記憶が残ると思いますが」
「そう言う事なのね。
……うん。 それでも構わない! 俺は、異世界で女騎士やケモ耳とキャッキャウフフがしたいのだ!
って事で、中世ヨーロッパで魔法がある世界希望です!」
俺は、キリッとして言った。
「……は、はぁ。
そんな世界を探すのに時間がかかるかもしれませんが、出来るだけご希望に添えるように頑張ります」
「ああ、頑張ってくれたまえ!」
フフフ、楽しみになってきたぜ!
まぁ、かなり呆れられたが、ファルガ達は天へと帰っていった。
頼んだぞ!
「おい、カズヤ、ここを出て行くのか?」
牛頭が聞いてきたが、仕方ないだろ?
消滅か転生、どちらにしても、ココを追い出される事が決定していたみたいだしな。
「お前も聞いてたろ?
だけどな、違う世界に行こうが、俺は、友達のお前の事を絶対に忘れないからな!」
この地獄で頑張ってこれたのも、牛頭、お前がいたからだ。
「だけど、俺は、お前の存在を忘れてしまうのだろうな……
いや、何があっても、お前の事、その、なんだ、友達だから絶対に忘れない!」
牛頭が無理だと解ってるくせに言ってくれて、凄く嬉しかった。
……でも、居るの当たり前になってる牛頭とお別れする日がくるなんてな。
牛頭だけじゃない、馬頭も地獄の鬼達も……
急激に寂しくなってきやがった。
「クッ」
クソッ!
考えるな、俺!
な、涙が出そうだ。
ズルいぞ、牛頭。
お前が泣いてると俺まで……
「やっと、天使達が帰って行ったな、牛頭、カズヤ。
ん?
なんだ、どうして泣いてんの?」
馬頭がやってきて感傷的になってた俺と牛頭に言ってきやがった。
「泣いてない!」
俺と、牛頭が同時に言った。
・
・
・
ファルガが俺に会いに来てからどれくらいだっただろう。
何事もなく数日が過ぎていた。
そして、忘れた頃に、その日は、ある日唐突にやってきた。
寝て起きたら、転移が完了していたのだ。
……みんなにお別れを言う間もなかったのが残念だが、天使達が帰ったあの日から覚悟していた事だろ、俺!
ありがとう、牛頭、馬頭、みんな!
俺は、ここで一から人生を始めるよ!
「俺は、大丈夫だ!」
今までしなくてよい苦難をさせられた俺に対して、お詫びに何かギフトかプレゼント的な物を神様達は施してくれているに違いないからな!
なぜ、そう思うかって?
だって俺はモブじゃない、異世界転移した、立派な主人公なんですもの!
いよいよ、異世界に行く!
モテると思うんだよね!
無双すると思うんだよね!
魔法、使っちゃう?
ウフフ。
もうっ、すっごい楽しみ!
って事で、次回も、乞うご期待!