整備士たちはロマンを求めない ~ロケットパンチとか馬鹿じゃないのっ!?~
西暦××××年、突如宇宙から飛来した巨大な生命体は人類の敵だった。次々と滅ぼされる国や都市に人類は恐怖し、その生物をモンスターの語源でもある『モンストゥルム』と名付ける。モンストゥルムの脅威に、人類はようやく団結し人類初の統一国家『地球連邦』を設立、元号を統一暦に変更した。そして、人類の総力を持ってモンストゥルムを撃退したのだった。
統一暦三年、それ以降も度々起こるモンストゥルムの襲撃に、時の大統領アントニオ・ジョーカーは『攻撃的防衛』を訴える。その訴えに応じ、人類はモンストゥルムに勝てる兵器の研究を激化させていく。
それから二十年、ついに人類はその外敵に対して攻勢に転じようとしていた。
統一暦二十三年 宇宙戦艦 ジョーカー号のドッグ ──
攻撃的防衛を提唱したアントニオ・ジョーカーの名を冠した、人類初の宇宙戦艦ジョーカー号はモンストゥルムが飛来する外宇宙に向かって進んでいる。そのドッグには、各地で研究開発された人型戦術兵器つまりロボットが格納されていた。
あたしの名前はアンナロージ・メソッド。この船の整備長でアンナって呼ばれている。中には姐御って呼ぶ部下もいるけどねっ。
「さっさとそのデクノボーを退かせっ!」
あたしはイライラしながら、部下に命令していく。襲撃してきたモンストゥルムに対抗すべく出撃したロボットが、無残な姿を晒してカタパルトデッキへのハッチに横たわっているからだ。
この無駄にでかいロボットはスーパーアルテメット一号、エスユーワンと呼ばれている。まぁ、あたしはデクノボーと呼んでいるがね。かつて日本と呼ばれていた島国の研究所で開発されたロボットだ。主武装はロケットパンチ! ロケットパンチ? そんなもんが何の役に立つのか!? 当たれば指は動かなくなるし、無駄にノズルも多いし推進剤も馬鹿食いする。破壊されたら目も当てれない、使い捨てのミサイルの方がまだマシだ!
あたしはアンカーフックを掛けられて、ハッチ前から引きずり出された機体をチェックしていく。
「案の定右手部分ロスト、どこまで飛んでったんだ? ……同じく右腕部が推進剤で溶けてやがる。これを修理しないといけないとか頭が痛い」
その時デクノボーのコックピットから、一人のガキが飛び出てきた。
「アンナねぇちゃん! オレのエスユーワンを早く直してくれよっ! 皆が待ってるんだっ!」
「やかましい、クソガキがっ! あんたの機体はしばらく動かないよっ!」
このクソガキは、なぜかあたしに懐いているデクノボーのパイロットだ。なんでこんなガキが人類の先鋒たるこの艦に乗っているのかというと、デクノボーの適正が一番高かったからだって話だ。こんなガキにしか動かせないとか、完全な欠陥機だろうにっ!
あたしは抱きつきながら、ちゃっかりあたしの胸に顔を埋めてくるエロガキを小突いて黙らせると、次の機体のチェックに移る。
続いてあたしの目に飛び込んできたのは、傾いてあたしの城の壁に突っ込んでいる機体だった。ふざけるなよっ!? あたしのドッグを傷つけるとはいい度胸だっ!
あたしはコックピットのハッチに取り付くと、思いっきりハッチを蹴り上げる。プシュッという密閉が解かれる音が聞こえてハッチが開くと、暑苦しい金髪の男が出てきた。
「おいおい、アンナ。オレのマグナムドリルに蹴りくれるんじゃねぇーよ」
「文句言いたいのは、あたしのほうだ! このヤンキー野郎、ドッグを壊すんじゃないよっ!」
「オー、ソーリー! オレのドリルがうずいちまってよ~」
この男は、この機体のパイロットで名前は忘れた。まぁ面倒なんでヤンキーって呼んでる。この機体マグナムドリルは、かつてアメリカと呼ばれていた大陸で作られた機体だ。主兵装は右腕に取り付けられた巨大ドリル。
ドリルってだけで頭の悪さ全開だが、機体の設計が大雑把で機体の大きさに比べて異様にドリルが大きいため、非常にバランスが悪い。その為ちょっとバランスを崩すと、すぐに転びやがる。設計した博士の頭をカチ割って見てみたい気分だ。
「そんなことより、今夜辺りどうだい、アンナ?」
ヤンキーはそんなことを言いながら、ニヤニヤと笑みを浮かべてあたしの尻を揉みやがった。
「うせろ、このヤンキーがっ! さっさとこのゴミを動かしなっ!」
あたしはヤンキーの股下を蹴り上げると、そのままヤンキーをコックピットに蹴りこんでやった。コックピットに放り込まれたヤンキーは、股間を押さえながら悶絶しているが、あたしは気にせずそのままハッチを閉じる。
この手の大型機に乗ってるのは、一癖も二癖もある馬鹿ばかりだ。機体の区分には大きく分けて二種類あるが、デクノボーやマグナムドリルのような機体のサイズもでかく、装甲も無駄に厚く、燃費も悪い機体を大型機。基本的にはよくぶっこわれるくせに、整備士すら触れない謎のブラックボックスがあったり、予備パーツも少ない問題児たちだ。男どもはこれがロマンだって抜かすが、あたしはそんなもん求めていない。
もう一つは小型機と呼ばれているサイズはさほど大きくないが、スピードが速く回避性能に優れている機体が多いタイプだ。その分火力が落ちるが、編隊で戦うことでそれをカバーしている。被弾による機体損傷が少なく、怪しげな技術を使っていることも少ないので、整備が楽な優等生だ。
あたしは、ドックに佇む一機のロボットを見上げた。
なんの変哲もないフォルムに軍隊を思わせる緑のカラーリング、兵装はビームライフルとビームサーベルだけというシンプルさ。この素晴らしい機体は量産型ビーアールスリー、地球連邦が量産に成功した三番目の機体で、この船の殆どはこの機体である。量産型というと馬鹿にする連中がいるが、あたしに言わせればそんな連中こそ馬鹿である。
あたしたち整備士のことまで考慮された無駄のない設計、豊富な予備パーツ、この素晴らしさがわからないアホは、兵站学を学んでから死ねっ! こういう機体こそ、傑作機と言うんだ。
あたしがウンウンと頷いてビーアールスリーを眺めていると、部下の整備士があたしを呼びにきた。
「姐御、チームデルタがそろそろ帰艦するとのことです。損傷軽微一、小破一と連絡が来ています」
「だれが姐御だ、貴様っ! しかし、さすがデルタだね。ちゃんと事前報告までしてくれるとは」
整備士も人間だ。こういう気配りをしてくれるチームの修理には、気合が入るってものさっ。あたしはウキウキした気分で、チームデルタが帰艦するのを待った。
しばらくすると、紺色のカラーリングで塗装されたビーアールスリーを先頭に、ビーアールスリーの小隊がジョーカーのドックに到着した。事前連絡の通り小隊の内、一体はモンストゥルムにやられたのか、左腕が吹き飛んでいたが、一体は左肩部分が傷ついているぐらいだった。
「さっさと整備にかかりなっ! そっちの機体は肩ごと外して付け替えろ。そっちのは補修だ!」
この程度の損傷なら、あたしが出るまでもない。部下に指示を飛ばしていると、紺の隊長機から、口髭がキュートなおじ様が降りてきた。あたしはすぐに彼に駆け寄る。
彼は済まなそうな顔をすると頭を下げた。
「すまないな、アンナ君。多少ながら損害を出してしまったよ。ワシの指揮が悪かったせいだ、部下には怒らないでやってくれ」
彼はエトガル・バルト大尉、この艦のエースチームであるデルタの隊長で、整備士にも気を使ってくれるナイスミドルだ。ちなみに彼が乗る紺のカラーリングのビーアールスリーは、彼の専用機で彼用に調整されている。専用機は特別なパーツを使っている場合もあるが、殆どは量産型と同じなので整備は楽なほうである。
あたしは甘えたような猫なで声を答える。
「そんな大尉~あたしが、そんなことで怒るわけないじゃないですか~」
「ぷっ!」
おい、そこの笑った整備士Aと整備士B、ぶっ殺すぞっ!
「あっ大尉、良ければ今晩お食事でもどうですか? D区に良い店を見つけたんですよっ」
「はははは、君の様な美人がこんな中年を誘ってくれるのは嬉しいんだが、ワイフが待っているんでね」
くぅぅぅぅ! 今日もダメか、なぜ良い男は必ずお手つきになってるんだっ! あたしが心の中で悔しがっていると、突然警報が鳴り響いた。
そして、艦橋から艦内放送が聞こえてくる。
「針路上に大量の小型モンストゥルムが出現、エスビーエムが迎撃に出ています」
うげっ、マジか!? あたしが驚いていると、大尉は笑いながらあたしの肩を叩く。
「はははは、エスビーエムが出撃しているなら大丈夫だろう」
大尉は心の底からそう思い、あたしを安心させようとしてくれているのだろうが、あたしの心配はそこではなかった。
スーパービームマシン、通称エスビーエム、胸部に大型ビーム砲を備えた大型機で、ジョーカーを守る矛として最大火力を誇る機体だ。確かにあの機体であれば、小型のモンストゥルムがいくら攻めてきても大丈夫、必ず撃退してくれるはずだ。
大尉たちデルタチームがドックを離れると、あたしは先ほど笑った整備士AとBに拳骨を落としてから、叫ぶように号令をかける。
「艦内放送は聞いたなっ!? もうすぐバタートーストが届くよ、場所を開けろっ!」
その号令に整備士たちは一斉に、ドックにスペースを作っていく。しばらくすると、大きな音を立てて、エスビーエムがドックに運び込まれてきた。この艦に積まれている機体のなかで最大の機体であり、毎回ドックの入り口はひしゃげやがるが、それより問題なのは……
「うわ……今回もひどいな。まさにバタートーストだぜ」
「とにかく冷やすんだっ!」
整備士たちは胸部が、激しく溶けたエスビーエムに冷却材をかけていく。この機体の巨大ビーム、確か正式名称はファイナルビームキャノンだったか? その威力は絶大でまさにロマン溢れる機体なんだろう。しかし、そのビームの高熱は自分の機体すら溶かしてしまうのだ。これを欠陥機と言わず何を欠陥機というのか? しかも溶けるだけでなく反動で様々なパーツに負荷がかかるから一から調べていかなければならない。
敢えて、もう一度言わして貰うが『整備士たちは、ロマンを求めない』のだ!
しかし、それでもあたしたちはプロの整備士だ。こんな欠陥機であっても修理しなければならない。あたしは気を取り直して、そんなスクラップを見ながら整備士たちに告げる。
「今夜は徹夜になるよ、気合入れてきなっ!」
こうして徹夜が決定したあたしは、テンションが駄々下がりの部下たちの尻を蹴っ飛ばしながら、今日も人類のために欠陥機たちの整備に勤しむのだった。