仇討ち少女と脇が甘い男
「ここで会ったが百年目! おとっつぁんの仇、討たせてもらうよ!!」
「………やれやれ、今度はどこの誰だろうか」
ただ、冷静だった。
「でぇいっ!!」
憎しみに燃える瞳に見据えられ
「たぁっ!!」
怒りと共に打ち出される小刀を前にしても尚
「くっ……てえぇい!!」
腰に下げた一振りを夜風に晒すこともなく、男はただ涼しいものを顔に貼り付けたまま、少女の強烈な念をひらりひらりと躱すばかり。見ようによっては子供をあやすときに似た温かなものさえ感じられるほどに、双方の力量差は歴然だった――――。
「くそっ……どうして、どうしてッ!!」
決して、少女が軟弱というわけではない。手入れの痕の一つも伺えないひっつめ髪、妙齢にはあまりふさわしくない頬の刀傷、様になって久しいと思わせるほどの太刀筋。おそらくは今日という日の為だけに、青きものの全てを投げうってきたのだろう。小さな身体に纏う風格がそれを色濃く匂わせている。
だが――――
「まだ、これでもっ……」
“ 届かない ”
「私はっ、私は何の為に……ッ!!」
片膝を夜露に濡らし、苦悶のそれと共にひり出した絶望が、宵の深きに落ちてゆく。
「さて、これで満足していただけたかな」
「ッ………」
あくまでも淡々に徹する言葉から漂うそれは、少女が心の奥底へと押し込んでいたものを否応なしに強く揺さぶりあげた。
『お前は今日から ……… だ』
天涯孤独だった少女に名を与え
『遠慮することはない、ここがお前の家だ』
帰る場所と、腹を満たせるだけの糧を与え
『お前は気立ても器量も申し分ないが、いかんせん学が無い』
生きる為の知を与え
『私のことは好きに呼んでくれていい。だが、もしお前さえ良ければ……』
血を越えた愛情を与えてくれた――――
「おとっつぁん……!!」
諦めという言葉など、とうの昔にかなぐり捨てた。
「お前は……お前だけは絶対に!!」
あの日、変わり果てた父の身体をその手に抱いたあの時、確かな誓いを立てたのだ。
「必ずッ!! 私のこの手でッ!!」
「……まだ、立ち上がるか」
返した踵をぴたと留め、ゆらりと揺れた男の影。少女はそこに“ 勝機 ”を見出した。
『決して、刀を抜くことはない』
今際の際に、父が遺した言葉。
『相手が誰であれ何であれ、奴は一度見極めた者を斬りはせん』
最愛の伴侶を奪われた者の言葉。
『奴は………脇が甘い――――』
「うわああああああああああああああッ!!!!!!」
獣のそれとよく似た咆哮
全霊を込めて蹴り上げた土埃
真っ直ぐに獲物だけを睨み掴んだ瞳
地を叩く脚先から伝わる憎しみの鼓動
一歩、また一歩
全てが静止した中を、少女の波だけが
其レダケガ 流ルガ如ク――――
“ とっ ”
殺った
憎しみの切っ先は男の肚を貫いた
はずだった。
「ッ!?!?」
吸いついていた。
「んぐぐっ!?」
恨みに身も心も焦がし、復讐の鬼に成り下がったはずの可憐な少女の、その唇。
「んぐっんぐゥッ!?!?」
男のはだけた着物の傍らから、ちらと魅えたもの。
「んぐっ、ぷあっ!?」
丁寧に剃り上げられた艶やかな脇、その舌ざわり、その芳醇。
「あっ…………あまいッ!?!?」
舌先に感じた、濃厚な蜜。
「脇が甘いッ!!」
おわり。
脇
全てはそこに在る
そう、思わないかね