ツアー初日①
初顔合わせの翌日。
来週に迫ったツアーに向けて、スニップスの曲を頭に叩き込んでいく。
歌詞は英語だから、よくわからん。意味まで覚えられる時間はない。
俺に求められていることは、正しいリズムを叩くことである。
今回のツアーはレコ発。
つまり、レコード(CD)発売のツアーの為、新曲を中心に、定番ナンバーを含めて15曲を1週間で覚え、演奏できるまでにしなければならない。
譜面と音源を聴きつつ、地味な自主練習。
夜にはスニップスのメンバーが集まるスタジオに向かう。
「おはよーございます」
夜なのに、おはようございます。は業界七不思議。
「おはざーす」
「おはようございます」
ボーカルの馬場くんとアガリくんの二人はTシャツ、ジーパンとラフな格好。
そんな俺も、ジャージ。
暑いんだよ、バンドってやつは。
奈良部くんは、ハーフパンツ。
「んじゃ、始めますか。目標は1日3曲。付合さん、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
ドコドコドコドコ、ズンチャ!
前のバンドより、スピードは緩めなので、楽だ。
1日3曲なら、気合いでなんとかなる。
今回は、スムーズに楽しめそうだ。
______________________
そして、ついにツアー初日。
恵比寿から始まり、約4ヶ月で全国24カ所を回るツアー。
入院してるドラムの鳩くんの状況次第では、途中離脱もあるし、全部回るかもしれない。
チケットは、完売の会場もあり、遠征費用も宿泊費も賃金も保証されている。
条件は、とても良かった。
恵比寿の会場に、14時集合して、リハーサル。
早めの夕飯でも…と思っていた
「メイクさん入りまーす」
…ん?メイクさん?
「おはようございます!ヘアメイクの塔です。本日は、よろしくお願いします!」
あれかぁ、ロン毛のアガリくんとかイガグリヘアでもするのかー。
「おはようございます。塔さん、いつもすみません。あの、サポートで入ってくださる付合さんです」
「ああ、鳩くん大変だね。ヘルニアだっけ?職業病だよねぇ。んで、この人が付合さんね」
塔さんにジーと見つめられる。
久々な若い女子…
「オッケー。まずは、付合さんから、仕上げますか。塔です。よろしくお願いします。」
「え、俺?」
「任せてください。付合さん、素材はいいので大丈夫ですよ」
「はぁ…」
何が大丈夫かサッパリ分からないけど、任せるしか選択肢はないよな…
まぁ、今は、ステージメイクするバンドもいるしな。
「よろしくお願いします」
塔さんは、鏡の前にテキパキと化粧品を並べていく。
化粧水、クリームくらいしか分からない。
沢山のボトルやチューブに粉、キラキラした粉、フサフサの筆に白いスポンジ。
元カノが、使ってるのを見たことがある、髪をクルクルにする機械。
「準備できましたー。では、付合さん、こちらにどうぞー」
塔さんに導かれ、鏡の前に座る。
「こういうの初めてですか?」
「はい…」
「すぐ終わるんで、楽にしててください」
にへりと笑った塔さんは、コットンに化粧水を染み込ませて、軽くタッピング。
次に、白いボトルのクリームで保湿。
「あ、剃り残しあるんで、剃りますねぇ」
「すんません」
恥ずかしいなぁ…
電気シェーバーで、サクサクと髭を剃る。
また、保湿して、少し乾燥させる。
「はい、次、下地塗りまーす」
カシャカシャと日焼け止めみたいなボトルを振って、顔全体に散布。
また、乾かして、ティッシュを顔に押し付けられた。
「余分な油取ると、ムラになりにくいし、崩れにくいんですよー」
不思議そうな顔をしている俺に解説してくれる塔さん。
「コンシーラー行きまーす」
連日の練習で出来たクマを隠したり、髭を剃って青くなっている部分を隠していく。
「つぎ、ファンデ」
ブラシでクルクルとされると、あら不思議、美肌付合の誕生です。
「眉毛、ちょっと手入れして良いですか?」
「はぁ…お願いします」
先程のシェイバーとは違い細めのコーム型の電気シェーバーで、俺のボサボサ眉毛が整えられていく。
固めの小さいブラシで、眉毛を書き足して、クルクルと渦巻き型のブラシでぼかしていく。
「はい、ノーズシャドーね。これ入れると彫りが深くなるんですよ。ハイライトは高さを出したい所に入れてと」
濃いめのベージュの粉は、鼻筋に、白い粉をのせると、平坦な顔に立体感が生まれる。
「はい、アイメイク。二重幅にブラウンと赤を入れて、あぁ、ラメなしがオススメですよ。アイライン引いて、ダブルラインも入れましょう」
目が目が…!!
「涙袋作って…切開ラインも」
倍の大きさに!!!
すごい…
「シェーディングして、フェイスパウダーでテカリを抑えて、顔、完成です!髪もやりますねぇ」
温められていた機械で、クルクルと髪を巻かれて、外ハネを作っていく。
取り出したワックスを塗って…
「赤!?」
「はい、赤くなりますよ。シャンプーすれば落ちるんで安心してくださいね」
「はぁ…」
もう付いていけん。
「スプレーしまーす。ガチガチに固めますねぇ。
はい完成ですよー!」
いや、、、これって、、、
まだ気付かない付合さん…w
イガグリヘアは、ツンツンヘアのことです。