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3−2、トリフォリとオドロア(二人きりの結末)

「そう言えば、そなたの他の絵だが……それは何処にある? ひと目見てみたいのだが?」


 ふと、視線を外してオドロアが部屋を見回した。

 ここには椅子が二脚と、台座しか無い。

 簡素過ぎる部屋。

 どうでもいいと、世界から逃げていた部屋。


「あ、それは……」


「ここにはないのか?」


「……はい。実は、オドロア様を呼ぶ前に、インカナに頼んで絵を全てブレア姉妹の眠っている城に運ばせましたので……」


「仲間の眠る城を倉庫代わりにしたという事か?」


「い、いえ! そういうわけでは!」 


「冗談だ。そなたの事だ。何か理由があるのだろう?」


「そ、それは……はい。その……あの二人が目覚めた時に、私達がいないと知り、寂しがるのは可愛そうだと思いましたので……それで……せめてもの慰めにと……」


 引きこもって、思い出を頼りに描いたいくつもの絵。


「仲間想いなのだな、そなたは」


「そういうわけではないのですが……」


「謙遜するな。そなたの心は美しい」


「……」


 正直なところ、勘違いさせてしまって申し訳ないと思った。

 絵を運び出した理由は、荒らされぬよう人の手が及ばぬところに絵を保存しておきたかったというものなのだが、実は後世へオドロアの活躍を知ら示す為でもある。 

 絵に描いてあるのは殆どがオドロアだ。

 オドロアの活躍をひたすら描写してある。

 特に良く出来たものには「この世界はオドロア・ジン・シキミ・ミトラレス様のご活躍により救済されました」とも書いている。

 もしも眠り続けている彼女達が——エリカ・ハイデ・アルボレア・ブレアと、ソフィア・ジプ・コゴメラ・ブレアの姉妹が——目覚める事があれば、それを見てオドロアの活躍を人々に喧伝して欲しいと願いを籠めた。

 つまりは、仲間想いなのではなく、純粋な下心である。


「あのブレア姉妹が目覚めるとは思えぬが……もしも目を覚まし、絵を見て、この世界が変わった事を知れば……喜ぶだろう」


「そうだといいのですが……」


「きっと喜ぶ」


「……そうですね」


 だから、オドロアの心遣いが重く感じる。

 いっそ本当の事を話してしまうべきか? とも考えないでもなかったが、それを口にすると幻滅されるかもしれない。

 最後の時を前にして気不味い空気になるのは避けたい……。

 オドロアに嘘を付くのは心苦しいが、しかしこれもオドロアの為……そして自分の為……。

 色々と考えた末、結局トリフォリは曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。

 たった一つの嘘は、自分へのご褒美。

 未来への希望。

 それでいい。

 そういう事にして、トリフォリは自身を納得させた。


「これからどうする? この絵が未完成だというのならば、完成させるか?」


 手に持つ絵に視線を落として、オドロアが言った。

 綺麗に色付けされている。

 もう塗るところもなく、書き加えるところも無い。

 完璧に描かれたオドロアの姿。

 ついさっきまで、トリフォリはそこに完璧以上を求めていた。

 全身全霊。自らの全てを捧げて渾身の、最高のオドロアを描ききり、最後を迎えようと思っていた。

 しかし、それももういい。

 今、目の前に本物のオドロアがいて、終わりの時まで一緒にいようと言ってくれたのだから。


「いえ、それはもう完成しました。差し上げます」


「そうか。それでは有り難く頂こう」


 オドロアがそれを嬉しそうに眺めていると感じてしまうのは、自惚れだろうか?

 完璧以上には程遠い。

 完成を超えたものではない。

 ただ、あるがままを描いた絵。

 そんなものを見て喜んでくれていると思うなど、自分の勘違いではないか?

 少しの不安が過る。

 それを、流れるに任せた。

 雲は流れていく。

 それと同じだ。

 こんな思いは些細なものだ。

 オドロアが自分と共にいてくれるというだけで、心が満たされている。

 全てが今、自分のすぐ傍にある。


「オドロア様。よろしければ、散歩でもしませんか?」


「散歩?」


「城の周辺を、ふらふらと、適当に」


「適当に、か」


 窓に眼を向ける。

 思案気な表情。


「お嫌でしたら……」


「まさか。嫌ではない。単に、適当にふらふらするという事をした事が無かったと思っただけだ」


「そうなのですか?」


「上手く肩の力を抜けなかったようだ、私は」


 力なく笑う。

 そこにはもう本当に力がないように見える。

 気負っていない。

 自分と同じように、些末な事は考えていない。


「折角だ。最後は適当にふらふらするとしよう」


「最後の時がこのような形になってしまい……申し訳ありません」


「謝る必要はない。むしろこれで良い。そなたと最後まで一緒にいる事が出来て、私は幸せだ」


「私もです。オドロア様」


 申し訳ありません。それは表面上の言葉だった。心からのものではなかった。

 オドロアもそれをわかっていた。

 いつも通り堅苦しく返事をしてしまっただけだ。

 いつもと違うのは、気持ちの籠もった最後の言葉。


「幸せだ」という一言。


 それが聞けて、嬉しかった。

 自分の幸せと他人の幸せが重なる時ほど嬉しい事はない。


「行こう」


 絵の具が乾いたのを見計らい、絵を丸めて右手に持ち、左手で、オドロアはトリフォリの右手を取った。


「はい」


 指と指が絡む。

 憧れの人の存在が、自分と重なる。

 まるで、一部になったかのよう……というのは流石に言い過ぎか。

 二人きりだ。

 一人ではない。

 もう、お互いに一人になりはしない。

 そうして二人は部屋から出た。

 二人きりの結末。

 それを、これから迎える為に。


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