転章・新
「死んでしまったね。私の愛する吸血鬼。ロジェ・ヘリオト・ヘリオ・ガレリオと、アルマ・モリア・ノーア・ハイズは」
瞳の裏に、逆さの大魔女が写っている。
ここは大魔女の世界ではない。インカナが街の中心部に用意していた、災害時などに利用する避難場所である。だから彼女は私の瞳の裏側に存在している。
「同意を得た事になる。これで君は。生きる全ての吸血鬼の」
全てを殺して同意を得るつもりは無かった。
けれど、それに近い結果になってしまった。
多くの犠牲を払ってしまった。
本当にこれは正しかったのだろうか?
もっといい方法があったのではないだろうか?
答えのない問いに、自問しない日々はない。
「戻らないよ。時は。いくら願っても。例え魔法を使っても」
そうだ。だから、進むしかない。
次の為に、過去を顧みて、最善を探さぬ日々はないけれど。
これで良かったのだ、などとは微塵も思わないけれど。
後悔は無い。
「変わらないね。君は」
緩みそうになる頬を抑える。
端から見れば不意に微笑むのは不気味に映るだろう。
あるいは、安心感を与える事になるだろうか?
ロジェとアルマの死により、私は戦いの終わりを知った。
それをここにいる皆に告げるべきか否か。
少し悩むところだ。
私が伝えてもいいのだけれど、ここの領主であるインカナが来なければ皆は心の底から安心しないだろう。
彼らに与えるべきは曖昧な言葉ではなく、結果だ。主の無事な姿だ。
ならばやはりここは口噤むのが最良か。
「条件は満たされた。光を戻そう。この世界に。アルザギール・グラト・ピエンテ・マグノエリス。君がそれを望んだ時に」
どうか、よろしくお願い致します。
言葉には出さす、思いを伝える。
「ではまた会おう。アルザギール・グラト・ピエンテ・マグノエリス。私の愛する吸血鬼」
はい。また。大魔女グレン。
「来るよ。もうすぐ。ユーリは。私の愛する吸血鬼にして、君が大切に想う吸血鬼が」
瞳を開いた。
同時に、扉が重々しい軋みを上げて開いた。
敵が来たのかと、小さな悲鳴が上がる。
兵士達が各々の持つ剣や槍を構える。
私は立ち上がり、腕を一つ振ってそれを制し、ただ一人、ゆるやかに扉へと向かう。
そこにいたのは、ぼろ布を纏った若者だった。
きっと戦いで服が破れたのだろう。
それを主に見せるわけにはいかないと、隠そうとしてその辺にあった布を羽織ったのだろう。
私はそのような些細な事など気にしないと言うのに。
戦果を上げ、それでいて無事であったのだから、それに勝るものは無いというのに。
しかし、彼の気遣いは心地いい。
私への敬愛の気持ちで彼が満たされているのがわかる。
それは私の望んだ姿だ。
私の為だけに存在する吸血鬼。
私の大切な吸血鬼。
「ただいま戻りました、アルザギール様」
「おかえりなさい、ユーリ」
私が微笑むと、彼も微笑む。
いくつもの言葉はいらない。
感謝の念。勝利を称える綺羅びやかな台詞。
そのようなものは必要ない。
あぁ、けれど、思わず微笑まずにはいられなかった。
本来ならば、このようなやり取りではなく、ユーリから様々な報告を聞いて、完全なる勝利を確信してから、微笑みを浮かべるはずだったのに。
それなのに、安堵でつい笑みが漏れた。
「アルザギール様? 大丈夫ですか? ここも攻められていたようですが、お怪我はありませんか?」
私は余程間の抜けた顔をしていたのだろう。
引き締めて、答える。
「我々の仲間達の活躍により、私もここの皆も無事です。オドロアに血を捧げたので疲労感はあるでしょうが……全員、怪我一つありません」
「そうですか……それは……良かったです」
安心して集中力が切れ、力が抜けたのか、彼はふらついている。
私は彼が倒れぬよう、その手を握った。
「あなたの方こそ、無事で何よりです。ユーリ」
「アルザギール様……」
暖かな高揚感がある。
勝利と、お互いが無事であった事を確認し合い、幸福感を感じた。
私達は勝利した。生き残った。
こうして、大きな戦いが終わった。
世界の新たなる始まりは、すぐそこまで来ている。




