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城塞サイド2−4、落ちた。

 吸血鬼は血を武器とする。

 一概にそう言っても、使い方はそれぞれ異なる。

 鍔の無い刃だけの無骨な刀を持つユーリ。

 全身に幾重にも重ねた厚い装甲を纏うルーレス。

 槍を握るトリフォリ。

 鞭の如き形状のものを振り回すインカナ。

 グローブ状の武装を用いて拳を主体として戦うアルマ。

 それぞれが自身にとって扱いやすい形を造り、武器とする。

 その中でも異質なのが、ロジェだった。

 彼は剣を武器としていたが、それ以外にも、目に見える武器を形作るという事以外に、血を用いていた。

 彼の能力の秘密を、辛くも勝利を納めたものの、ユーリは戦いの中で遂に暴く事は出来なかった。

 ロジェと協力関係を結んでいたアルマは、能力についてロジェ本人から聞かされた時、素直に面白いと思った。

 ロジェの血の扱い方を。

 そのような使い方が出来るのか、と。


「こ、このような……ことが……」


 その時は感心していたアルマも、今、目の前の光景には言葉を失いつつある。

 

「私とそなたで一対一の決闘といこう。アルマ」


「オ、オドロアァーーッ!」


 声の震えは、怯えなのか。

 自らを鼓舞する為なのか。

 殺すべきと相手が目の前に現れた事に対する歓喜か。

 それとも、それら全てと、それ以外の全てが混じり合ったものなのか。

 何にせよ、感情的に声を張り上げたアルマの前で、オドロアが宙を蹴った。


「うお——っ!?」


 疾い——!

 想定外の速度に、咄嗟に拳を突き出すも、そこには既にオドロアの姿は無い。


「——!?」


 消えた!?

 馬鹿な!?

 間違いなくこちらに真っ直ぐ突っ込んできていた。

 それが、いきなり姿を消した。

 即座に両目を左右別々の方向に向ける。

 右か——?

 左——!

 左の拳を握り、裏拳気味に振る。


「流石だ、アルマ」


 恐るべき反射速度——だが、


「ぐわっ!?」


 左腕が、肘のところから地に落ちた。

 気付けば、オドロアは右にいる——それを視認した瞬間に、姿がまた消えた。


「っ!?」


 疾い。

 あまりにも疾過ぎる——否、あまりにも動きの変化が急激過ぎる。

 鋭い風切り音が——オドロアの移動音が、左右だけでなく、上からも、そこら中から聞こえる。

 空中を移動している。

 空間を縦横無尽に駆ける様に、翻弄される。

 次の動きが予測出来ず、追えない。


「ぬう……!」


 ようやく再生した腕。その下にある今しがた落とされた腕に、僅かに視線を向ける。

 通り過ぎる瞬間に腕を斬り落とされた。

 しかし、武器が見えなかった。

 最初に目にした時も、オドロアは両手に何も持っていなかった。

 装甲も纏っていない。

 黒いドレスのまま。

 けれど、ただの身一つでこのような事が出来るはずがない。

 何かある——が、その何かとは何か?


「ぬおおおおおおっ!」


 考える間に、音の方向を聴き定め、一歩踏み込み、拳を突き出す。

 当たる——はずなのに。

 吸血鬼の肉体を粉砕する威力を誇る拳——そのはずなのに。

 今度は右手が切断された。

 同時に、踏み込んだ左脚もずるりと膝からずれた。


「なにぃ——っ!?」


 装甲の隙間。

 そこに寸分の狂いもなく的確に、鋭い斬撃を通された。

 冷えた感覚が膝先から背中まで奔る。

 全く知覚出来ない。

 いつの間にか斬られている。


「ぬ……う……!」


 即座の再生。

 まだ戦える。

 だが、勝ち筋が見えない。

 オドロアが一体どのような攻撃を仕掛けて来ているのか全く想像も出来ない。

 血の応用力の高さについては、アルマ自身深く知っている。

 かつての大戦時には、巨獣を相手にしていただけなので鎧や剣を作り出すだけだった。

 そんな時代の中で、ロジェは逃げ出す巨獣に血を潜り込ませ、巣まで帰ったところで血を放ち、周囲の巨獣を串刺しにするという戦法を取っていた。

 画期的だと褒める者もいた。

 巣まで行って殴り殺すのと変わらないと馬鹿にする者もいた。

 反応は違ったが、アルマは感心し、能力の応用についてロジェと研鑽を重ねるようになった。

 実験と称して、大戦後の世界支配に邪魔になるであろう、正義感の強い者を様々な方法を試した上で葬ったりもした。

 その結果、ロジェの血の応用力は非常に高い位置に到達した。

 ロジェは剣から血を細やかな雫に、霧の如き雨のように放出し、自らの周囲、空中に漂わせていた。

 そして、その雫に何かが触れた瞬間、即座にその何かを迎撃するよう訓練を積み、反射的な対応を体に覚えさせた。

 言うなればそれは血の結界。

 永い時を掛けて身に付けた絶対防御の戦術。


「……」


 アルマは考える。

 周囲にあらゆる攻撃を感知する防御陣が敷かれているなどと、誰が思うだろうか?

 恐らく、そうと知っていなければ見破る事の出来ないものである。

 今自分が陥っているこの状況もまた同じだ。

 知らないからわからない。

 だから、考える。

 不用意に手を出さず、努めて冷静に。

 上かと思えば下。下かと思えば左。それを追うと右……目にも留まらぬ疾さで周囲を駆け巡るオドロアを敢えて追わず。

 考える。


「……」


 数瞬が過ぎる。

 攻撃は来ない。


「……」


 今も先の攻撃も、手を出したから斬られた。と捉えるべきか。

 こちらの動きを利用した……?


「……」


 ではこの凄まじい速度での移動との関係は何か?

 左右はまだわかる。

 上下はわからない。

 どうすれば空中を移動出来る?

 初撃では空中を蹴って突っ込んできた。

 ロジェと同様に空中に血を漂わせ、それを蹴り込んだのか?

 しかしそれならば足場とするのに相応の強度がいるはず。

 ただ足場を作るだけでは踏み込みに利用出来ない。

 見えない何か……血を用いている……どのように変化させればそのような事が……。


「不用意に動かないのは賢い選択だ」


 声を掛けられた。

 反射的に身構える。

 気付くと、オドロアが少し距離を置き、トリフォリを守るようにその前に立っていた。


「まさか……これ程までに力の差があるとはのう……」


 会話で場を繋ぐ。

 心を落ち着ける。

 この距離。姿を見せた理由。これは誘いだ。

 打ってこいと言っているに違いない。

 だが間違いなく、拳を繰り出せばやられる。


「ルーレスを除いて、我々に力自体の差はあまり無い。異なるのは血の使い方だ」


「使い方、か……ふん……ロジェもそういう事を言っておったわ」


「ロジェが?」


「うむ。……そうじゃ、この後ロジェと戦う事もあるじゃろうから、教えてやってもよいぞ? 無論、儂を見逃してくれるのであれば、じゃが……」


「ロジェがどのように血を扱っているのか、少なからず興味はある」


「そうかそうか。ならば……話してやろう」


 まず話す。

 話しをして、時間を稼ぐ。

 ロジェの名を口にして逆転の可能性に思い至った。

 まだロジェがいる。

 アルマはユーリの存在を知っている。

 戦う力を持たないアルザギールが用意した懐刀。

 ここにいる吸血鬼の数を見れば、いないのはユーリのみ。つまりは下でロジェとユーリが戦っているという事を示す。

 若輩の吸血鬼と、年を経た吸血鬼。

 戦闘の経験値。血の扱い方。実力の差。様々な点から考えても、ユーリに勝機はない。ロジェの勝ちは揺るがない。


「あやつはな、なんと血を雨の雫のように……否、それよりも尚細かい霧の如きものにしてな……」


 ユーリは囮であろう。とアルマは考える。

 ロジェとぶつけて、少しでもオドロアが参戦するまでの時間を稼げればそれで良し。ロジェに傷を負わせて消耗させていれば尚の事良し。

 そういう腹積もりで、ユーリを一人で向かわせたのだろう、と。

 故に、ロジェは来る。


「それを、こう……剣を振る度に周囲に振りまいてじゃな……薄い膜を張っている、とでも言えばいいのかのう……」


 そうしたら二対一になる。

 二人がかりならば勝機はある。

 一人が攻撃を受けて、もう一人が見極めればいいのだ。

 そうすれば、この謎の攻撃の正体が掴める。それさえわかれば、反撃の方法も考えつく。


「そうする事によって、あらゆる攻撃に対応する為の陣を敷くというか……何というか……」


 ロジェさえ来れば……。


「そのロジェだが」


 冷ややかな視線を送っているオドロアが、唐突に口を開いた。


「なんじゃ?」


 来たか?


「どうやらユーリに敗れて死んだようだ」


「なに!?」


 そんなはずは無い——はずだ。

 確認しなければ。

 壁際まで行って、下を見なければ。

 だが、まだ動くわけには……。


「動かないのは賢い選択だ。しかし、それは現状を維持するという意味合いしかない。私の攻撃は既に終わっている」


「——!」


 攻撃に備えて、アルマは咄嗟に全身の血液を硬化させ、防御の姿勢を取った。

 が——


「これで終わりだ」


 冷たい声が聞こえた。

 刹那、体がばらばらになった。


「ぬ——!?」


 簡単に、あっさりと。

 手や脚、胴体までもが、いくつもに別れて落下していく。


「——」


 石畳に落ちるまでの刹那、アルマは見た。

 飛び散り、空中を舞う血が、二つに裂けるところを。

 裂けた血が付着した事で、その線が浮かび上がったのを。

 そうか。

 糸か。

 辺り一面。そこら中に張り巡らした糸の如く細い血。

 血、故に強度など関係ない。自分の意志次第でどうにでもなる。

 硬くする事も、柔らかくする事も。

 それを蹴って移動していたわけだ。

 腕を振った時、それに触れた事で腕や脚が斬られたのだ。

 高速で移動するのと同時に、いくつもの血を放ち、目標の体に巻き付けていたのだ。

 そしてそれを一斉に極限まで硬化させて、鋭い刃とし、関節部など、防御の薄い箇所に潜り込ませ、斬り裂いた——。

 それにしても、この血は一体どれだけの長さで、どれだけの数があるのか。

 空中をも移動していた事から、途方もない長さ。

 急激な動きの変化からすれば、とてつもない数。

 見えない程に細くしたそれを操っていたとは……。


「完敗……じゃな……」


 やはり、勝てる相手ではなかった。

 戦えない時に攻撃を仕掛ける事でしか倒せない相手だった。

 アルマは自身の敗北を認め、石畳の上に無数の肉片となって落ちた。


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