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城塞サイド2−3、空から参戦

「ぐああああああああああああぁっ!」


 枯れた絶叫が響く。


「どーだ? いてぇだろ? このインカナ様の味わった痛みを存分に味わいやがれ!」


 もはやそれは剣ではない。突き抜けていた部分も、柄の部分も、全てがアルマの体内へと潜り込み、今や棘の塊と化している。

 その痛みは想像を絶するものに違いない。

 爪の先に針を刺されただけでも得も言われぬ痛みを人は感じるのだ。

 神経を直接貫く無数の棘。

 強烈な異物感。

 骨が刻まれる感覚。


「がああああああああっ!」


 致死に至る攻撃ではない。

 必殺ではない。

 しかし、動きを止めるには充分な、隙を作るに足る攻撃方法。

 痛みに足が止まり、集中が切れる。

 惜しむらくは、ここで吸血鬼を殺し得る必殺を加える事の出来る者がいない事……。

 仮にこの時、もう一人五体満足な吸血鬼がいたのならば、勝敗はここで決していた。

 けれど、それが出来る者はいない。

 傷の癒えていない吸血鬼達は動けず、流石のフォエニカルも武器を持たない徒手空拳では迂闊に死地へと踏み込めない。

 ようやく生まれた好機。

 だが、それを活かす事は出来なかったが故に——


「あぁぁああぁぁ……あぁぁああっ!」


 アルマは刺さっていたそれを引き抜く事が出来た。

 肉片が飛ぶ。

 斬れた骨の破片が石畳を跳ねる。

 血が乱れ舞う。


「はぁ……はぁ……や、やれやれ……危ないところじゃった……」


 言いつつ、目に刺さっていた矢も引き抜き、投げ捨てた。

 一度瞬きをすると、虚ろだった目に紅い光が灯る。

 かなりの傷を負っているように見えた。

 一瞬前までは。

 今はもう目だけでなく他の傷も再生している。

 爆ぜた肉が盛り上がり、破れた衣服も血で造られた黒い鎧で覆われている。

 これではむしろ先程までより一層強固になった印象すらある。


「ちっ……無理やり抜きやがったか……もうちょっと苦しんで欲しかったとこだけどよぉ、敵ながら大したやつだぜ、てめぇは」


「痛みは一瞬よ……その一瞬さえ我慢すれば良い……じゃが、まさか……ここまで傷を負うとは……正直、予想外じゃったわ……」


「あぁ? なんだ? もっと楽に事が運ぶと思ってたのか?」


「死んでおるはずのオドロアもトリフォリも生きておる……アルザギールとお前さんなんぞに手こずる筈もなしと思っておったが……その手勢は強者。全く、予想外の事ばかり起こるものよ……」


「戦いってのはそういもんさ」


「抜かせ。かつての大戦では前線におらんかったくせによう言うわ……」


「へっ……」


 敵同士でありながら、二人は同じ頃に、かつての大戦の時に思いを馳せていた。

 想像する場面は勿論異なる。

 けれど、抱く気持ちは同じものだった。

 あの頃は良かった……。

 とにかく目の前の敵を殺し、民を救う事だけを考えていた……。

 皆でたった一つ、それだけを目指していた。

 けれど、今は……。


「皆殺しじゃ……もはや容赦はせん。油断もせん。この場にいる者……一人残らず儂が自らの手で殺す……」


 硬質な音を立てながら、胴体部だけでなく、腕や脚を漆黒の装甲が覆っていく。

 ルーレスよりは巨大ではない。

 一回りか二回り、肉体が厚みを増した程度。

 装甲自体も関節部に隙間がある。

 しかし、頑強である。

 戦闘に於いて、攻撃と防御に必要な最低限の部分のみを補強した姿。


「まずは……フォエニカルと言ったか? お前さんからじゃ」


「えっ!? あたし!?」


 一番に指名されるとは思ってもいなかったのか、フォエニカルは驚き、倒れているインカナに眼をやった。


「もう少し時間を稼げ。頼んだぞ。フォエニカル」


「無茶言わないでくださいって……こうなったら、インカナ様を盾にして少しでも時間を稼ぎます。吸血鬼だし、まだ大丈夫ですよね?」


「は? おい、てめぇ」


「ははは……それはいい案じゃ。二人まとめて始末してやろう」


「ちぃっ!」


 インカナを持ち上げる。眼前に翳す。初撃を防ぐ。その間に距離を取る……敵の接近から攻撃の間に、そこまで出来るか!?

 咄嗟に思考を過った作戦とも呼べないもの。

 それを実行しようとした——直前、


「ぬっ!?」


 異質なる気配を感じ取り、アルマは振り返り、天を仰いだ。


「あ」


 フォエニカルも同様に、視線を宙に向けた。

 そこに、いた。

 一人の吸血鬼が。


「宙に……!」


 浮いている。

 いや、佇んでいる。と言うべきか。

 ふわふわと揺蕩っているのではなく、そこに足場があるかのように、直立している。


「何と——」


 何ということだ。

 何だこれは。

 どういうことなのだ。

 一体——!?

 アルマが驚きの声を漏らした。

 感心ではない、驚愕の眼差しを注がれたその吸血鬼——


「そなたの相手は私だ」


 オドロアが、静かに戦闘開始を告げた。


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