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城塞サイド2−2、お返しだ。

 最初に動いたのはトリフォリだった。

 凄まじい速度で繰り出す突きの連撃。

 真っ直ぐに放たれる尖った殺意。

 それを、アルマは捌く。

 ひらひらと、左手を揺らめかせ、最小限の動きでついと穂先に触れ、柔らかに突きを逸らす。

 硬質な物質同士が高速で擦れ合う際に発する耳障りな音が、しない。

 攻撃を受けているのではなく、流している。

 どれだけ完璧に己の肉体を操る事が出来れば、これ程の事が出来るのか。

 とてつもなく精密で、繊細な動き。

 それを行いながら、右手はインカナの鞭を追っている。

 インカナとトリフォリは示し合わせていたわけではない。

 先に動いた方に、後から動いた者が合わせただけだ。

 トリフォリが先に槍を繰り出したので、インカナはそれを見定めて、トリフォリの攻撃を援護する形で自身も攻撃を開始した。

 ほんの少し、拍子を外した攻撃。

 これまで二人並んで戦った経験はないのだが、長い付き合い故にそれは上手く重なり、強烈な二重奏と成って左右からアルマを襲っている。

 例えばこの攻撃を受けているのがユーリだとしたら、彼はどちらか一方に寄る事を選択しただろう。

 このまま両者の間に挟まれているのは危険だと判断して、防ぎつつ、この間合から逃れようとしただろう。

 だが、アルマはそうではなかった。

 アルマは依然として二人の間に立っている。

 僅かに脚の位置を変えてはいるが、大きく動いていない。

 その場に留まっている。


「ふふん」


「ちいっ!」


 インカナの操作する鞭の先端と、アルマの指先が触れ合う。

 すると、鞭の先が爆発したかのように弾け散る。

 インカナの武器は鞭のような見た目に反して重く、鋭い。

 形の上では鞭に見えるが、操作しているのはインカナだ。鞭そのものを模倣した曲線の軌道を描く事は当然出来るが、逆に描かない事も出来る。

 血なのだから、自由自在、縦横無尽。

 速度を殺さず、敵を仕留める威力も持つ。

 それが、弾けている。

 何故か?

 理由は単純だ。

 単純に、力負けしているのだ。

 強烈な勢いで振り下ろされる鞭の一撃が、アルマの指一本に。


「くそっ! やるじゃあねぇか! アルマァッ!」


「当然よ。かつての大戦が終わりを迎えてからも、腕を磨かぬ日は無し」


「この時を待ってたってかぁっ?」


「そういうわけではないが……備えてはいたかのう」


 叫ぶインカナとは対象的に、アルマは静かに語る。

 腕の動きも特段疾くはない。

 ゆるりとしている。

 しかし、無駄がない。


「それにしても、変わらんのう……インカナも、トリフォリも……」


「おう! 相変わらず美しいだろうがっ!」


「直情に見えて狡猾……」


 本来ありえない直線的な角度で方向を変え強襲するも、及ばない。

 血が弾けて宙を舞った。


「そしてお前さんは素直過ぎる」


「っ!」


 槍の穂先が掴まれた。

 ぴくりとも動かない。

 老人らしい風貌とは裏腹な、凄まじい腕力。

 年月という枷から解放されている吸血鬼なのだから、見た目相応の力ではないというのは当然と言えば当然なのだが、その佇まい異様である。


「さて、ここからどうするんじゃ?」


 インカナの攻撃は通用せず、トリフォリは槍を抑えられた。

 二人の攻撃が止まった。

 短時間の攻防だったが、アルマは既に二人の攻撃を見切っている。

 しかし——


「どーするもこーするもよぉ」


「攻めるしかないでしょう」

 

 言うやいなや、槍の穂先が爆ぜた。


「おう——!」


 驚いたというよりも、感心に近い声色。

 それを発した時、アルマの左手に深々と、棘と化した血が喰い込んでいた。


「吸血鬼同士の戦いに於いて、相手の武器に触れたままなのは危険でしてよ?」


 ここが好機。

 アルマの手を傷つけ、体内へと血を侵入させる事に成功したトリフォリは、そのまま勢いを緩めず血を送り込む。


「ぬう……!」


 身を裂かれる痛み。

 体内を駆ける苦痛は耐え難い。

 吸血鬼と言えど、耐えられるものではない。

 生きている限り、痛みからは逃れられない。

 それはその通りであった。

 が、


「ふんっ」


「なっ!?」


 まさか——あっさりとその血の流れを押し返される事になろうとは、トリフォリは考えてもいなかった。

 槍が変形していく。

 棘が次々と生えて、持ち主である自分の手元へと迫ってくる。


「くっ!?」


 血の支配力で負けている!?

 同じ年月を生きている吸血鬼同士、血を支配する力に差は無いと思っていた。

 だから、先手必勝。

 先に血を注ぎ込んだ自分が有利である。そう思った。

 目前に見えた勝利が、瞬く間に覆されていく。

 どれだけ血を操ろうとしても、自分の持ち物ではないかのように槍は反応しない。


「こんな——!?」

 

 こんな事が。

 このままでは自分がやられる。

 驚きから一転。即座にこの逆襲を回避しようと、トリフォリは慌てて槍を手放した。


「馬鹿野郎ッ!」


 瞬間、インカナの激が飛んだ。

 敵前で武器を手放すのは失策であるとトリフォリもわかっている。

 だが、そうするしかなかった。

 そうしなければやられていた。

 猛烈な痛みに蝕まれ、どうしようもなくなっていた。

 すぐに反撃すればどうという事はない。

 第二の槍を生み出そうと、手元に意識を向けたその時、


「甘いのう……」


 アルマが目の前にいた。

 そして、


「がはっ!?」


 五本の指が、彼女の腹部を貫いた。


「吸血鬼同士の戦いでは……相手の武器に触れたままなのは危険じゃったんじゃよなぁ?」


「アル……マ……!」


「これは危険な状況じゃな」


「うぐ——うぅっ——ああっ!」

 

 体内で血が暴れる。

 大量の血が口から吐き出される。

 一瞬で内蔵をずたずたにされた。


「吸血鬼との戦闘に詳しいお前さんなら……もう知っておるかもしれんが、良い事を教えてやろう。吸血鬼はのう、体内に異物があると再生が始まらないんじゃよ」


「なん……だと……?」


「儂とロジェでな、スオウで色々と試した事があってな。その時に知ったんじゃよ」


「き、貴様が、スオウを……!」


「手を下したのはロジェよ。儂は手伝っただけじゃて」


 手が腹部から抜かれた。

 激しい痛みでトリフォリは立っていられず、その場に膝をついた。

 瞳にはまだ闘争心が漲っている。

 だが、体は如何ともし難い。

 体の中に感じる異物。

 アルマの血の感触。

 深く、癒えない傷……。


「アルマァッ!」


「おっと」


 動けなくなったトリフォリへの追撃を阻止する為に、インカナが放った一撃は、しかし、あっさりと掴まれた。


「お前さんにもくれてやろう」


 先程と同じく棘が生え、迫っていく。

 その気になれば棘を生やさずとも血を相手に流す事も出来るのだが、これには視覚的恐怖を与える意味合いがある。

 これから酷い痛みを与えるものが迫ってくる。

 それを眼にすれば、たとえ吸血鬼といえで怖気づく。

 吸血鬼は不死に近いが痛みは感じる。

 弱点と呼べる程のものではないが、それは戦闘に於いて利用出来る要素ではある。

 痛みを受けてしまえば戦いに向けられている意識の何割かがそちらに取られる。

 受け入れなければ、それはそれで目前の戦闘から目を逸らす事になる。

 どちらに転んでも不利は無い。

 そう考えてのアルマの策を、


「そっちがそう来るなら! やってやらぁっ!」


「ほう……」


 インカナは受け入れた。


「ぐ、ぎっ!」


 伝ってきた棘が右腕を貫く。

 指先から甲。甲から手首。手首から腕。腕から肩。肩から半身。

 貪欲な獣の如き勢いで昇ってきたそれに、インカナは歯を食い縛って耐えている。


「が、あ、が、がっ」


「自ら受け入れるとは……そのまま儂の血を吸うつもりか?」


「あ、ぎ……そ、そ、う、だ!」


「我慢比べということか?」


「へ、へっ!」

 

 不敵に笑うインカナ。

 奇しくも——いや、他に選択肢がない故に、それはユーリがロジェに対して取った戦法と同じものとなった。

 血を送ってくれるのならばその流れに抵抗せず、逆に吸う。

 流し込むだけ流し込め。

 傷は増えるが、血が減るのは相手の方だ。

 耐えれば勝つ。

 実際、様々な要因が絡んだもののユーリはそうして勝利を掴んだ。

 この戦闘に集中しているインカナには下の様子などわからず、そんな事が起こっていたなど知る由もないが、この方法論は正攻法である。

 だが——


「ここらでやめにするか」


「なあ——っ!?」


 それは、相手が最後まで我慢比べに付き合えばの話しである。

 アルマは掴んでいたインカナの鞭から唐突に手を離した。

 手の皮ごと剥げていたが、それを気にする様子はない。

 些細な傷だからだ。その程度は。すぐに再生する。


「インカナよ。ついさっき儂が言った事を聞いておったか? 吸血鬼は異物があると再生出来ないというあれじゃ……お前さんの中に、今どれだけの異物があるかわかるか?」


「て……めぇ……」


 一方で、体の深い部分まで傷を負っているインカナは、前のめりに倒れた。

 棘は上半身から下半身へ向かい、右足の太ももまで達していた。とても立っていられるものではないとはいえ、倒れた事により、体の内側から突き出ていた棘が石畳に押され内部へと戻される。


「あ……が、う……お……」


 例えようの無い痛みに呻き声が漏れる。

 いや、むしろ呻き声だけでよく我慢したと言うべきか。

 壮絶な痛みが彼女の身を貫いているはずだ。

 未だ闘気を衰えさせず、戦おうとしているインカナの精神力。あるいは誇り高さに、アルマも感嘆の声を送った。


「いい覚悟じゃった。自らの身を呈して儂を倒そうとするとは、お前さんは大したものよ……じゃが、こんなところかのう」


「ぐ……」


「……う」


 立っている者はアルマを除いていない。

 アインは壁に寄り掛かる形で辛うじて立っているが、戦闘が行える状態ではない。


「暫くそこで寝ておれ。儂の狙いはオドロアよ。アルザギールも始末するが、まずはオドロアじゃ」


「き、貴様……オドロア様を……狙って……」


 血を吐き出しながらトリフォリが呻き、怒りの熱が籠もった視線をアルマに向ける。

 オドロアに手を出す者は許さない。

 何があろうと絶対に。

 そういう強烈な熱がある。

 けれども、それを受けてもアルマは平然としている。

 彼はわかっている。気迫だけでこの状況を覆す事は出来ないという事を。


「ここにオドロアがおらんという事は、あやつは深手を負っておるという事なんじゃろう?」


「……!? 何故、それを……!」


「当たりか。いやな、ちょっと考えればわかる事じゃて。そもそも儂らの立てた計画ではな、お前さんがオドロアを殺しておる予定じゃった。そしてお前さんはその後に、インカナとアルザギール、そしてその手勢に屠られておるはずじゃった」


「貴様……っ!」


「死んでおるはずのお前さんがこうして生きており、インカナに与しているのであれば……説得されたと考えるのが道理。ならばオドロアを殺してはおらぬはず……じゃが、もしもオドロアが万全の状態ならば、この場にいないはずがなかろうて。お前さん方のような弱者にこの場を任せるはずがない……それ程に、あやつは強い。儂やロジェ。ともすればルーレスよりも」


「その、通り、だ……オドロア様さえ……来れば……貴様程度……」


「軽く捻られるのう……じゃから、今しかないんじゃよ。あやつが表に出てこられぬ程の傷を負っている今しか」


「……!」


「儂が何故ここに来たかわかるか? オドロアの血の匂いを追ってきたのよ。ここからは濃い血の匂いが香ってきておる……お前さんが与えたんじゃろう? かなりの深手を。お陰様で助かるわい」


「くっ……!」


 あの時は、感情的に動いてしまった。

 その結果が、この有様である。

 愛する者を傷つけ、愛する者の死を望んだ敵の手助けをしていた。そして自分はその敵に叩きのめされている。

 あまりに無様……しかし、それで心折れる程、トリフォリは殊勝な女ではない。


「お前さん方を殺さんのは情けではない。それをする時間が惜しいからじゃ。吸血鬼を殺すには血を全て失わせなければならん。故に最も効率的なのが吸血じゃが……血を吸う時に儂がさっきやったようなやつで、あれこれ抵抗されてはかなわんからのう」


「い、行かせる……ものかっ!」


 怒りを燃やす。

 自分への、敵への。

 激情を糧に、未だ傷と痛みの残る体を無理やり動かす。

 戦う。

 オドロアを脅かす敵を倒す——そういう覚悟で、トリフォリは立ち上がった——が、


「安心せい。オドロアの次はトリフォリ、お前さんを殺すと約束しよう。すぐに後を追わせてやろうぞ」

 

 その覚悟を粉砕するように、アルマは拳を一発、彼女の心臓部に打ち込んだ。


「がはぁ——っ!」


 軽く手を動かしただけに見えたが、その実石畳を粉々にする程の凄まじい威力。

 更に叩きつけたのは打撃だけではない。

 杭だ。

 血で作られた黒い杭が、トリフォリの心臓部を貫いて、深々と城壁の一部に喰い込んだ。


「ぐ……あ……」


 口は動く。動くだけで、言葉が出てこない。

 重過ぎる衝撃に体が痺れている。

 重ねて出血。再生しない体内の傷。

 それらが全て一度にトリフォリを襲っている。


「さて……では行くとするかのう」


「ま、待ち……やが……れ……」


「待てと言われて待つやつはおらんわい。ではな」


 背後から掛けられた息も絶え絶えな声。

 それだけでインカナにも動く力がない事が窺える。

 故にアルマはひらりと手を振り、トリフォリを通り過ぎて、城塞の内部へと向かおうと脚を踏み出し——


「ぬぐ——っ!?」

 

 唐突に、左の視界を失った。


「お返しだ」


 放たれた矢が、アルマの左目に突き立っていた。


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