城塞サイド・襲撃前の幕間(それぞれの行動)
「別方向から敵が来るのだとしたら、それは巨獣の住む森を進み、背後の崖を越えて来る程の力量を持つ者。つまりは吸血鬼。恐らくはアルマでしょう」
戦場へと身を躍らせたユーリを見送って、アルザギール・グラト・ピエンテ・マグノエリスはその場にいた皆に向けて口を開いた。
アルマ・モリア・ノーア・ハイズ。
十二人の吸血鬼の内の一人が、ここに敵として来る、と。
「トランキノ。あなたは急ぎ屋上に向かって下さい。ユーリの援護と見張りをお願いします」
「わかった」
トランキノは即座に駆け出した。
一刻を争う事態。行動は迅速に限る。狩人としての即断即決。
「ミナレット。てめぇはユーリのとこに行け。ロジェは強ぇ。あいつ一人で勝てるかどうかわかんねぇからなぁ」
「畏まりました」
ミナレット・ルル・ルピナシウスも同じくあっさりと頷き、勝手知ったる城塞の中、眼下の戦場への最短ルートを進もうとした。
その背中に、かつて彼女の主であった吸血鬼、インカナ・ハ・クスト・ラーセイタは声を投げた。
「おいてめぇ、このインカナ様の許可なく死ぬんじゃねぇぞ」
「ご安心下さい、インカナ様。死ぬにしても、敵を殺してから死にますので」
振り返り一礼して、ミナレットは去った。
足取りに迷いは無かった。
これから待つ吸血鬼との戦闘に対する気負いなど一切感じさず、軽やかに、彼女は廊下を走り抜け姿を消した。
「吸血鬼を殺すとか、よく言うぜ……全くあいつは……おい、アイン。ぼさっとしてんじゃねぇ。てめぇはトランキノのとこだ。見張りに行け。ついでに伝令を飛ばして警備に当たってる兵を下がらせて、そいつらに街のやつらを一箇所に集めさせろ。中心部にある講堂だ。あそこがいいな。んで、そいつらにオドロアに血を捧げるよう言っとけ」
「えぇ……? やること多いなぁ……あ、そうだ。ぼく真っ直ぐ屋上に行くんで伝令はインカナ様に頼んでもいいですか? そっちの方が街の人達にとってもいいでしょうし」
「あ? なんだ? このインカナ様に命令か? 偉くなったもんだなてめぇ」
「いやいやいやいや、そっちの方が効率がいいかなって思っただけですって。伝令やって屋上まで行くの正直大変とかじゃないですから。嫌ならぼくがやりますから」
「誰が嫌だっつった? やってやんよ。任せな。そっちはやっといてやる。だからさっさと行け。このインカナ様もすぐ行ってやるからよ」
「本当にすぐ来てくださいよ。吸血鬼を相手にしたらぼくすぐ死んじゃいますので」
「生き延びてたら褒めてやる。何とか生きてろ。そしたら助けてやんよ」
「何とかって何ですか? 無茶言うなぁ」
「無茶でもやるんだよ」
「はーい」
さんざん軽口を叩いてから、これ見よがしにやれやれとため息を一つ吐き出して、アインはトランキノの後を追った。
「さてと……んじゃこのインカナ様は街のやつらに命令下してくっけど……アルザギールよぉ、そこのフォエニカル借りていいか?」
「フォエニカルがいいのであれば」
「あたしは構いませんけど……何か嫌な予感っていうか……大変なことやらされそうな気が……」
「いいから来い! ほら、行くぞ!」
「はいはい……アルザギール様、暫しお側を離れます。どうかお気をつけてください」
「フォエニカル、あなたも気をつけて」
「これも仕事ですから。給料の分はきっちり働きますよ。それでは」
アルザギールの警護が主な役目であるフォエニカル・フィアネルも、状況が状況なのでインカナに連れられて出ていった。
役目を果たす為にこの場を後にする者達。
残ったのは三人の吸血鬼。
「我々はこれから住民が集まる場所、インカナの言っていた講堂へと向かいます。そこにいる者達から血を貰い、オドロアには戦う力を取り戻して頂きます」
「異論は無い。戦おう。皆の為に」
オドロア・ジン・シキミ・ミトラレスは、死を望んでいた以前とは異なり、決意を固めている。
トリフォリ・クロバ・フォウ・シャムシャジークもまた同じであった。
「オドロア様のお手を煩わせるまでもありません。私とインカナとでアルマを、いえ、アルマだけでなくロジェも片付けておいて差し上げます」
「頼もしい限りだ。しかし、決して無理はするな。トリフォリ、そなたは消耗している。それに、ロジェもアルマもかつての大戦で第一線を戦い抜いた猛者だ。戦闘に関しては、あの者達は抜きん出ている。あの時よりも更に研鑽を積んでいるのであれば、その実力は一体どれ程のものになっているのか……」
「仮にあの二人が強くなっていようと、オドロア様には及びません。決して」
「だといいが……」
オドロアが自嘲気味に微笑んだ。
自身を信望してくれるのは有り難いところではあるのだが、些か過剰過ぎる期待を背負うのは久方振りである。
かつての大戦では巨獣相手に猛威を奮ったものの、その後隠居に近い生活を送っていた今の自分が果たして吸血鬼を相手にしてどこまでやれるのかは正直なところ未知数。
敵の実力もまた不明。
つまりは、やってみなければわからない。
そのように考えるオドロアの胸中を知ってか、トリフォリがこの話はここまでと言わんばかりに口を開いた。
「……オドロア様を送り届けた後、私も上に向かいます。そして、アルザギール……今このような事を言ってしまうのは悪いとは思いますが、私はあなたの為ではなくオドロア様の為に戦いに赴きます。もしも何かあった場合は、私はオドロア様を優先します。自分勝手ではありますが……それでも、私は……」
「それで構いませんよ、トリフォリ。あなたはオドロアの為に戦うからこそ力を発揮出来るのですから」
「アルザギール……」
「私に同族と戦える力はありません。故に、戦いはあなた方にお任せします。私は避難した民と共に願っています。ユーリと、あなた方の勝利を」
残った三人は城塞の下へと向かった。
こうして、それぞれがそれぞれの成すべき事を成す為に行動を開始した。
そんな、直後だった。
敵が来たのは。




