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2−5、大量の血。

 吸血鬼を殺す方法は一つしか無い。

 その肉体から、血を流し尽くさせる。

 しかしこれを吸血鬼相手にやるのは難しい。

 何故なら吸血鬼は血液を操る能力を持っているからだ。

 血を剣と化し、盾と成す。自らの身体を覆う鎧にも出来る。流動させ、硬化させ、好きなように扱える。流れる血を止める事など造作も無い。

 故に、単純な斬り合いで吸血鬼を殺すのはほぼ不可能だと言ってもいい。

 敵の吸血鬼の技量を越える腕前を持つ者ならば、一方的に斬り続け、永い戦闘の果に失血死させる事も出来るかもしれない。

 だからあくまで、斬り合いは繋ぎだ。

 本命への。

 吸血鬼である僕は、自らの血を通して相手の血を吸う事が出来る。

 これまでは自らの刀を敵に突き刺して、血を吸ってきた。

 吸血鬼は鋭い牙を用いて相手の首筋を噛んで血を吸うと言うけれども、アルザギール様はそのような端たない事をなさらない。

 僕も自らの口は高貴なるアルザギール様とお話しする為のものであるとして、戦闘に牙を用いる事は無い。それに牙を使って戦うなど非効率的だ。

 吸血鬼は生命を維持する為に他者の血を必要とするので血を飲むわけだが、戦闘では血を体外に放出して強力な武器とする。

 そしてその血の武器で眼前の敵の肉体を破壊し、流れた血をまた自らのものとする。

 血で血を呼び、血を以って血を成す。

 吸血鬼とはそういうものだ。

 要はこちらの血と相手の血が交わればいいのだ。

 自分の血を相手の中に入れなくとも、相手の血が自分の中に入ってくれば吸血の条件は整う。

 きっとこんな事態は滅多にないと思う。

 吸血鬼同士の戦闘でしか起こりえないものだ。

 こんな事態、僕は初めてだ。

 ルーレスとはこういう戦いをしていない。力と力をぶつけ合っただけだ。

 バイロは簡単に吸えたが、あれは不意打ちだったからだろうか? それともやはり吸血鬼同士の吸血戦闘を経験していないからあっさりと始末出来たのだろうか? 今となってはわからない。

 果たして、ロジェはどうだろうか?

 ミナレットと戦っている時、吸血鬼を殺したとか何とか言っていた。

 アルザギール様からお聞きしたお話し……巨獣の群れに殺されたという十二人の吸血鬼の一人、スオウ……そのスオウを殺したのは、実はロジェだった……。

 もしそれが本当なのだとしたら、ロジェにとってこれは初めての事態では無いという事だ。

 ロジェは吸血鬼の殺し方を知っている。

 経験があり、不意打ちでもない。バイロの時のように上手くいく保証は無い。それでも——僕にはここで勝負するより他に無い。


「ぐ……お……っ!」


「ふむ」


 血の綱引き……。

 今のところは、動きはない……。

 互角……ではない。ロジェの方が余裕がある分優勢だといえるか?

 僕は必死だ。

 呻き声。

 自らを鼓舞する低い咆哮。

 それを漏らし、腹に力を籠める。

 全神経を集中し、剣の表面に一回一回丁寧に鉋を掛けるように。

 ほんの僅かに、少しずつ。

 自らの血を注ぎ入れ、自らのものに変えようと試みる。

 勿論、ロジェはそれを阻止している。

 血と血が交わろうとする刹那、極の異なる磁石を反発させるが如く、結びつかぬようにしている。

 それ以外には何もしていない。

 押してもいない、引いてもいない。現状維持を続ける非常に繊細なコントロールをしている。


「う……あ、あ——ぐ、ぅ、ぅっ!」


「私の兵を大勢殺したところを見ていて思ったのだがね……あれは中々壮観だったよ。初めてあそこまでの事をやったのだろうけれど、君には才能がある。あのような血の使い方をした吸血鬼はいない。やはり人間は発想が自由なのだろうね。私の同胞などは扱いやすい武器を作り、それを振り回すだけだからね」


「ぐ、ぎ……!」


 それはどうも。などと軽口を叩いている余裕は無い。

 額には汗が浮かんでいる。

 力を尽くしている。

 極限の集中……。

 口を動かす事すら面倒になっている。

 視界がぼやける。

 立っている事すらきつい。


「そんな君だから、また狙っているね。剣による攻めと同じ、力押し。それで私の剣を強引に自らの血としようとしているようだが……これは逆に敵を誘い込む為の罠でもあるね?」


「……っ!」


「私が君に血を奪われまいと攻勢に出るその瞬間に、絡め取ろうとしているのだろう? 私が血を多く送り込み、主導権を強引に握ろうとしているところを狙っているのではないかな?」


「ぐっ……うっ!」


 薄く研ぎ澄まされた剣は二つの面しか無いと言っていい。僕の腹の中で血に接触している面積が少ない。だから、それが大きくなる時を、僕の血を吸う為に僕の内部に深く多くの血を伸ばしたところを狙っていたのだが、読まれていた。

 流石に経験者か。

 こちらの一枚上を行っている。

 どうする?

 どうすれば、こいつの上を行ける?


「君の狙いは読めている。だから、このまま持久戦を続けてもいいのだがね……未熟な吸血鬼である君は消耗の激しい長期戦など出来まい。その集中はいつまでも続くものではない。だからこの状況を維持するのが最も勝率の高い戦法だと私は確信しているのだが……こちらとしても、君に掛かりっきりというわけにもいかないのだよ。この後、あの砦にいる吸血鬼達を殺さなければならないからね」


「ふざ……けるなっ!」


 他の吸血鬼……。

 アルザギール様をその他大勢の一人として見るとは……恥を知れ。アルザギール様はそのような有象無象と一緒くたにされていい御方ではない。心から世界を想い毅然として行動するアルザギール様こそ世界そのものである。

 訂正しろ。

 いや、駄目だ。訂正では生温い。

 そもそもアルザギール様を殺すなどという考えを持つ事それ自体がこの世界に対する反逆と言っても過言ではない。

 こいつは今すぐ殺す。殺さなければならない。


「……力を増したか。凄いね。大したものだよ。やはりアルザギールの事になると君の闘志は燃え上がるようだ」


 僕は常にアルザギール様の為に自分の全てを捧げて戦っている。

 故に、アルザギール様のお姿を脳内に想い描いたところで、能力が爆発的に覚醒し戦況を優位に運べるわけではない。

 アルザギール様はアルザギール様として存在している。僕の危機にお力添えをしてくれたりはしない。

 だから、これはあくまで僕の心の持ちようによる僅かな変化でしかない。

 それでも。

 闘志ではなく、忠誠心を。

 燃やし尽くす。

 こいつをアルザギール様の下へ行かせてはならない。

 僕がここで仕留める。


「う、お、お……!」


 後先の事は考えない。

 集中する。

 極限まで。

 研ぎ澄ます。

 僅かに立つささくれ一本見逃さない。

 僕の体内には未だ棘があるが、それはもう気にしていない。腹に刺さった剣一本に全神経を傾ける。

 少しずつ、少しずつ。

 侵食の度合いを深めていく。

 ほんのちょとだけ。

 一ミリにも満たない遅々とした行軍。

 だが、進んでいる。

 僕の血が、ロジェのそれを取り込んでいく。


「ふむ……」


 ロジェが眼を細めた。

 効いている……のか?


「本当に……大したものだ……。私に剣で勝てない事を理解し、自らの体で剣を受け、そこからの吸血に……君にとっては剣よりも勝率の高い状況に持ち込んだのだから……いやはや、全く……あくまで瞬間的にではあるが、私の剣を取り込む事が出来るとは……無謀な事をしたものだと呆れたものだが、これを蛮勇と切って捨てるのは些か無粋というものかな」


「……?」


 どういう意図の発言なのか?

 その表情は……こちらを見下しているとも、認めているのか……その顔に浮かんでいるのは、一体どういう感情なんだ……?


「いいだろう。ユーリ君。君の思惑に乗ってあげよう」


「うっ!?」


 途端に、バランスが崩れた。

 唐突に、僕の中に流れ込むロジェの血が増えた。

 吸収するのが追いつかない速度で注ぎ込まれる、血液。


「な、何の——」

 

 つもりだ?

 そう問おうとした僕に被せるように、ロジェは言った。


「君に倣って、私も強引にいかせて貰うよ。君は強い。そして心が折れる事も無く、忠誠を尽くす相手を変える事も無い。実のところ手加減をして生かしておくつもりだったけれど、そうするのは無意味だと知った。だからここで確実に始末する」


 言い終わるや否や、僕は血を吐いていた。


「う、げ——え、げえぇ——!?」

 

 大量の、血が……僕の口から……体から……溢れ出た……溢れ出ていく……。


「存分に受け取ってくれたまえ。私の血を」


 突如、剣が姿を変えていた。

 無数の刃と化した血が……僕の体を、内部から……貫いていた。


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