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2−4、最後の攻撃。

「もしも私が君と同じ種族で、この戦いが純粋に自らの剣技のみに頼っているものであったとしたならば……勝利は君の手にあっただろうね。本当に無粋な攻めをしてしまって申し訳なく思うよ。剣技ではなく、血を飛ばして逃げ道を塞ぎ、追い詰め、逃げられなくなったところを斬るなど……まるで狩りだった。戦いではなかった」


 ふらり、ふらり。

 覚束ない足取りで、ほんの僅かに一歩、二歩。前に出る。

 足元には半ばから折れた——いや、断ち斬られた剣の先が二つ、地面に突き刺さっている。

 鈍色の冷たい輝きを放つそれは、さながら墓標のようだった。


「たった一人の相手を倒すのにここまでしたのは君で二人目だよ。あれは……ああ、思い出してしまった。あれは悲しい思い出だ。その相手は吸血鬼だった。私は同胞である吸血鬼と剣を交えた事がある。君も知っているだろう? スオウ・シルキア・コア・エンディカイト。かつての大戦で戦士した唯一の吸血鬼として名を残している彼だ。……実を言うとね、あれを殺したのは私なのだよ」


 ぼた、ぼた。

 大量の血が一斉に地に落ちた。

 ひゅー、ひゅー。

 掠れた呼吸音。

 首が裂けているせいだ。空気が漏れている。

 ごぼ、ごぼり。

 口元から血が溢れ、地に落ちた。


「正確には私達と言うべきだろうが……もしもあの時の経験が無かったらと思うと……恐ろしいよ。スオウとの戦いを通して、私は様々な事を知った。吸血鬼との戦い方、殺し方。そして血の扱い方……そんな色々な事を学べたのだ。今回私が君に勝てたのは、そのお陰だ。経験の勝利というわけだ」


 ぼきゅ。ぼきゅ。

 げぇ。うがっ。

 誰かの体が弾けた。

 飛んできた血の槍が、二本。

 それが彼女の体に刺さった。

 右の胸と、胴体の真ん中に一つずつ。


「これもその時に身に付けた技の一つだよ。あらかじめ他者の肉体に血を入れておくのだ。少量でいい。そしてこういう戦闘の場面が訪れた時に、その者の体中の血を私の支配下に置くのだ。血を操り、集め、硬化させ、撃ち出すのだよ」


 がく。

 両膝が地に着いた。

 ずさり。

 体が、地面の上に転がった。

 その身を貫いている槍のせいで、完全なうつ伏せにはならなかった。

 少し上体が浮いた変な格好になってしまっている。


「『動くな』という最初の一言もね、そういう事だよ。血を操って棘を作り、脚の中から地面に向けて打ち出して、その場に留まらせたのだ。本来ならアルザギール達が城から逃げ出してきた際に、彼らを使って雨の如く槍を浴びせる予定だったのだが……そこのユーリ君の活躍で大分兵士の数が減ってしまった。それに君も強かった。……素直に感心しているよ。白耳長で君ほどの使い手を見たのは初めてだ。今の首を斬った一撃も、当たるかどうか半信半疑だった。それに、首を落としたつもりだった……まさか、半ばほどしか斬れなかったとはね」


 ミナレットは、両手にまだ折れた剣を——刀身が半分程残っているそれを——握っている。

 けれど、ピクリとも動かない。


「それにしても、どうしたんだい? いつまでそんな姿勢でいるのかな? 脚が滑ったのかい? 手をお貸ししようか? ……ああ、いや、はは……すまなかった。そうだった。そうだったね。君は吸血鬼では無いのだった。首をほんのちょっと斬った程度で、体に何かが刺さった程度で死んでしまう、脆弱な生き物だった。本当に残念だ。君とは剣と剣でもう少し語り合いたかったというのに」

 

 余程勝利した事が嬉しいのか、ロジェは饒舌になっている。

 ミナレットは動かない。

 剣は折れた。

 血溜まりが広がっていく。

 傷は深いのか?

 ……仮に深くなくても、首だ……。

 それに、体にも槍が……。

 あれでは、どう見ても、死……。

 いや、そんな……まさか……。

 あのミナレットが……。

 こんなにもあっさり……死ぬはずが……。


「さて、ユーリ君。君は答えを決めたかな?」


 ロジェがこちらを振り向いた。

 剣を振りながらゆっくりと近付いてくる。

 口元には薄い笑みが浮かんでいる。


「私に付いて共に世界を導くか、アルザギールに付いて死ぬか。私としてはやはり前者をお薦めするよ。何かを支配するというのは心地がいいものだ。それが世界ともなると、気持ちが落ち着くよ。世界が私の掌から出る事がないとわかれば……安心出来る」

 

 ふざけたことを言うな。

 お前の一時の安心感を満たす為だけに僕がアルザギール様を裏切るわけがない。

 僕のアルザギール様への忠誠は絶対であり永遠だ。

 何があろうと変わる事はない。


「——っ!」

 

 攻撃を開始する。

 裂けている左半身から血を吹き出させ、伸ばす。先端は尖らせている。


「ほう。血を飛ばすのではなく伸ばすとは……先の戦いぶりを見てわかったが、君は血を体から離して操れないようだね。修練が足りない証拠だ。……だが逆に器用な真似をするものだね。そのやり方では消耗が激しいはずだが、私の兵を殺した事で、血に余裕があるからこそ出来る芸当だ。私を殺せる程のものではないがね」


 威力も速度も刀よりは劣る。

 あっさりと剣で弾かれ、先端部が粉々になって、ただの血に戻り、地に向けて飛び散る。

 通用しない。

 こんなものでは。

 必殺には程遠い。

 自分でもそれはわかっている。


「決定打になり得ない攻撃を繰り返すのは無駄な事だよ。血の無駄な消費は抑えるべきだ。攻撃を止めないのはせめてもの抵抗のつもりだろうが……そうか。最後まで自分はアルザギールの為に戦ったという矜持が欲しいと見える。……やれやれだよ。今の提案はこの世界の為でもあったのだがね。後者を選ぶとは。残念だ。君はもっと利口だと思っていたのに」


「ぐぅ——っ!」


 やはり、間合いだ。

 あの剣の届く範囲。

 あそこに入ると、まるで自動的にとでもいうように完璧に迎撃される。

 どこをどう攻めても、斬って落とされる。

 あまりにも完璧過ぎる。

 きっと、何かある。

 しかし、それについて考えている暇がない。

 ロジェの歩みは進む。

 一歩一歩、着実に。止まること無く、距離が詰まっていく。

 もう時間はあまりない。

 どうにかあの防御を掻い潜る方法を。

 一撃さえ。

 僕とロジェの血が交われば、勝機はある。

 いや、そこにしか勝機は無い。というべきか。

 ロジェはあのミナレットを殺したのだ。

 真っ向からの剣技で勝っていたわけではないが、容易くミナレットを斬った。

 それを見て、悟った。

 近間で剣を交える戦闘では、僕はロジェには敵わない。という事を。

 だから、一撃に懸ける。

 タイミングを見計らえ——。

 一撃だ——。

 それさえ入れば——。


「これまでだね、ユーリ君。なに、心配する事はない。私からアルザギールに伝えておくよ。君はよく戦った、と」


 ロジェが脚を止めた。

 ここだ。


「ああああああああああああ——っ!」

 

 叫び、地を思い切り蹴って飛び出した。

 左半身は、つい今しがたそこから血を伸ばしてロジェを攻撃していた際に既に切断しておいた。

 つまり身軽になっている。

 バランスには欠けるが、獲得した瞬発力と、与える衝撃はロジェの予想を超えた大きなものになっているはずだ。

 右手に握る刀は真っ直ぐ構えている。

 突きと呼ぶにはあまりにも不格好な、突きこむ事に特化した体勢。

 充分な加速に、充分な体重が乗っている。

 刃物の切れ味もいい。

 まさしく、乾坤一擲。

 これに賭けた。

 僕は、僕の全てを。

 そして——


「虚しいな。所詮造られた吸血鬼はこの程度という事かな」


 驚く間もなくあっさりと、ぎぃん、という音を一つ残して刀は半ばからへし折られ、横に飛ばされた。

 勢いも完全に殺され、僕はその場に立ち尽くした。


「——」


 やはり、間合いだ。

 剣の届く距離。

 ロジェは一定の範囲に入った攻撃を完璧に防御する事が出来るのだ。

 吸血鬼は血を使う。だから、これも血を何らかの形で使っている。単純な硬化とは違う。能力を応用している。

 それがどのようなものなのか——全くわからなかった。

 想像も出来なかった。

 結果、


「終わりだ」


「がはっ」


 僕の腹部に、深々と突きこまれた、血の剣。

 しかし、これこそが僕の望んでいた一撃だ。


「——っ!」


 肉を締める。血を硬化させる。刺さった剣を腹に固定する。


「うん?」


 同時に、刀を変形させてロジェの手首に巻き付け、その上から自分の右手を重ね、掴んだ。


「私の剣を封じる為に自らの肉体を盾とし——いや、違うな。剣と腕を取っているのか。なるほど。捉えたわけだ。私を」


「そう……だ」

 

 また服を破いてしまい、申し訳ありません。アルザギール様……。

 これは僕の弱さが招いた失態です。折角アルザギール様から頂いた服が、僕の血で汚れてしまいました……これしか敵を倒す方法を思いつかなかった僕を、どうか許さないでください。


「私の剣を通して、私の血を吸うつもりなのかな?」


「そうだ」


 もうこれしかない。

 剣を交えるのではない別の方法。

 吸血。

 これに懸ける。


「お前を殺す」


「面白い。やってみるといい」


 ここで終わらせる。

 これが僕に出来る最後の攻撃だ。


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