2−2、吸血鬼の再生力についての有り難いお話し。
再生だ。速く切り口をくっつけろ。
立ち上がれ。
速く。
攻撃の手を止めては駄目だ。
攻撃し続けなければ。
例え通用しなくとも、ロジェの持つ何らかの秘密を暴く糸口にはなる。
だから、動け。
速く。
ミナレットと協調し、戦闘を再開するのだ。
再生しろ。
速く——。
「君は再生が始まらない事を不思議に思っているだろうね」
こちらを見下ろすロジェの冷ややかな瞳に、強い視線を返す。
違う。
僕は焦っている。
呼吸が荒い。
息継ぎが上手く出来ない。
空気が抜けていく。
かすれた音がする。
整えなければ。
まずは呼吸を。
落ち着こう。
「しかしそれは仕方のない事だ。君が知らないのも当然だ。これは恐らく、私を含めてたった二人しか知らないのだから」
息を吸う。
ひゅー。変な音がする。
気にせず、吐く。
血反吐が口から吐き出される。
当然だ。
体が裂けているのだ。
血が正しく巡っていない。
ああ……くそっ。傷口からも出血が。
また服が汚れてしまったではないか。
「いいかい? よく聴き給え。若輩者の君に先達の私から、吸血鬼の再生力について二つ教えてあげよう。まず一つ目だが、吸血鬼はね、例えば腕を一本落とされると新たに腕が生えてくるのだが、腕を半ばまで斬られた場合は、新たに生やすのではなく傷口を閉じてくっつけようとするのだよ」
そうか。
なるほど。
だから僕の左半身は新たに生えてこないのか。
途中まで斬られたからか。
では何故くっつかないのか?
「とは言え、例えば首と胴が離れた場合などは、胴体を新しく生やすのではなく離れた胴体とくっつけた方が話しが速い。そのような場合は自らの意志で後者を選択する事もある。……それで、二つ目だがね、吸血鬼は己の肉体に異物が入ると、まずそれを体外に排出する事を優先するのだよ。再生が始まるのはその後だ。まずは異物を除去する。それから再生が始まる。逆はない。異物を取り込んだまま再生する事は無い」
異物……?
そんなものは……いや、ある。
何か。
感じる。
体内に何かある。棘状のものだ。
体内の至るところにある。
腕や脚からも出てきている。
斬られた箇所からも生えている。
小さいものから大きなものまで。
いくつもいくつも。
数えられないくらいに。
無数に。
これか。
これのせいか。
これを全て体外に排出しなければ、再生が始まらないのか。
「感じるかい? それとも傷口から見えたかな? それは私が剣で斬った時に入れたものだ。私の血だよ。自らの血として取り込もうとしても無駄だ。それは出来ない。その棘は私の支配下にある。君のものにはならない」
ご親切にどうも。
確かに言う通り、取り込めない。
いつもなら簡単に、それこそ何も特別な事はしなくとも、敵の血液を自らのものへと変換出来ていた。だがロジェが僕の体の中に入れたものは僕の一部にならずにずっと棘の形を保っている。
けれど、取り込めないならそれでいい。
溢れる血のせいで上手く喋れないが、口がきけたら一言言ってやりたいところだ。
殺すべき敵を前にしてべらべら喋るのは死亡フラグだぞ、と。
こうしている間にも、僕は異物を排出している。
「そう。それでいい。まずは異物を排出するんだ。中々いい調子だね。やはり君は思っていたよりも強い。素人にしては血の扱いが上手いよ。その様子だと、私の予想よりも早く再生しそうだな」
そうだ。
僕はもうすぐ戦えるようになる。
そうなったら、すぐに殺してやる。
「では君が戦えるようになる前に、お仲間の方を殺しておくとしよう」
お仲間……ミナレットの事か。
彼女はいつものように自然体で立っているが、距離は大きく取っている。
インカナの下らない命令でアルザギール様を殺そうとした時、僕が放った殺意に反応して下がったのはほんの数歩だったが、これはそれの何倍も距離がある。
それ程なのか。僕とロジェとの差は。
しかしながら、ロジェの気が変われば僕は一太刀で殺されてしまうだろうに、急いで助けに来ないとは……ミナレットは元々インカナの配下だし、アルザギール様を殺せという命令も実行しようとしていたし、仲間と言っていいのかどうか怪しいところだけど……それに、別に助けを期待しているわけではないが……それはそれとして、ミナレットが不用意にロジェに飛び掛かっていかないのが気に掛かる。
これまで一切の躊躇なくまるで散歩みたいに敵の間合いに入り込んで行っていた彼女が、動かない。
強くなる前とはいえ、僕の心臓を一撃で貫いた彼女が、じっとしている。
動けないのか……?
先の不意打ちは効かなかった。気配の無い攻撃を容易く凌がれた。
ロジェの強さはミナレットを上回っている……のか?
それで、踏み込めば死が待っているから、彼女は身動きが取れないのか?
「そうだ。言い忘れていた事があった。ユーリ君、君に一つ提案があるのだが……君は、アルザギールを裏切って私の下へ来る気はないかい?」
……?
頭が真っ白になるというのはこの事だ。
理解出来ない発言だった。
何を……?
何を言っているんだ?
「起こりえない事ではあるが、もし君が私を打倒出来たとしても、アルザギールは死ぬ。彼女の願いは知っている。この世界に日の光を取り戻す事だ。そうだろう? その願いに、あの城塞の中にいる吸血鬼達は同意した。そういう事があったのだろう? 折角この私が策を弄したのに、トリフォリはアルザギールに説得され、オドロアを殺せなかったのだろう? ……そう驚いた顔をしなくてもいいよ。考えればわかる事だ。ついでにもう一つ言っておこうか。オドロアは動けないのではないかな? 君のような未熟な吸血鬼が戦いの場に駆り出されているのが何よりの証拠だよ。……だとしたら、今が好機だ」
ロジェは息を吸い、吐いた。
覚悟を決めるように。
「どれだけの吸血鬼が同意していようと、アルザギールの願いを叶えさせるわけにはいかない。故に私達が殺す。……そこで、だ。死する運命の者に仕えるより、未来ある私に仕え、その吸血鬼の力を……この世界を平定し、真の平穏を齎す為に奮う方が有意義だと思うが……どうかな?」
今すぐ口を慎め。
いや、慎まなくていい。
殺す。
僕が、この手で。
今すぐ。
立ち上がろうと力を込めた。
未だくっつかない左半身、そこに付いている左腕が地面を擦った。
噛み締めている歯の隙間から血が流れた。
「う、ぐ……げぇっ……」
無為に血が流れた。
くそ……。
殺さなければならない敵は、目の前にいるというのに。
動けなくなっている場合ではない。
殺すのだ。こいつを。敵を。
「そうか。あくまで私と戦うか。想定通りではあるけれど、残念ではあるよ。君は未熟だが、だからこそ成長の余地がある吸血鬼だ。これからもその力で色々と楽しめたろうに……勿体無いが、交渉は決裂のようだね。とは言え、君はまだ動けないようだから、お仲間が死に行くところでも見ながらゆっくりと考えるといい。私は寛容なんだ」
言い終えるや否や、ロジェが風の如く駆けた。
刹那、本能に由来する反応速度を発揮し、ミナレットが剣を振った。
二人の剣撃が、交差した。
「ぐ、う……っ」
その光景を前にしてうめき声を上げる事しか出来ない僕のなんと情けない事か。
速く。
速く戦えるようにならなければ。
ぼとり、と。体の中から棘が一本出てきて、地に落ちた。
続けて、もう一本。
ぼとり、ぼとり……ぼとり……。
速く……。




