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2−1、勝ち目は無い。

 叫びから呻きへと変化した声を漏らす者達が両脇にいる。

 真ん中は血で濡れている。

 紅の一本道。

 その先に、ロジェがいる。

 ふと、闘技場を思い出した。全く関係はないと思うけれど。

 一対一がそれを想起させたのだろうか。

 ロジェは剣を振っている。

 一定の間隔で。

 指揮者のように。

 それだけで、その場からは動かない。

 僕を待っている。

 王者とそれに挑む者の構図を演出したつもりか?

 一言で芝居がかったやつだというのはわかったが……。

 絶好の見世物だろうけど、お前の思う通りにはならない。

 一撃だ。

 刀で一撃を叩き込み、そこから血を吸い、一息のうちに殺す。


「——!」


 一歩目から全速で、駆ける。

 血溜まりを踏み、越える。

 あっという間に距離が縮まる。

 ロジェはまだ動かない。

 間合いを調整する気配は無い。

 受けて立つつもりか。

 余裕だな。

 その余裕を抱いたまま死ね。

 きっと気持ちよく死ねるから。

 到達直前。

 残り一歩。

 右の刀を振りかぶる。

 踏み込む。


「——っ!」

 

 奥歯が軋むくらいに強く歯を噛み締め。

 全身全霊。

 振り下ろす。

 この一撃で終わりにする。

 必殺。

 それはそういうものであり——

 そういう結果を齎す——はずだった。


「む」


「うっ!?」


 躱された——いや、逸らされた。

 斬撃はロジェの肉体ではなく、大地を裂いた。

 衝撃が地を奔り抜けていく。

 ひび割れが大地を伝う。

 破壊された地面から砂埃が舞う。

 しかし、起こった事象はそれだけだ。

 ロジェには届いていない。

 寸前で、軌道を変えられた。

 放たれた僕の刀の横腹を、ロジェの剣が叩いた。

 強い力だった。

 凄まじい速度だった。

 攻撃の軌道を読まれていた……?

 僕の斬撃はロジェに当たらなかった。

 あのルーレスをも斬り裂いた、こちらの全力の攻撃に対応するとは……。

 だが、威力はロジェにとっても予想外のものだったらしい。


「まさか、これ程とはね」


 驚いているというより、感心している声色。

 ならば、そのまま感心していろ。


「ふ——っ!」


 攻撃を逸らされた。それがどうした。

 一撃で駄目なら二撃目を繰り出すだけだ。

 即座に攻撃を再開する。

 地面に潜り込んでしまった刀身を引き抜き、二撃目。


「速いね」


 剣で受けられ、弾かれた。

 硬質な金属音。

 舞う血の破片。

 体勢が崩れそうになる。堪える。左手の刀で三撃目。


「腕力もある」


 また、弾かれた。

 斬撃を放つと、放ったそれが、即座にロジェの剣によって剣筋を変えられてしまう。

 なんという反応速度なのか。

 驚異的だ。

 けれど、まだだ。

 四撃目。


「荒いが、剣筋も悪くない」


 弾かれた。

 さっきよりも強く。

 踏み止まる。

 退きはしない。

 ここで決める。

 こちらは両手に一本ずつの二刀流。

 対してロジェは一本。

 数の上では勝っている。

 二刀を活かし、一呼吸する間に放った幾重もの斬撃。

 空から降ってきた水滴が地に落ちる頃には、無数の雨となっている程の数と速度。

 それでも——


「闘志もある」


 届かない。

 全く。

 隙が無い。

 これだけの連撃に対して、少しもブレずに対処される。受け流される。

 的確だ。

 剣の軌道を見切り、攻撃が来る箇所を読んでいる? いや、そうではない。それならば躱すはず。わざわざ剣で対応する必要は無い。

 まるで見えない壁がそこにあるかのようだ。

 後の先とかいうやつなのか?

 武道の境地というか、何というか……。

 わからないが、とにかく、通用しない。

 こちらの斬撃が。


「殺意も十二分にある」


 全て防がれる。

 だが、反撃はない。

 口は滑らかに動いているが、実際のところは防御で手一杯になっている——はずだ。

 今の段階では、敵の反応速度がこちらの攻撃速度を上回っている。

 しかし、攻撃されないという事はそういう事だ。

 僕が一撃を加えられないのと同様に、ロジェも攻めあぐねている。こちらの攻撃を防ぐ事に専念している。そうせざるを得ない状況だという事だ。これは。たぶん。

 実際、ルーレス程の圧力は感じない。

 ルーレスは圧倒的だった。萎縮する程の威圧感を覚えた。

 ロジェからはそれ程の空気は発せられていない。

 それに、身体能力で劣っているとも思えない。

 戦闘経験とか技術の差とか様々な要素で僕がやや押されているくらいではないか?

 差はそこまでない。

 直感だが、そう思う。

 そう思いたい。

 攻撃を繰り出し続ける事でこの状況を作れているのならば、このまま攻撃を続ければ、この鉄壁の防御を崩すチャンスを生み出せるはずだ。

 そう思いつつ、更に斬撃を放つ。


「君は強い」


 斬撃。受け流される。

 斬撃。受け流される。

 斬撃——受け流される——。

 崩れない。

 少しも。


「くっ——ああぁ——っ!」


 必死になり過ぎて呻き声が漏れた。

 不味いな。

 変な声を出してしまった。

 僕は必死です。ここが自分の限界点です。もうこれ以上はどうにもなりません。と懇切丁寧に教えているようなものではないか。

 だが、ロジェがそれを気に留めた様子は無い。

 勝ち誇った笑みを浮かべるでもなく。

 余裕の表情を見せつけたりもしてこない。

 冷たい眼をしている。

 全ての斬撃を完璧に防ぎきり、自身が圧倒的に優位に立っているこの状況下で、まだ僕の実力を推し量ろうとでもしているかのようだ。

 けれど——何だ?

 この眼……。

 ロジェの眼は、僕の刀を追っていない。

 僕を見ている。

 僕だけに視線を注いでいる。

 それなのに、今まさに振るわれる刀には一切の関心を示さず、攻撃を防いでいる——何故だ?

 そんな事が出来るのか?

 闘志、殺気、諸々の気配、空気の振動……挙げればキリがないが、刀自体を見ずに、そういうものを拾っているだけで、ここまで見事に対応出来るものなのか?

 違和感がある。

 何だ?


「うん? 何だ?」


 疑問が浮かんだのと同時に、ロジェの剣が唐突に真横に振られた。

 何かを斬っていた。

 斬られた何かは地に落ちて軽い音を立てた。


「弓矢か? 今のは? 城塞から射ってきたようだが……この距離……アルザギールが雇ったという獣人の射手だろうか?」

 

 ロジェがのんびりと喋っている間にも斬撃を繰り出す。が、効かない。

 あれは恐らくトランキノの狙撃だ。


「君の知り合いかな? それとも、インカナの子飼いの兵士だろうか? 何にしても、大した腕前だ。全く気配を感じ無かった。私でなければ当たっていたよ」


 次の矢を警戒してか、ロジェはひゅんひゅんと剣を振る。

 気配も無く、発射地点も見えない一射。

 風切り音も殆どしなかった。

 この僕ですら気付かなかったくらいだ。

 それなのに——戦闘の最中に全く気配を感じさせない今の矢を軽々と落とすとは、どれだけ周囲に神経を張り巡らせているのか——いや、あるいは反射的にか? 斬って落としてから矢に気付いていた——今の反応はそういう感じに見えたが——何にしても、ここではないか? チャンスは。


「おおおおおおおーーっ!」


 叫び、刀を奔らせる。


「まだ戦意を失わないとはね」


 不意を突いたわけではないので、僕の連撃は当然ロジェに届かない。

 さっきの繰り返しだ。


「やはり、君は強い」


 ロジェもそうなる事をわかっているようで、呑気に喋っている。

 けれど残念ながら、さっきとは違う。

 何故僕が叫んだのか。

 その意味を理解していない。

 まだ戦う意志があるという事を見せつけたかったわけではない。

 今のはカモフラージュだ。

 強い気を発して、意識をこちらに今まで以上に向けさせた。

 僕がそこまでする必要は無いと思うが、それでも、一応。

 ロジェの背後。動けぬオブジェと化してくぐもった声を発している敵の群れの隙間を縫って、ミナレットが近付いてきているのが見えたのだ。

 白い服を着て目立っていたからすぐわかった。

 たぶん、インカナが行け。敵を殺せ。とでも命じたのだろう。

 それで、野戦装備など整えずに着の身着のまま、剣だけ持ってやって来たのだろう。

 僕一人だと心配だったらしい。

 全く、余計なお世話だ。

 こんな敵、僕がこれから真の力を発揮してすぐにでも倒してみせる。……が、折角なので手を借りるとしよう。

 タイミングを合わせなければ。

 前にいる僕に意識を集中させ、無防備な背中をミナレットが突く。

 不死身の吸血鬼はそれくらいでは死なないが、ダメージを受けて動揺したところで隙が生まれるはず。そこに僕が畳み掛ける。

 一撃さえ入れば、そこからはどうとでもなる。

 ミナレットの一撃さえ、入れば。


「それでも」


「ああああああああ——っ!」


 全力を振り絞る。

 これまで以上の速度。

 これまで以上の力。

 肉体を限界以上に酷使して、強烈な二撃を放った。

 時間差を設ける。

 攻撃のタイミングをほんの僅かにずらす。

 強烈な一撃目が軽々と軌道を逸らされる。

 その後を追っての、ほぼ同じ威力の二撃目も同じく通用しない。

 でも、これで充分だ。

 意識を完全にこちらに向ける事が出来た。

 ミナレットがロジェのすぐ後ろに着いた。

 黒と赤に塗れた戦場では嫌でも目立つ白い服を着ているくせに、ここまで僕以外に気付かれず接近してくるとは。

 悔しいが、流石だ。

 僕は視認した事で気付けたが、ロジェはまだ気付いていない。

 当然だろう。ミナレットは今の僕でさえ簡単に勝てるかどうかわからない使い手だ。

 彼女は強い。

 それも異質な強さを持つ。

 入る。

 ミナレットが握り締めているアネモネの片手剣が、ロジェの腹部に。

 刺さる。

 そのタイミングに合わせようと、再び僕も剣を振る。

 ここで崩す。

 殺す。

 僕達のどちらか二つの斬撃。

 どちらか一つは必ずロジェに突き刺さる——!


「それでも、君は——」


 そうならなければおかしいのに——

「否、君達は」


「——!」


 ミナレットが大きくよろめいて体勢を崩している。

 奇襲を防がれたのだ。

 あの、ミナレットが。


「なっ——」


 僕もまた、同じだ。

 いや、違うか。


「がはっ!?」


 僕は斬られた。

 驚愕し、僅かに気が逸れたせいだ。

 防ぐ事も出来なかった。

 速過ぎる。

 攻撃を弾かれたのとほぼ同時に、左の肩口から鳩尾の辺りまでを剣で深々と斬り裂かれた。


「あ……が……」


 こんな……馬鹿な……。

 服が……破れてしまった……。

 アルザギール様から頂いた……服が……。

 こんなにも、大きく……。

 破損してしまった……。

 馬鹿な……。

 自分の肉体の断面図が見えた事よりも、服が破れた事の方が遥かにショックが大きかった。

 あまりにも心の痛みが激し過ぎて、全身から力が抜けてしまい、思わず地面に両膝をついていた。


「私には勝てない」


 頭上から、ロジェの言葉が降ってきた。

 自信に満ちた言葉……。

 それを受けて感じる、違和感。

 やはり、おかしい。

 これは速度の差などではない。

 とてつもない身体能力によるものや、長年の戦闘経験による先読みでもない。

 それだけではミナレットの一撃を防ぐ事は出来ない。

 最強の吸血鬼であるルーレスと戦えた僕の攻撃をここまで完全に凌ぎ切る事など出来ない。

 何かある。

 ロジェには。

 単純な戦闘能力以外の何かが。

 その正体を突き止めなければ、僕達に勝ち目は無い。


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