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1−2、ワンサイドゲーム2

 ばしゃり。ばしゃばしゃ。

 

 紅いで満たされた大海の真ん中を走る。

 靴の汚れは落としやすいが、シャツに付くと面倒なので、飛沫が跳ね上がり過ぎないようにかなり気を遣っているが、状況が状況だ。

 アルザギール様から頂いた衣服や靴を汚してしまうのは大変申し訳無い事である。本当に申し訳ない。

 血を落とすのには慣れているので、後で頑張って洗濯しよう。


「ひ——っ!?」

 

 進んだ先で、刀を振り抜く直前、そんな怯えの声を獣人が発した。

 刎ねられた首は未だに目を見開いて恐怖で口を半開きにしている。

 最後の最後に脳裏に焼き付いたのが僕への恐怖だとは。

 情けない。

 けれど、そうでなければならない。

 お前達は、大勢の罪なき住民を殺してきたのだろう?

 暴力で蹂躙してきたのだろう?

 この世界は力が全てだから。

 だから、お前達も同じ目に遭うのだ。


「に——逃げ——げぇ」


 背を見せた白耳長を、頭から真っ二つ。


「あ——あ——」


 剣を手に震えている黒耳長を、剣とそれを握る腕諸共に横向きに両断。


「げ、げ——ぎ——」


 僕に対して何をすればいいのかわからず、戦意を失って放心状態になっていた狼顔の獣人を袈裟斬り。

 僕の肉体を通して放たれるアルザギール様の静かな怒りは、順調に敵を地獄に叩き落としている。

 良いペースだ。

 しかしこうまで順調だと、逆に腑に落ちない。

 ロジェはどこだ?

 何故やつは何もしないのか?

 やつの姿はまだ見えない。

 ついさっきの嘘だらけの宣誓の後に後方へと去っていくところまでは目にしていたが、今は一体どこにいるのか?

 これだけ自分の兵が殺されているというのに、僕の前に出てこないのは……何もしないなんて……おかしいのではないか……?

 まともな将ならば、兵を無駄死にさせない為に、それ以上士気を落とさせない為に、すぐに僕と戦うはず……僕が同じ立場ならそうする……ような気がする……。

 と言うか、そもそも最初に突撃なんてさせないのでは?

 あんな事をすれば、僕でなくとも吸血鬼の誰かが……それこそ城主であるインカナとかが出てきて、ロジェが折角集めた兵士達が無残に薙ぎ払われるのは目に見えている。

 トリフォリを利用してオドロアを殺し、あわよくばアルザギール様を亡き者にし、インカナとついでに僕も始末しようと企んでいたと思われるから、吸血鬼がいないと見越しての突撃だったのか?

 だが、普通そこまで楽観的に考えるだろうか?

 トリフォリは決して強くない。

 インカナはまだしも、僕を殺せる力は無かった。

 僕の実力を知らなかったからか……? 実力を見誤った結果、このような事態を引き起こしてしまった。だから、狂った計算を正す為に、今は僕の実力をきちんと見る為に、兵士に戦わせ、どこかから観察しているのか?

 だとしたら、さっきの血の大剣を見せるのは不味かったか?

 あれで僕の血を操る能力を把握されてしまったか?


「た、隊列を! 隊列をく——げぇ!?」


 これは何を目的とした突撃なのか。

 ロジェの狙いは何なのか。

 片手間で思考していたところ、どうにかして戦況を変えようとしていたのか、少し離れたところで大声を張り上げていた白耳長の、この場でまとも思考力を持っていた貴重な兵士が不意に倒れた。


「ん?」


 何だ?

 僕は何もしていないのだが……?


「応戦しろ! おうせ——んがっ!?」


 また、一人倒れた。

 今度は馬に乗っているやつで、高い位置にいたので、何があったのか視認出来た。

 矢だ。

 闇に紛れさせる為に黒く塗られた弓矢が兵士の顔に、目に、深々と突き立っていた。


「今のは……援護か? こんな事が出来るのは、トランキノさん……?」


 そこら中敵ばかりとはいえ、指令を出している者の目をピンポイントで狙える程の使い手となると、彼女くらいしか思い浮かばない。


「ぎっ」


「ひがっ」


「ぃぃ」


 バタバタと倒れていく敵。

 大半は眼を射抜かれているが、それ以外のところに命中して倒れている者もいる。

 トランキノだけではない。

 もう一人か、二人いる……フォエニカル隊長だろうか? 隊長なら、これくらいの事は出来そうな気がする。

 どこから射っているかはわからない。城塞のどこかからのはずだが、気配が探れないくらいに遠くからの狙撃だ。

 流石としか言いようがない。

 援護ありがとうございます。とでも感謝を述べるべきだろうか?

 トランキノの視力なら、一礼すればわかってくれるとは思うが……。

 僕としては正直今のところ全く問題は何も無く、一人で全然大丈夫であり、援護など全然必要ではないのだが……まあ、それでも少しは役に立ったか。

 兵士が僕の手で瞬く間に死へと誘われ、恐らくは部隊長クラスの、隊を束ねていたと思われる者が狙撃で立て続けに屠られた事により、敵は総崩れになり始めた。

 蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 戦線が後退していく。

 凄い勢いで。

 数万の軍勢が、たった一人の僕に追い立てられているようで滑稽な光景だった。

 もう戦う気は無い。と言わんばかりに、武器を放り出して逃げる獣人。

 一足で踏み込んで、その背中に、刀を伸ばして背後から突き刺した。


「ぎひっ」


 びくんびくんと体が震えている。

 楽だが、こうやって一人一人追いかけて始末するのは面倒だな……。

 もっと効率的な方法があれば……。


「あ、そうだ」


 良い事を思い付いた。

 丁度いい。今殺したばかりのこいつで試してみよう。

 さっきの巨大な剣を作ったのを応用する。

 更に手の内を晒すのは良くないかもしれないが、敵をむざむざ逃がすわけにもいかない。

 憶測で何もしないより、アルザギール様の怒りに身を任せる。

 それが正しいと判断した。


「ふー……」


 集中。

 一人殺せば一人分の血が得られる。それを利用して刀を伸ばす。

 刀身を伸ばしつつ、枝分かれさせる。


「ぎゃっ」


 右に行った一本の枝が敵に当たった。

 いいぞ。

 そこから更に伸ばす。


「げっ」


 左の方は敵の脇腹に当たった。即死ではない。問題ない。中でかき回してそいつの腹から次の枝を生やす。


「あががが」


 そいつはぶるぶると大きく震えている。

 内蔵をズタズタにされているからだ。

 きっちり鎧を着込んでいるので顔は見えない。どの種族かも判然としないが、そんな事はどうでもいい。

 僕の武器になって死んでくれ。


「げぼ」


 伸ばす。


「ひぃ」


 貫く。


「あづぅ」


 次から次へと。

 イメージは木だ。

 一本の剣を幹として、そこから伸びる無数の枝。

 際限なく育っていく樹木。

 一人貫き、一人貫き。

 血を吸い。

 生を喰らい。

 成長する。

 伸びていく。

 連鎖し、増幅していく死。

 皆一様に同じ方向に逃げているからこそ、被害が広がる。

 死から逃げようとして、次の死を齎してしまう。

 誰も彼もが自分の命しか大事にしていないから、そうなるのだ。

 度し難いならず者共め。

 自らの心根の醜さで死ね。腐り果てろ。大地に拒絶され、屍を晒したまま朽ち果てていけ。

 僕には一片の慈悲も無い。

 この血で作られた木の成長は、彼らの命全てが潰えるまで続く——それを確信していた、その時、


「——!」


 最初の一人目にした獣人の頭が、弾けた。

 眼前に迫るは、赤く尖ったもの——槍だ。

 血の槍。

 トリフォリが使っていたそれよりは細い。

 だからなのか、疾い。


「ぐ——っ!?」


 顔を背けた。

 反射的な行動だった。

 顔の前に何か飛んできたから、思わず動いていた。

 それで、左の頬が浅く抉られただけで済んだ。

 ほぼ同時に、背後から破壊音が響いてくる。

 城塞の一部にそれが深々と突き刺さり、岩壁を砕いた音だ。

 わざわざ振り向いて確認しなくともわかる。

 あわや回避が間に合わないと思ってしまうくらいの凄まじい速度だった。動くのがほんの少しでも遅れていたら僕の顔面の左半分は吹き飛んでいた。

 強烈な一撃だった。

 こんな攻撃が出来る者は、限られる。


「……」


 未だ敵の数は多いものの、あり得ない程の死で埋め尽くされ、見通しの良くなった草原。

 視線を向けた先に、そいつはいた。

 血だらけの戦場には似つかわしくない、簡素だが貴族的な風格を感じさせる、白い衣服を身に着けた者。

 この死の軍団を連れてきた将。

 十二人の吸血鬼の一人。

 ロジェ・ヘリオト・ヘリオ・ガレリオ。

 アルザギール様を逆賊などと呼んだ不埒者。

 アルザギール様の怒りの鉄槌を絶対に振り下ろさなければならない相手。

 僕が殺さなければならない敵。

 そいつは僕を真っ直ぐに見据えて、静かに言った。


「我が同胞に告げる。その場を動くな」


 同胞?

 それは、吸血鬼を指すのか?

 動くなと言われて、動かないやつがいると思うのか?

 すぐに浮かんだいくつもの疑問、反論。

 それを口にする前に——それが起こった。


「いぃ〜〜〜——が〜〜〜——っ!」

 

 野太い声がいくつも上がった。

 僕の口から出た叫びではなかった。

 それは、運良く死の届かないところにいて未だ生き残っていた者達の口から発せられていた。


「——! なっ!?」

 

 驚かずにはいられなかった。

 異様な光景だった。

 天を仰ぎ、あるいは地にひれ伏し、叫ぶ兵士達。

 痛みを伴った声だった。

 とてつもない苦痛を感じている。痛みを口から外に出してしまおうとしているような、酷い苦しみを吐き出す咆哮だった。


「一体、何が……?」


 起こっているのか?

 何をしたんだ? ロジェは?

 血を操る能力を用いて……例えば、脚を棘で貫いて、その場に縫い止めたという事なのか?

 血は至るところにある。

 僕は武器として使ったが、やつも同じ事は出来る。いや、僕以上の事が出来るのは疑いようがない。

 とは言え、これだけの人数の足だけを狙うのは、かなり繊細に能力を使えなければ不可能な芸当だ。

 とすると、体内から棘を出すあれか?

 あれなら、一斉に発動すればこのような無数の苦しみを生み出せるに違いないが……しかし、わざわざそんな事をする意味とは……?

 どう見ても味方を攻撃したとしか思えないのだが……。

 何故だ?

 何が狙いだ?


「本来なら、彼らはこれから起こるいくつもの戦いをくぐり抜け精強な兵士になるはずだったのだが……逃げ出すのならば仕方がない。彼らは私が使うしかない。それがやはり効率的だという事は重々理解していたが、いざそうなると一抹のもの悲しさを感じるね。ああ、やはり彼らにはこれが限界か、とね」


 その場に佇み、ロジェは口だけを動かした。


「これから彼らは私の武器と成り、糧と成る。歴史に刻まれるであろうこの戦い。そこで彼らに与えられた役目はそれだ。自らの手で戦果を上げる事はもはや叶わないが、それでも、私に手を貸せるのだから彼らも喜んでいるね。場を盛り上げる為に高らかに歌ってくれて本当に嬉しいよ」


 言いつつ、ロジェがこちらに右手を翳した。

 攻撃——対処する為に意識が素早く切り替わったが、そうでは無かった。

 ただ、剣を出しただけだった。

 ついさっき根も葉もない作り話でアルザギール様を乏しめ、自身の兵を鼓舞した時とは異なり、そこら辺に転がっているのと変わらない、特筆すべきところのない、普通の諸刃の剣の形状をしたものを作り、握った。


「私は君を知っているよ。ユーリ君、君の事を。アルザギールの造った吸血鬼。今の戦いを見る限り、相手にとって不足はない。さあ、準備は整った。そろそろ始めようじゃないか。新たなる歴史の一幕目となり、君にとっては終幕となる、戦いを」

 

 馴れ馴れしく僕の名前を呼んだ事、僕が負けるのを前提とした台詞回しが気に食わないが……。

 ああ、いいだろう。望み通り始めてやる。

 ただし、終幕となるのはそっちだ。

 貴様の永い生は終る。この戦いで。

 両手に持つ刀に周囲の血を吸わせる。

 吸収した血液も利用する。

 かつてない程に鋭さと頑強さを兼ね備えさせる。

 限界まで強化する。

 僕も準備は出来た。

 準備運動なのか、ロジェが二度三度、周囲に剣を奔らせた。

 空気が裂ける鋭い音が僕のいるところまで届いた。

 その音が始まりの合図だったというわけではないけれど、僕は、前に出た。


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