転章・戦
「逆賊の長、アルザギールに告げる!」
死を連れてきた軍勢の、その先頭から、声が響いてきた。
声の主は一角の白い馬に乗っている、彫刻のように整った顔立ちをした金髪の美丈夫。
如何にも貴族的な風貌で、そいつだけ鎧を纏っていない。白い礼服のような格好で、白い外套を羽織っているだけだ。
剣などの武器の類いも身に帯びていない。
「オドロア様を亡き者にし! 吸血鬼を従え! この世界の覇権を握ろうとしている貴様の企み! 断じて許すわけにはいかない!」
僕が即座に怒りを爆発させなかったのは、単にそいつの言っている事の意味を理解するのに時間が掛かったからだ。
「この世界を! 貴様の好きにはさせない!」
逆賊?
オドロアを亡き者にした?
吸血鬼を従えている?
覇権を握ろうとしている?
世界を好きにしようとしている?
何を言っているのか、一つとして理解出来なかった。
正直なところ、困惑した。
怒る前に、疑問符ばかりが浮かんだ。
「貴様の企みに加担していた街! シンスカリは既に滅ぼした! これが悪を成そうとした者達の末路である!」
そいつは右の掌を翳した。
そこから一本の、紅い諸刃の大剣が姿を現した。
同時に、軍勢は雄叫びを上げて、槍を天に向かって突き上げた。頭が付いたままの槍だ。振動によって、頭がずり落ちるものもあったが、それを気にしている者はいない。
どいつもこいつも、目が異様な光を放っている。
狂気……。
人を殺して、その頭を槍に突き刺して、そのままここまで行軍を続けてきたのだ。
まともな者では精神がイカれてしまうのではないか?
そう考えると、ここにいる者達はまともではないという事になる。
だからこその、この異様な輝きと気配だ。
殺戮に興奮している……。
次の殺戮の時を待っている……。
「アルザギール! そしてそれに与する吸血鬼達! 貴様達は! この私! ロジェ・ヘリオト・ヘリオ・ガレリオとその仲間達が必ず討つ!」
そいつは高らかに宣言した。
ロジェ・ヘリオト・ヘリオ・ガレリオ……吸血鬼の一人だ……吸血鬼なのに……アルザギール様のお仲間であるはずなのに、何故……こんな……?
こちらが混乱している間に、武装した者達が、軍勢が行進を始めた。
人の津波だ。
この城塞を攻め落とすつもりか……?
こちらには吸血鬼が、僕を入れて五人いる。ここをそう簡単に落とせるとは思えないが……。
ロジェの言動の意図が掴めず、考えていると、オドロアが言った。
「どうする? 無用な争いを避ける為に私が出て行き弁明するべきか? アルザギールは敵ではない。逆賊はそなたである、と」
これにアルザギール様が反論を唱えた。
「そうして頂きたいところですが、危険でしょう」
「アルザギールと同感だ。あいつ、てめぇが死んでる体で話してやがった。たぶんそこのそいつがてめぇを殺したとでも思ってるんだろうぜ。出ていったら殺される。こいつは偽者だ! とかなんとか難癖付けられてよぉ」
「こちらを嫌味ったらしく見ないでくださる? ……私も二人に同意します。危険です。オドロア様が万全の状態ならばロジェなど取るに足らぬ相手ですが……今の、多くの血を失っている状態では……無論、我々でもロジェが相手では……」
「そうか。わかった。そなたらの意見に従おう。一先ず、私はここで回復に専念する」
インカナもトリフォリもアルザギール様に同調したからか、オドロアもそれに従った。
「オドロア様が回復し、お力を取り戻されれば、ロジェやこの程度の兵士など敵ではないというのに……」
口惜しげに爪を噛むトリフォリ。
それを諌めるオドロア。
「ロジェは強い。敵ではないというのは過言だ。しかし、回復すれば私も戦おう。皆がそれを望むのであれば。……問題は、それまでここが保つのか? という事だが」
「この高さだ。登ってこれるやつはいねぇ。正面の入り口さえ守れば、ここは簡単には抜かれねぇ」
「正面の門が破られるまでは、時間に猶予があるという事だな?」
「少しくらいはな。長くは保ちそうにねぇ……見てみろよ。あんなにいるんだぜ? 獣人とか竜人とか力に優れたやつらが大勢いる。何もしなけりゃああっという間に門がぶっ壊されちまう。かと言って、あれだけの数を抑えられる兵力はここにはねぇ」
「ではどうする?」
オドロアの問いに、インカナは腕組みをして首を捻った。
ロジェを討ち取り、街を守るにはどうするのが最善か、それを考えている。
そんな時、だった。
「撃って出ましょう」
アルザギール様の決意に満ち満ちたお言葉が、場に降りたのは。
「オドロアとトリフォリは血を失い過ぎています。私もインカナも戦闘は不得手です。普通の兵士を相手取る事は出来ますが、ロジェに刃を届かせる事は出来ません。ですから、ユーリ」
「はい。何なりとお申し付けください。アルザギール様」
アルザギール様にお声を掛けられ、僕は一歩前に出た。
腕を後ろに回しての、休めの姿勢。
全員の視線が僕に注がれた。
そして、アルザギール様の次のお言葉にも。
「無辜の民を尽く殺戮せしめたロジェと、その一派を、私は許す事が出来ません。殺しなさい。一人残らず」
「はい。畏まりました」
僕は頷いた。
敵の数はどれだけいるのだろうか? わからない。千ではきかない。万くらいいそうだ。
けれど、それがどうした。
問題無い。何も。
アルザギール様が僕にご命令なされたという事は、ロジェを討ち取る事も、その軍勢を殺し尽くす事も、僕には出来る事なのだ。
近付いてくる軍勢。
暴力の気配。
一層深くなる死の匂い。
ああ、しかし、これから死ぬのはお前達だ。
お前達は、この世で最も崇高なる神をも超える御方の逆鱗に触れたのだ。
生きて帰れるとは思うな。
これから僕が、お前達に断罪の鉄槌を下す。
血の鉄槌を。
「それでは、行って参ります」
そして——僕は、窓から飛び降りた。
戦いの草原へ、身を踊らせた。




