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3−2、開幕宣言

 二人の間に満ちていた、尖っていたそれが音もなく崩れていく。

 場を和ませた——のではない。その逆だ。

 ついさっきは、オドロアの事を静かに圧力を掛ける者ではない。と思ったが、それは僕の勘違いだった。

 こういう事も出来るのだ。

 感情の動きは変わらず感じられないが、だからこその不気味さ、怖さがある。

 僕はオドロアの事を知らないので、そこに得体のしれ無さも加わっている。

 オドロア……こいつ、やはり警戒すべき吸血鬼か……?


「ですが……オドロア様……」


 トリフォリがのろのろと苦しそうに首を回して、オドロアの顔色を窺うように見た。

 違和感があった。

 オドロア様? 同じ吸血鬼なのに、様付けしているのか?

 この二人は、一体どういう関係なのか……。


「ユーリがこの場にいるべきか否か。それがそもそもの問題であるはずだ。そなたらが争う必要は無い」


「それは……そうですが……」


「ならば、問おう。ユーリの同席を認める者は挙手をせよ」


 オドロアの低い声が通った後、アルザギール様が真っ先にお美しい手を上方へとすっと伸ばし、完全無欠の挙手をなされた。続いてインカナも無言で手を挙げた。

 意外な事に、発言したオドロアも、手を挙げていた。


「私も含めて三対一。賛成多数だ」


「オドロア様……しかし、このような者を同族と認めるなどとは……」


「トリフォリ。今はそのような話しをしているのではない。同席を認めるか認めないかだ。そして、ユーリは同席を認められた」


 人間味を、感情を感じさせない声色ではあったが、恐ろしいものではなかった。

 だが、トリフォリはインカナに向けていた掌を閉じ、握り拳を作って、下ろした。


「……わかりました。確かに、賛成多数です。認めましょう。ユーリの同席を」


 トリフォリはこちらを一瞥した。

 表面上は抑えているつもりだろうが、奥底では怒りの感情が激しく燃えている。

 そんなに怒る事ではないと思うが……。

 ……面倒な事になるか?


「オドロア様に感謝しなさい。ユーリ」


「……同席を認めて頂きまして、ありがとうございます。オドロア様」


 元はと言えばお前のせいで話しがこじれたんだろ。という文句をわざわざ口にして火に油を注いだりはしない。冷静にいこう。今は波風を立てないのが一番である。無用な争いを避ける事こそが最善だ。面倒事は起こさない。


「礼はいい。賛成が反対を上回っていた。それだけだ。だが……この際だ。ユーリ、一つ答えて欲しい事がある」


「……何でしょうか?」


「何故バイロを殺した?」


 予想外の質問だった。

 何故と言いたいのはこちらだ。

 何故今その質問をする?

 その意図は何だ?


「返答次第では許さない。などとは言わない。私は理由が知りたいだけだ」


「オドロア。バイロを殺せと命じたのは私です。その問いは私にするべきです」


 何と言えばいいのか考えていた僕に代わって、アルザギール様がお口を開かれた。


「そうか。ならばアルザギールに問おう。バイロを殺したのは何故だ?」


 質問が方向を変えてアルザギール様へと向かった。

 こうなってしまっては僕はただただ成り行きを見守るだけである。

 口を噤んだ僕の前で、アルザギール様は語られた。


「バイロはもう駄目でした。自らの享楽を満たす為だけに、戦奴同士を争わせ、多くの血を流させていました。人々はそのようなバイロに気に入られようと、更に多くの血を流すようになりました。それにより、バイロの庇護下にあった街には血の匂いが絶えませんでした」


「腐敗が腐敗を生んだ。という事か?」


「はい」


 アルザギール様は小さく、頷かれた。


「負の連鎖を正す為に、バイロを殺したと?」


「はい」


 再び、頷かれた。


「他の方法でバイロを説得する事は出来なかったのか?」


「無い。と、私は思いました」


「ふん……本当にそうでしょうか? それが最も楽だったからそうしただけなのではなくて? 我々は永い時を生きていますが、これまでの経験によって知った物事の一番簡単な解決方法は、敵となる者を殺す事なのですから」


「トリフォリ。我々にアルザギールを批判する権利は無い。我々は何もしなかったのだから」


 嫌みらしき小言を言ったトリフォリを、オドロアが諌めた。インカナがその様子にニヤリと笑い、トリフォリは唇を噛んで顔を背けた。

 そこで、アルザギール様が問われた。


「私からも質問します。オドロア、あなたならばどうしましたか?」


「例え十二人しかいない同胞であれ、説得に応じなければ、命を絶っただろう。我々はこの世界を救う為にこちらに連れて来られた存在だ。こちらの者の命を弄ぶという行為は、到底許されるものではない」


 ならば何故自らの手でバイロを始末しなかったのか?

 ふと、疑問に思った。

 それが態度に出ていたわけでは無いだろうが、オドロアは続きを語った。


「かつての大戦の後、我々は勝利に酔い、それぞれ別々の道へと進み、自らの手で獲得した平和を謳歌した。だから……というわけでは勿論無いが、平和を乱さぬよう、吸血鬼同士の争いが起こらぬようにする為に、積極的に干渉するつもりが無かったのは確かだ。バイロの行いについては耳に入っていた。私はそれを世界を揺るがす行為ではないとして放置した。止めようとしなかった時点で、私もバイロと同罪だ」


「オドロア様に罪などございません!」


 トリフォリが声を大にして叫んだ。

 一々ヒステリックな女だな、と思った。


「そーだそーだ。そこの女に同調するわけじゃねーが、そういう意味じゃあここにいるやつら、アルザギールを除いて全員同罪だろ。でもよぉ、だからといって、今更裁かれるつもりはねぇ」


 インカナは変わらない。飄々としている。


「私も全員に責任を取れ。などと言うつもりはありません。結局のところ、私が偶然バイロの近くにいて、私の目的とバイロの死とが同じところにあっただけです」


 アルザギール様のお言葉によって、そこでようやく、オドロアの眉がぴくりと、ほんの少しだけ動いた。表情に変化があった。


「腐敗の根絶が目的では無かったのか?」


「それは目的の一つです。私の目的とは、もっと大きなものです」


「大きなものとは?」


「この世界を、元の姿に戻す事です」


「何だと?」


 オドロアが、目を細めた。

 アルザギール様は、おっしゃった。


「私はこの世界に日の光を取り戻すつもりです。この会談はその為に、皆の同意を得る為に、開かせていただきました」

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